10:覇王、眠り姫を目覚めさせる
第一章完結まで、今日から毎日12時10分・18時10分の2話更新でお届けします。
ここから物語が大きく動き始めますので、ぜひ続けてお楽しみください。
三日間を見込んでいたパワーレベリングは、結局、一日もかからず終わった。
別に三日かけてもよかった。
だが、ゲーム時代の感覚が戻るにつれて、途中で止めるほうが難しくなっていた。
あとはまぁ……久しぶりの戦闘が、思っていた以上に楽しかったというのもある。
俺は二本の剣を引きずるようにして、ローズ嬢の天幕へ向かった。
こんな早朝にもかかわらず、ローズ嬢は目を覚ましていた。
昨日よりも瞳に光はあるが、その顔にはまだ病的な白さが残っている。
「おはようございます、リンドウ様」
「あぁ、おはようさん。早速で悪いんだけど、ステータスを確認してもらえるか?」
ローズ嬢は俺に言われるがまま、ステータス画面を開く。
「残り18ポイントあるだろ? それを全部MGR……あー、魔力への耐性に振ってくれ」
「分かりましたわ」
【魔力耐性:40 → 58】
ポイントを割り振った直後、ローズ嬢の肩から僅かに力が抜けた。
眠気が消えたわけではない。
すでに身体へ溜まった魔力までは、耐性値を上げただけでは消せないからだ。
それでも、昨日まで重そうに伏せられていた瞼は、今もしっかりと開いていた。
「あとはダメ押しだ。帰ったら、もう一度月光草の薬を飲んでもらう。売り飛ばすつもりで俺が採ってた分を使う。それで今、体に溜まってる魔力を出し切る。そうしたら晴れて普通の生活が送れるようになるぞ」
「まぁ、ほんとうですの……?リンドウ様には、なんと感謝をすればよいことか……」
「感謝するなら結果を見てからにしてくれ。それに、今のあんた、自分で歩くのも大変だろ。ちゃんと食って、動け。しっかり筋肉つけろ。リハビリは大変だろうが、そこまでは俺の知ったことじゃない」
「ですが、それでは私の気が収まりませんわ」
「じゃあ一つ貸しってことにしとく。いつか返してくれ」
「そんな……」
それ以上の礼を言わせないよう、俺は一方的に話を打ち切った。
天幕を出た俺は、皆に屋敷への撤収を告げる。
各々が撤収の準備を進めていく。
出発前には半信半疑だった兵士たちも、今では俺と目が合うたび、妙に背筋を伸ばしていた。
ゴブリンエンペラーを何度も一方的に倒したのが、よほど衝撃だったらしい。
♢
クライブ伯爵邸に着いたのは昼前だった。
馬車の到着を聞きつけた伯爵が、玄関まで駆け出してくる。
伯爵は、ぼろぼろになった俺と、昨日よりはっきり目を開けているローズ嬢を交互に見た。
「リンドウ君……三日、と言っていなかったか?まだ一日しか経っていないが……」
「ステータスポイントは最低限以上に稼いだ。あとはローズ嬢次第だ」
「なんと……」
「それとな、これを渡しておく」
そういって、俺は腰袋から月光草を二株取り出す。
「げ、月光草!?それも二株も……。なぜ君がこれを……」
「ほんとは売り飛ばして、小遣いにするつもりだったんだが。ローズ嬢に使ってやってくれ」
「だが、レベルが上がったのなら、もう必要ないのではないのか……?」
「いや、俺がレベル上げをしている間にも、ローズ嬢の身体には魔力が溜まっている。それを最後に抜いて根治だ」
二株渡したのは予備だ。
もし足りなかった時の保険だな。
「ありがとう……。本当に、ありがとう……。君にはどう報いたらいいのか……」
「ローズ嬢にも同じようなことを言われたが、一つ貸しってことにしておいてくれ」
「それでは伯爵家として面目が立たん!貸しとは別に、何か希望はないのか?」
希望って言われてもなぁ……。
まぁ、ないことはないが、ダメ元で聞くだけ聞いてみるか。
「伯爵、あんた鉱脈の採掘権とか持ってたりしないか?」
「鉱脈……?持ってはいるが……」
採掘権は貴族の安定収入っぽいし、伯爵が苦い顔をしているのもわからんでもない。
だから、少しだけ訂正を加えた。
「譲ってくれ、ってわけじゃないんだ。もらっても困るしな。少しでいいから俺にも採掘の許可が欲しい」
「なんだ、そんなことでいいのか!であるならば、いくらでも採掘してくれて問題ない!」
「ちなみに、伯爵。あんたの持ってる鉱脈では何が採れる?」
「鉄と銅、あとは魔鉱が多く取れる」
「それだけ聞ければ十分だ。あと、巡回兵に捕まりたくないから、正式な採掘許可証も頼む」
「もちろん用意しよう」
魔鉱が採れるのは、かなりデカいな。
召喚士の脱獄には魔力を保持できる鉱石が必要になる。
下級武器なら魔鉱で十分。
上位の武器になればミスリルやオリハルコンが必要になるが、今の俺にはまず魔鉱があればいい。
「伯爵、ローズ嬢のポイントは既に割り振ってある。薬をすぐに調合して飲ませてやってくれ」
「あぁ、すぐに手配しよう。……クラウス!クラウスはおるか!」
「は、旦那様。こちらに」
クラウスさんに呼ばれた薬師が、月光草の一株を使って薬を調合する。
透き通った青白い液体が入った杯を、ローズ嬢は両手で受け取った。
「これを飲めば、よろしいのですね?」
「ああ。身体に残ってる魔力を、最後に全部抜く」
ローズ嬢は小さく頷き、薬を飲み干した。
すぐに『詳細表示』を起動する。
【ローズ・クライブ】
レベル:30
魔力耐性:58
状態異常:溺睡病
状態異常の文字が淡く明滅する。
そして――表示そのものが消えた。
