102:覇王、本物の魔法戦闘を魅せる。
「本物の魔法戦闘を見せてやるよ」
そう言ってフュンを構えた瞬間、杖の中心に埋め込まれた『月華晶』が青白い光を放ち、黒い大杖の内部へ張り巡らされた魔力回路を一気に駆け抜けた。
先端の巨大な環状制御機構が低い駆動音を響かせ、その周囲へ次々と魔法陣が形成されていく。
一つや二つじゃない。
右肩の横、左肩の後ろ、腰の左右、背後、頭上、足元、さらに俺を取り囲むように六枚。
最初から、十二。
それぞれ異なる術式を待機状態で保持した十二枚の魔法陣が、ゆっくりと俺の周囲を公転し始めた。
「……十二個を、同時に?」
後ろから聞こえたノアの声には、さすがに僅かな驚きが混じっていた。
「まだ十二だぞ」
「『まだ』を付ける数ではないと思います」
「まあ、見てろって」
正面では、再出現した『アノマリー・ロード』がひび割れた王冠を揺らしながら杖を掲げている。
それに呼応するように石床へ紫色の魔法陣が広がり、墓室のいたるところから亡者が這い出してきた。
骸骨兵、腐敗した兵士、鎧だけを引きずる死霊、それらが数十という群れを作って俺へ向き直り、そのさらに奥ではアノマリー・ロード自身も高位術式の構築を始めている。
普通の魔術師なら、まず距離を取る。
前衛に時間を稼いでもらい、その間に術式を構築して、敵を狙い、魔法を放つ。
それは何も間違っていないし、むしろ魔術師としては正しい戦い方だ。
――ただ。
「俺、それやると暇なんだよな」
「……はい?」
俺は小さく笑い、足元に待機させていた一枚の魔法陣へ魔力を流した。
「『蒼風翔路』」
足元で風が弾ける。
ただ身体を前へ押し出すだけの魔法じゃない。
地面と靴底の間に薄い風の層が生まれ、身体が僅かに浮かび上がった次の瞬間、俺は石床を滑るように亡者の群れへ向かって加速した。
「リンドウさん!?」
ノアの声が一気に背後へ遠ざかる。
地面を蹴って走っているわけじゃない。
浮いている。
数センチだけ地面から離れ、足元へ絶えず風を流しながら、ほとんど抵抗なしで墓室を滑走していく。
正面から骸骨兵が剣を振り上げた。
俺は右手のフュンを横へ払う。
ただし、杖そのものが骸骨へ届くことはない。
「『炎牙断界』」
フュンが描いた軌道へ沿うように赤い魔法陣が走り、その軌跡から巨大な炎の刃が生まれた。
横薙ぎ。
まるで大剣でも振り抜いたように炎そのものが五体の骸骨兵をまとめて断ち切り、燃え上がった骨が地面へ落ちるより先に、フュンの内部ではすでに使い終えた魔力が回収されていた。
『月華晶』が放出後の乱れを整え、ヒヒイロカネの魔力路がそれを次の術式へ送り返す。
終了、回収、再収束、再展開。
普通なら、それぞれの間に存在する僅かな空白が、フュンにはほとんど存在しない。
もちろん、消費した魔力が丸ごと戻ってくるわけじゃない。放った分はちゃんと減るし、術式を維持するだけでも魔力は消費する。
フュンが徹底的に削っているのは魔力消費そのものではなく、術式を切り替えるたびに生まれる無駄と、次の発動までの時間だった。
「次」
左側から迫ってきた腐敗兵が剣を振り下ろす。
避ける必要すらなかった。
「『瞬界転移』」
視界が一瞬だけ青白く染まり、俺の身体がその場から消える。
次に姿を現したのは、腐敗兵の真後ろだった。
「……転移まで?」
「短距離だけな」
背後へ振り返ることなくフュンを軽く掲げると、空中に浮かんでいた十二枚のうち三枚が向きを変える。
「『氷葬刃』」
青白い魔法陣から十二本の氷剣が生まれた。
