11:覇王、召喚士の檻を破る
「そうだ、忘れるところだった」
俺は財布から40Gを取り出し、ミラの前へ置いた。
通行税の40Gだ。
「これで借金は返したからな」
「借金ではなく、立替分です」
「似たようなもんだろ」
「まったく違います」
ミラとパーティメッセージの使い方を簡単に確認したあと、俺はギルドを出た。
まずは一旦コレット村まで行くか。
インベントリがないとクソ重たい荷物を持って買い物をすることになるしな。
それから1時間ほど。
俺はレベリングで手に入れたステータスをフル活用して、コレット村までやってきた。
【次元の井戸】
俺は金貨の入った袋を、躊躇なく井戸へ放り込んだ。
だが、水へ落ちる音はしない。
袋は暗闇の途中で青白い光に包まれ、そのまま跡形もなく消えた。
『特殊条件を達成しました』
『次元の井戸へ10,000Gを投入しました』
『スキル:『インベントリ』を獲得しました』
目の前に、見慣れた半透明の収納画面が開く。
「よし。これで無限ストレージの確保は完了だ」
あとは街に戻って、楽しい散財タイムだ!
♢
アルセディアへ戻る際、今度は自分の金で通行税20Gを支払った。
ミラへ立替分を返した直後にまた通行税を取られるのは釈然としないが、今回は借金せずに済んだだけマシか。
これから買い物と洒落込むわけだが、とりあえずは商業区に行けば何でも揃うだろ。
鍛冶道具一式に、鉱石の採掘道具。あとは食料だな。
まずは鍛冶屋に向かうことにした。
正直ここで新品を揃える必要はない。
金槌や金床は後から作ればいいしな。
「おーい、邪魔するぞ」
「邪魔すんなら帰れ!!」
「はいよ~……って違う!」
鍛冶屋のオヤジの一言につい乗ってしまった。
「なんだ、ここはガキの来るところじゃないぞ」
ガタイのいいオヤジは、俺のほうを一瞥した。
「まぁそういうなって。ちょっと頼みがあってきたんだ」
「変なガキだな。なんだ、言ってみろ。剣でも欲しいのか?」
「いや、違う。この工房で使わなくなった鍛冶道具一式を買い取らせてほしいんだ。あとできれば金床も一つ欲しい」
「お前さん、鍛冶師の見習いか?」
「まぁそんなとこだ」
「王家から許可は貰ってんだろうな?」
「貰ってねぇから道具だけ買いに来たんだよ」
「……どういうことだ」
鍛冶屋のオヤジの表情が厳しいものになる。
技術保護令があるせいで、鍛冶技術を習うにも国の許可が必要だ。
「技術はある。だけど道具が足りねぇ。口止め料込みで1万Gは用意してきてる。これで何とか用立ててほしい」
「許可のない人間に鍛冶道具を売ったと知られりゃ、俺の工房まで取り潰しになる」
「だから口止め料込みで1万Gだ。無理なら、別の店を探す」
「金の問題じゃねぇ」
オヤジは腕を組み、俺を値踏みするように見た。
「本当に技術があるなら、王家の許可なんぞなくても職人だ。だが、口だけのガキのために店を潰す気はねぇ。まずは腕を見せろ。俺が納得できりゃぁ、新品で全部揃えてやる」
「話が早くて助かるよ」
オヤジに連れられて、俺は店の裏手にある鍛冶場へと向かった。
「で、技術ってのは何を見せたらいい?」
単刀直入に話を切り出す。
「剣を一本打ってみろ。それを見て判断する」
「長さ、重さ、ランクは?」
「長さは刃渡り1メートルの長剣。重さは大体こいつと同じくらいで作れ」
オヤジに一本の剣を渡される。
長さのわりに軽いな……。
「おっさん。これだと、耐久性に問題が出てくる。刃渡り1メートルでこれと同じ軽さにしようと思ったらミスリルでもなきゃ無理だ」
「……まずは第一段階合格だな。使う素材はこのミスリルを使え」
オヤジが取り出したのは、表面にいくつもの不純物が浮いた、質の悪いミスリルの地金だった。
「精錬に失敗した廃材だ。しくじっても溶かし直せる。遠慮せず使え」
なんだよおい、試されてただけかよ……ちょっと焦ったじゃねぇか。
「で、ランクの方は?ミスリルを使うんだ、最低でもB以上のものにはなるぞ?」
オヤジは突然声を上げて笑い始めた。
「がっはっは!最低Bだと?言うじゃねぇか小僧!俺でもBランク以上の武器を作るのは骨なんだぞ?」
「まぁ見てろって。職人は口じゃなく、モノで語るもんだ」
「……そうだな、ちげぇねぇ!よぉし、やってみろ!」
ミスリルを炉にくべ、高温で熱していく。
そして熱したミスリルを取り出し、槌を振っていく。
今はまだ鍛冶師の職業レベルは1。
神匠と呼ばれていたころのスキルは使えない。
だけど、舐めたモノを作るつもりはねぇ。
スキルなんて使わなくても、今の俺にできる最高の一品を作る。
槌を振り下ろすたび、甲高い金属音が工房へ響く。
最初の数打は、神匠だった頃の感覚と今の身体とのずれを確かめるために使った。