「ローズ嬢。どうだ?」
すぐに返事はなかった。
ローズ嬢は何度も瞬きをし、自分の両手を見つめていた。
「……眠く、ありません」
震える声でそう言うと、深紅の瞳から涙がこぼれ落ちた。
「お父様。私……起きています。今も、ちゃんと起きていますわ」
「ローズ……!」
伯爵はその場に膝をつき、娘の手を握りしめた。
親子が泣いている姿を見ていると、胸の奥にあった何かが、ようやく下りた気がした。
ローズ嬢はまだ自分で立てない。
長年眠り続けた身体の筋肉は、すっかり衰えている。
それでも、もう病気に命を奪われることはない。
あとは食べて、動いて、少しずつ身体を取り戻せばいい。
しばらく親子で泣いていた伯爵だったが、やがて何かを思い出したように勢いよく顔を上げた。
どうやら娘が助かった反動で、感情が完全に振り切れてしまったらしい。
「クラウス! 金庫を開けろ!」
「旦那様、治療費で中身はほとんど残っておりません」
「では屋敷を売れ!」
「落ち着け、おっさん!」
「何を言う、君は娘の命の恩人だ。金で報いられるとは思っていない。これは私からの気持ちだ」
「だから要らんって言ってるだろ!今回はドロップ品も全部回収してある。それも売って、ローズ嬢のために使ってくれ!」
「だが……」
「本当にいいんだ。あんたの娘が普通に生活できるようになればそれで」
「なら、ローズとの婚姻はどうだ!? 元気になったら、君のところへ嫁に出そう!」
「お、お父様!?」
ローズ嬢の顔が、髪の色に負けないほど真っ赤になる。
「本人の意思はどうなる。馬鹿なこと言ってんじゃねぇ!」
「む、むぅ……」
このおっさん、何てこと言い出すんだ。
本人の意思も聞かずに、何を勝手に決めてやがる。
それにローズ嬢には、俺なんかよりもっと相応しい相手がいるだろう。
俺はこれから国取りだ。結婚相手を巻き込めるような生活じゃない。
伯爵を丸め込んだ俺は、あとのことを全て丸投げし、ギルドへと向かうのだった。
♢
「ってなことがあったわけよ」
「はぁ……そうですか。事情は理解しました」
ギルドに来た俺は、ミラを捕まえて事情の説明をしていた。
説明を聞き終えたミラは、持っていた羽根ペンを静かに机へ置いた。
その目は、奇病を治した俺への尊敬――ではなく、呆れに満ちていた。
「それにしても、リンドウ様は阿呆でございますね」
「なんだとう!?」
「治らない奇病が治ったとなれば、あなた様へ注目が向きます。王家は放っておかないことでしょう」
「えぇ……そんなことでか?」
「そんなことで、です。国家転覆を企む人が、王家から目をつけられてどうするんですか」
「これは早急に逃げなければ……」
「街の外に、ですか?」
「あぁ、鉱脈の採掘許可も伯爵にもらったし。あとはどうとでもなる」
ミラは深いため息をつくと、机の上の書類を揃え始めた。
呆れてはいるが、俺を止めるつもりはないらしい。
なら、もう一つだけ頼んでおきたいことがある。
「それはそれとして。ミラ、折り入って頼みがあるんだが。いいか?」
「なんでしょうか?」
「俺とパーティを組んでくれないか?」
「いきなり何をおっしゃるのですか。私にモンスターと戦えと?」
「いや違う。俺はしばらくこの街には戻るつもりはない。その間に調べておいてほしいことがあるんだ」
「それとパーティを組むことに何の関係が……?」
「パーティを組むとな、メンバー限定でメッセージを送れるようになるんだ。それを使ってお前には情報収集を頼みたい」
「それは、構いませんが……具体的には何をお調べしたら?」
「王家と癒着している貴族の名前、領地、王都での屋敷の場所。それから最近の動向だ」
ミラの眠たげだった表情が、一瞬で消えた。
彼女は周囲へ視線を走らせ、こちらの会話を聞いている者がいないことを確認する。
「……それは」
「クライブ伯爵には貸しを作ってある。必要なら、俺の名前を出して協力を頼んでいい」
「正体をお明かしになるのですか?」
「いや、正体はまだ伏せろ。娘を助けた冒険者が、国の腐敗について調べている。それだけでいい」
「ですが……」
「無理して探る必要はない。受付業務やギルドの記録で、自然に目に入る範囲だけでいい。怪しまれそうなら即座にやめろ」
ミラはしばらく俺の顔を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「私の身まで心配してくださるのですね」
「お前に首が飛ぶって散々言われてるからな……。お前なら上手くやれる。頼りにしてるぞ」
ローズ嬢の治療を確認したあと、役目を終えたパーティは解散しておいた。
「今からお前にパーティ申請を送る。表示が出たら承認してくれ」
「……こちらですね」
ミラが何もない空中へ指を伸ばす。
『ミラがパーティに参加しました』
経験値の共有には距離制限があるが、パーティメッセージなら、どれだけ離れていても届く。
街の外にいても、ミラといつでも情報をやり取りできる。
これで、街の内側を探る目は手に入った。
鉱山の採掘許可もある。
国取りの準備は、少しずつ整いつつある。
だが、その前に。
俺は自分の武器を取り戻さなければならない。
鉄と魔鉱を掘り、自分の手で武器を鍛える。
そして今度こそ――召喚士の脱獄を始める。
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