一本一本が人間の腕ほどもある、魔力によって形成された鋭い剣。
もちろん、俺が握るわけじゃない。
十二本すべてが俺の周囲へ浮かび、その切っ先だけを敵へ向ける。
「行け」
一斉射出。
十二条の青白い軌跡が墓室を駆け抜け、亡者たちの胸、肩、脚、頭へ次々と突き刺さった。
けれど、それで終わりじゃない。
突き刺さった氷剣を消さず、そのまま術式へ魔力を残す。
「『雷界連鎖』」
頭上の魔法陣から落ちた雷が最初の氷剣へ直撃し、そこから別の氷剣へ、さらに次へと跳ね渡っていった。
氷を導体にして、雷が十二体の亡者を一筆書きのように駆け抜ける。
骨が砕け、腐肉が弾け、青白い雷光が墓室全体を一瞬だけ照らした。
「…………」
ノアが何も言わなくなった。
たぶん、見てる。
だったら、もっとちゃんと見せてやろう。
「『蒼風翔路』」
足元へ再び風を纏わせ、俺は地面からさらに高く浮かび上がる。
そこで別の亡者が飛びかかってくる直前。
「『瞬界転移』」
一瞬で消え、十メートルほど離れた空中へ出現する。
足場なんてない。
だから作る。
「『天鏡障壁』」
空中へ斜めに展開した半透明の魔法障壁へ足を着け、そのまま強く蹴る。
障壁が砕ける反動と同時に『蒼風翔路』を重ねれば、身体は空中で直角に進行方向を変え、そのまま墓室を横切るように加速した。
「…………」
自分でも笑ってしまう。
懐かしい。
これだよ。
剣を振るようにフュンを動かし、足場がなければ魔法で作り、距離が足りなければ風で埋める。
進行方向が気に入らなければ転移すればいいし、敵が遠ければ撃てばいい。
近ければ、近距離で撃てばいい。
杖で殴る必要なんて、一度もない。
魔法なら、全部できる。
「『爆炎天環』」
俺を中心として巨大な赤い魔法陣が開き、そこから生まれた炎の輪が全方向へ一気に膨張する。
接近していた亡者たちがまとめて炎へ呑み込まれ、その身体が外側へ吹き飛ばされた。
その先へ、今度は十六枚の魔法陣を追加展開する。
「右に三、左に四、後ろに五……あと上」
俺が視線を向ける必要すらない。
意識だけで魔法陣の位置を把握し、それぞれに別の術式を流し込んでいく。
「『蒼水穿槍』」
右側から三本の水槍。
「『風葬刃』」
左から四枚の風刃。
「『紫雷穿弾』」
背後から五発の雷弾。
「『氷天落剣』」
頭上から八本の氷剣。
同時。
でも、同時に撃つだけじゃない。
撃つ順番まで全部ずらしてある。
水槍が敵の足を止め、その直後に風刃が身体を切り裂き、怯んだところへ雷弾が叩き込まれ、最後に頭上から氷剣が降り注ぐ。
一つの魔法で終わらせない。
次へ繋げる。
さらに、その次へ。
炎、氷、風、雷、水、障壁、転移。
魔法一発ごとに戦いを区切るんじゃない。
剣を振り、一太刀目から二太刀目へ、そこから返しの斬撃へ繋ぐのと同じ感覚で、術式そのものを連撃に変えていく。
「……っはは!」
楽しいなぁおい!
笑いが止まらない。
フュンの中心にある『月華晶』は絶えず青白く輝き、魔法を放つたび一瞬だけ強く明滅して、その直後にはもう次の術式を受け入れている。
魔法は、一つずつ確実に終わっている。
ただ、次の開始が異常なまでに速い。
だから俺の感覚では、魔法を撃っているというより。
剣戟を繋いでいるのに近い。
「さて」
少し遊びすぎたか……。
アノマリー・ロードが、ようやく本格的に動き出した。
ひび割れた王冠を揺らしながら巨大な杖を天井へ掲げ、黒紫色の術式を一枚、二枚、三枚と重ね、その周囲では生き残った亡者たちが俺を包囲し始めている。
「お」
いいねぇ……!