力を入れすぎれば地金が潰れる。
弱すぎれば不純物を押し出せない。
今の俺に出せる力と、ミスリルが求めている力。
その二つが重なる場所を探し、一打ずつ槌を落としていく。
やがて、ばらばらだった打撃音が一定のリズムへ変わった。
炉の向こうで腕を組んでいたオヤジから、いつの間にか笑みが消えている。
何度も熱し、何度も叩く。
地金から不純物を追い出し、刃の中心へ重さを残しながら、先端へ向かって薄く伸ばす。
スキルは使えない。
それでも、金属が次にどこを叩いてほしいのかは分かる。
『レムオン』で培った俺の腕は鍛冶を忘れていなかった。
そして、一振りの剣ができたのは日が少し傾き始めた頃だった。
『鍛冶師のレベルが5に上がりました』
ミスリルまで使わせてもらったから、鍛冶師の職業レベルがかなり上がった。
ステータス画面の詳細表示で剣の状態を確認する。
『ミスリルの長剣 ランクA』
「できた……。おっさん、これでどうだ?」
「見せてみろ」
オヤジは剣を手に取り、隅々まで確認する。
切れ味、重心、実際に振った時の使い心地。
「お前さん……。こんな技術、どこで身につけた……」
「企業秘密だ。それで、合格でいいか?」
「合格なんてもんじゃねぇ!俺がお前に教えてもらいてぇぐらいだ!!」
「そりゃあ何よりだ。いつかこの技術は国中に広めるつもりだから、いつでも聞きに来てくれ」
「がっはっは!それだとお前さん、王家を敵に回すようなもんだぞ?」
オヤジは約束通り、鍛冶道具一式を新品で揃えてくれた。
俺も約束していた1万Gをオヤジへ支払い、金槌や金床、火箸といった道具を順番に『インベントリ』へ収納していく。
「こいつはお前さんが持っていけ!」
一振りの剣を投げられる。
「これ……」
さっき俺が打った剣だ。
それにご丁寧に鞘までつけてくれている。
「こんなの持ってたら、俺が王家に目を付けられちまう。それにな、この剣には魂が籠ってる。作ったやつの魂がな。いつか、本当にお前さんが国に喧嘩を売った時にはこの技術、俺に教えてくれ」
そういって、オヤジは俺に頭を下げた。
「あぁ、約束だ。必ずこの技術はあんたに教えるよ。……そういや、名前を聞いてなかったな」
「人に名乗らせる前に、自分から名乗るもんだぞ、小僧」
「リンドウだ」
「――俺はジン。今まで通りおっさんでいい」
ジンと拳を交わし、俺は店を出たのだった。
♢
夕方の商業区では店じまいをしているところが多かった。
俺は急いで生活用品を買いそろえる。
服や毛布、食器や鍋、油に香辛料。あとは採掘用のツルハシ。
保存食だけで何日も過ごすのは構わない。
だが、味のしない飯を食い続けるのは無理だ。
塩と胡椒、それに何種類かの乾燥香草も籠へ放り込む。
世界一位だろうが覇王だろうが、まずい飯だけは我慢できない。
道具と食料を合わせて、1万Gを少し超えた。
買い物も終わったところで、ミラにパーティメッセージを送る。
『この街から北方面でどこか拠点にできそうなところはないか?伯爵が持ってる北の鉱脈から近いところがいい』
ミラからはすぐにメッセージが返ってきた。
『馬車で一日進んだところに廃村があります。しかし、あまり治安が良くなく、野盗の根城があるとも聞きます』
『ありがと。とりあえず野盗が出たらどうにかするよ』
それだけ返して、俺はアルセディアの街を後にしたのだった。
♢
俺はアルセディアから北へ、全力で走っていた。
日が変わる前には、その廃村とやらに着いておきたかったからだ。
馬車なら一日かかる距離でも、レベル30まで上がり、AGIへ多めにポイントを振った今の俺なら、全力で走れば数時間で着ける。
しかし、脱獄に必要な剣が手に入ったのは嬉しい誤算だった。
本当だったら、採掘からやらなければならかったからもう少し時間がかかる予定だった。
これなら、村に着いたらすぐにでも脱獄ができる。
俺の本命の武器は、伯爵の鉱山で魔鉱を掘ってから鍛えるつもりだ。
だが、まずは『脱獄』がこの世界でも通用するかを確かめる必要がある。
それを試すには、このミスリルの長剣で十分だった。
『召喚士の脱獄』。
本来、召喚士が登録できるのは契約したモンスターだけだ。
だが契約処理の途中、召喚対象を確定する一瞬だけ、システムの判定が甘くなる。
その瞬間に魔力を保持した武器を割り込ませ、契約を強制的に中断する。
モンスターではなく、武器を召喚対象として誤認させる。
それが、召喚士をモンスターだけの檻から解き放つ裏技だった。
完全に日が落ちてから、走り続けること数時間。
ミラから教えてもらった廃村へとたどり着いた。
さてさて、さっそく脱獄始めましょうかね!