敵も多い。
術式もある。
なら、ちょうどいい。
俺はフュンを軽く回した。
「『天剣星環』」
俺の背後へ、巨大な青白い魔法陣が十二枚並ぶ。
さらにその外側へ十二枚。
合計二十四。
それぞれの魔法陣から、細長い光剣が一本ずつ姿を現した。
「……二十四本」
ノアの声が聞こえる。
「まだ増やせるぞ」
「増やさなくて結構です」
「遠慮すんなって」
「私が遠慮しているわけではありません!」
「じゃあ、倍プッシュといこうか!」
思わず笑いながら、フュンを横へ振る。
四十八本の光剣が一斉に動いた。
ただ真っ直ぐ飛ばすんじゃない。
「『天剣渦界』」
剣群が波打つ。
四十八本の光剣が巨大な一つの生き物みたいにうねり、先頭の剣を追うように残りが軌道を変えていく。
最初の一群が亡者の列へ横から突っ込み、そこから大きく弧を描いて上昇。
別の剣群と交差し、今度は螺旋を描きながら降下する。
青白い剣の波が墓室を駆け抜けた。
一度通り過ぎたと思った剣が後ろから戻り、別方向から来た剣と合流し、そのまま巨大な渦へ変わっていく。
亡者が一体、二体と呑み込まれ、次の瞬間には数十本の斬撃を同時に浴びて粉々になった。
「…………」
波。
渦。
剣の群れそのものが、俺の周囲を駆け回る。
俺はその中心を『蒼風翔路』で滑るように進み、敵の攻撃だけを『瞬界転移』で抜けながら、剣群の軌道を次々と書き換えていった。
右へ、上へ、旋回し、急降下。
そして。
「集まれ」
四十八本の光剣が、一斉に俺の正面へ集結した。
「……今度は何を?」
「こうする」
一本。
二本。
四本。
八本。
四十八本の剣が互いに噛み合うように重なり、そのすべてが一本の巨大な槍を形作っていく。
青白い光を纏った、俺の身長を遥かに超える巨大な魔力槍。
「『天穿剣槍』」
槍はフュンの前方へ浮いている。
俺自身が握る必要はない。
ただ、その後端へ風の術式を接続する。
「行くぞ」
「……まさか」
「そのまさか」
『蒼風翔路』。
同時に、背後へ四重の風魔法陣を展開。
次の瞬間。
俺の身体と、その正面にある巨大な光槍がまとめて前へ射出された。
「リンドウさん!?」
浮遊したまま。
槍の後ろへ身体を置き。
魔法そのものに引っ張られるように、一直線に突っ込む。
正面から迫った亡者の群れへ巨大な光槍が激突し、一体目を貫いた勢いのまま二体、三体、四体とまとめて串刺しにしていく。
俺自身は、その後ろ。
杖を前へ向けながら、魔法の槍と一緒に戦場を突き抜ける。
途中でアノマリー・ロードが障壁を張った。
「その程度なら――」
正面の魔力槍へさらに十二枚の魔法陣を重ねる。
「押し抜ける!」
『天穿剣槍』がさらに細く、長く、鋭く変わる。
青白い光の槍と紫色の障壁が正面から激突し、墓室全体へ耳を塞ぎたくなるほどの轟音が響いた。
一秒。
二秒。
そして。
『――――ッ!?』
障壁が割れた。
巨大な槍がアノマリー・ロードの横を掠め、そのまま背後の石壁へ突き刺さる。
ただし、まだ狙いは外している。
今ので終わらせるつもりはない。
「『瞬界転移』」
空間を飛ぶ。
次に姿を現したのは、アノマリー・ロードの真上だった。
光剣を再分離させる。
四十八本にさらに追加で十二本。
六十本。
「多い……」
下からノアの声がする。
「ここからだよ」
六十本の光剣が、俺の周囲へ巨大な円環を作った。
そのまま回転し、徐々に速度を上げる。
「『天剣輪葬』」
剣が降るんじゃない。
剣の渦そのものを落とす。
六十本の光剣が螺旋を描きながらアノマリー・ロードへ襲いかかり、障壁の表面を次々と削り取っていく。
一撃で破る必要なんてない。
一振り。
二振り。
三振り。
剣戟と同じだ。
防がれたなら、次を入れる。
それでも駄目なら、さらに次。
青白い剣の波が絶え間なく障壁へ打ちつけられ、ついには紫色の光へ細かな亀裂が走った。
「そこ」
フュンを振り下ろす。
「『天雷崩界』」
頭上へ五重の雷撃術式が重なり、一本の巨大な雷柱となって落ちた。
『――――ッ!!』
障壁が砕ける。
けれど、着地なんて待たない。
「『瞬界転移』」
消える。
次に現れたのは、アノマリー・ロードの背後。
「『炎獄穿槍』」
四本の巨大な炎槍を背後から撃ち込む。
両肩、両脚へ同時命中。
「『氷界縛鎖』」
炎が消えるより先に足元から氷が這い上がり、アノマリー・ロードの身体を壁ごと凍結させた。
「『蒼嵐圧界』」
最後に正面から巨大な風圧を叩き込む。
半ば凍結したアノマリー・ロードの身体が、そのまま背後の壁へ激突した。
「…………」
ちょっと笑った。
結局、ここへ戻るんだな。
ゲーム時代の俺は、フィーアを使って何度もノックバックを重ね、こいつを壁へ押しつけたまま何もさせずに倒していた。
今日は違う。
剣も投剣も使っていない。
全部、魔法だけだ。
「さて」
壁へ縫い付けられたアノマリー・ロードが、それでも杖を動かそうとする。
「まだ動くか。偉いな」
「そこ、褒めるところですか?」
「ボスだから」
俺の周囲へ新しい魔法陣が開く。
十二。
十八。
二十四。
さらに増える。
三十二。
炎、氷、水、雷、風、そして純粋な魔力。
属性も軌道も役割も違う三十二の術式が、俺を中心として何重もの環を描きながら回転を始めた。
「……三十二」
ノアが呟く。
「このくらいなら安定するな」
「『このくらい』……」
「まあ見てろって」
フュンを前へ向ける。
「行け」
三十二枚の魔法陣が、一斉に輝いた。
けれど、一度に全部を撃ち込むわけじゃない。
最初は炎。
六発。
『炎葬星弾』がアノマリー・ロードへ直撃し、その身体を包んだ氷ごと爆発させる。
次は水を四本。
『蒼海穿槍』が熱せられた骨へ突き刺さり、急激な温度差で表面を砕く。
そこへ氷剣を八本。
続いて雷槍を六本。
氷と水を伝って雷撃が全身へ広がった直後、最後の八枚から風刃と無属性の魔力弾を重ねる。
炎で崩し、水で穿ち、氷で固定し、雷で内部を焼き、風で砕いて、魔力そのもので中心を撃ち抜く。
『――――――――ッ!!』
轟音と共に墓室全体が揺れ、天井から細かな砂埃が落ちてきた。
「…………」
煙が立ち込める。
でも、まだいるな……。
アノマリー・ロードの身体は半分以上消し飛んでいるけれど、眼窩の紫色の炎はまだ消えていない。
「さすが裏ボス」
「嬉しそうですね」
「そりゃな」
これだけやって耐えたなら、最後までちゃんとやってやりたい。
俺はフュンを片手で前へ突き出した。
「じゃあ、最後」
その言葉に応えるように『月華晶』が、それまでとは比べ物にならないほど強く輝く。
周囲へ展開していたすべての術式を解除し、まだ回路へ残っている魔力を一気に回収する。
炎でもない。
氷でもない。
風でも、雷でも、水でもない。
純粋な魔力だけを圧縮し、フュンの内部へ集める。
魔力路が青白く光り、環状制御機構が高速で回転を始め、その前方へ巨大な多重魔法陣が展開された。
一枚。
三枚。
六枚。
十二枚。
二十四枚。
一枚の主陣を中心に、三枚、六枚、十二枚、そして二十四枚へと連鎖するように魔法陣が増殖し、やがて墓室を覆い尽くしかねない規模まで広がっていく。
そして、そのすべてがフュンの正面へ一直線に重なった。
「……すごい魔力密度」
ノアが小さく呟く。
「これが締めだ」
フュンを僅かに持ち上げる。
「『極光魔導砲』」
――世界が青白く染まった。
二十四枚の魔法陣を貫いて放たれた極太の魔力奔流が、一直線に墓室を駆け抜ける。
アノマリー・ロードの残った身体を真正面から飲み込み、その背後へまで青白い光が突き抜けた。
数秒。ただ、それだけだった。
光が消える。
静寂が戻る。
そして、さっきまでアノマリー・ロードがいた場所には、骨も、王冠も、黒い法衣も、何一つ残っていなかった。
『『アノマリー・ロード』を討伐しました』
「……ふぅ」
フュンをゆっくり下ろし、すぐに内部状態を確認する。
『月華晶』に異常はなく、ヒヒイロカネの魔力経路にも損傷はない。連続運用したわりには過熱も想定よりずっと少なく、再収束速度も最後までほとんど落ちなかった。