となると、契約するモンスターを探さなきゃなんだが……。
あたりを見渡すと、おあつらえ向きにスライムが一匹見つかった。
よし、こいつでいいだろ。
『契約対象を選択してください』
俺は適度にHPを減らしたスライムへ手を伸ばし、契約処理を開始する。
足元に召喚陣が浮かんだ。
今だ。
俺は『インベントリ』からミスリルの長剣を取り出し、召喚陣の中心へ突き立てた。
スライムへ向かっていた契約判定に、長剣が保持する魔力反応を強引に割り込ませる。
そして契約が確定する直前、処理を強制的に中断した。
『契約処理中に異常を検出しました』
『召喚対象を再照合します』
『対象情報が破損しています』
『魔力反応を持つ対象を仮登録します』
『ミスリルの長剣を召喚対象として登録しました』
ミスリルの長剣を廃屋の壁へ向けて投げる。
刃は回転しながら、木の壁へ深々と突き刺さった。
俺は右手を開く。
「『召喚』」
壁へ刺さっていた剣が光の粒となって消えた。
次の瞬間、その重みが俺の右手へ戻ってくる。
「――よっしゃ、脱獄成功だ!」
久しぶりに取り戻した感覚に、思わず頬が緩む。
試しにもう一度、ミスリルの長剣を放り投げる。
月明かりを反射した銀色の刃が、廃村の闇を切り裂いた。
そして右手を開き、『召喚』を発動する。
壁へ届く寸前だった長剣が光の粒となって消え、再び俺の手の中へと戻ってきた。
間違いない。
ゲーム時代とまったく同じだ。
「これで、ようやく俺らしい戦い方ができるな」
その時だった。
背後にある廃屋から、乾いた木片が折れる音が聞こえた。
「誰だ?」
ミスリルの長剣を構え、音のしたほうへ振り返る。
だが、崩れかけた家屋の周囲に人影はない。
野生のモンスターか?
そう思いながら近づくと、地面に残された足跡が目に入った。
人間のものに似ている。
だが、裸足のように見えるその跡には、指先から伸びた鋭い爪の痕が残っていた。
「獣人……か?」
しゃがみ込み、近くの木片に付着していた一本の毛を拾い上げる。
夜の闇に溶け込むような、艶のある黒い獣毛。
それに、俺が村へ来るより前に焚かれたらしい、小さな焚き火の跡もある。
灰の中心へ手をかざすと、まだ僅かに温かかった。
どうやら、この廃村には先客がいるらしい。
その直後、背後から微かな気配を感じた。
俺は再び振り返る。
村を囲む森の奥。
木々の隙間に、金色の光が二つ浮かんでいた。
獣のように鋭く、それでいて確かな意思を宿した瞳が、じっと俺を見つめている。
「……さっきから見てたのは、お前か?」
俺が声をかけた瞬間、金色の瞳は闇の中へ消えた。
葉が揺れる音すらしない。
あとに残ったのは、森の静寂だけだった。
「野盗の根城があるとは聞いてたが……」
少なくとも、今のは野盗なんかじゃない。
俺は手の中に残った黒い獣毛へ視線を落とす。
どうやら、この廃村を拠点にする前に――先客と話をつける必要がありそうだ。
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