「…………」
最高。
「うん」
口元が勝手に緩む。
「やっぱいいな、フュン」
低級魔法を試したときにも感じていたけれど、本気で術式を繋いでみると、その違いがもっとはっきり分かる。
本来、どんなに熟練した魔術師でも、術式と術式の間には僅かな空白が生まれる。
でもフュンは、『月華晶』とヒヒイロカネによって、その空白を限界まで削り取る。
炎を放った瞬間には次の風が用意され、風で移動している間には氷が完成し、氷を展開した時点では雷が待機し、その雷を撃ち終える前に次の転移術式が組み上がる。
だから、魔法なのに感覚は剣と変わらない。
一太刀目から返しへ繋ぎ、踏み込んで三太刀目、その勢いのまま次へ繋げる。
違うのは、その一太刀一太刀が炎だったり、風だったり、氷だったり、光の剣だったりすることだけだ。
「……これだよ」
懐かしい感覚の残るフュンを見ながら、俺は笑った。
「俺がフュン欲しかった理由」
「…………」
「ノア?」
返事がないので振り返る。
ノアは『冥王・ウロボロス』を両手で持ったまま、少し呆然と俺を見ていた。
「何?」
「…………」
「どうだった?」
「少々……」
珍しく、ノアが言葉を選んでいる。
「理解に時間が必要です」
「何が?」
「最初に仰っていたことです」
「本物の魔法戦闘?」
「はい」
「ちゃんと魔法戦闘だっただろ?」
「…………」
ノアが俺の周囲へ視線を移す。
焼けた石床。
凍りついた亡者の残骸。
砕けた障壁の欠片。
雷で黒く焦げた壁。
光剣が何度も通過した床には無数の斬撃痕が走り、最後の『極光魔導砲』が貫いた先には、石壁へ一直線の黒い跡まで残っている。
「リンドウさん」
「ん?」
「途中、空中を走っていませんでしたか?」
「『蒼風翔路』で浮いてただけ」
「突然消えて、別の場所へ現れました」
「『瞬界転移』」
「光る剣が無数に飛び回っていました」
「『天剣星環』」
「それらが巨大な槍になって、リンドウさんごと敵へ突っ込んでいました」
「『天穿剣槍』」
「空中で急に進行方向を変えていました」
「障壁と風魔法」
「炎の中にも自分から突っ込んでいました」
「自分の魔法だから範囲分かってるし」
「最後は?」
「純粋な魔力の塊をぶつけただけ」
「…………」
「全部魔法だろ?」
完璧な説明だと思う。
ノアは数秒ほど無言で俺を見つめ、それから小さく息を吐いた。
「……それを、一般的な魔法戦闘と呼んでよろしいのでしょうか」
「全部魔法じゃん」
「そういう問題ではありません」
「じゃあ何が問題なんだよ」
「一般的な魔術師は、光の剣を何十本も引き連れて空中を飛び回りません」
「別に一般的じゃなくていいじゃん」
「そうなのですが……」
俺はフュンを肩へ担ぐ。
「ノア」
「はい」
「魔法って、遠くから撃つだけのもんじゃないぞ。足にもできるし、盾にもできる。刃にもできれば、足場にも道にもできるし、敵の横にも後ろにも頭の上にも出せる」
「…………」
「だったら、使えるもん全部使った方が強いだろ?」
「それは……確かに」
「だろ?」
「ですが」
「うん?」
「リンドウさん基準で魔術師を語るのは、やめた方がよろしいかと」
「なんでだよ」
「教育に悪影響が出ます」
「そこまで言わなくても……」
ノアが、ほんの少しだけ笑った。
「冗談です」
「お前ほんと変わったよな……」
「リンドウさんほどではありません」
「俺?」
「はい」
何の話だと思ったけれど、ノアはそれ以上説明せず、代わりに俺の持っているフュンへ視線を向けた。
「ですが」
「ん?」
「……格好よかったです」
「…………」
「とても」
「お?」
これは素直に嬉しい。
「だろ?」
「はい」
「今度教えようか?」
「遠慮します」
「即答!?」
「私には『冥王・ウロボロス』がありますので」
ノアはそう言って、自分の黒い杖を大事そうに持ち上げた。
「私は、私の戦い方を極めます」
「…………」
そっか。
「うん」
それでいい。
「そっちの方がいい」
「はい」
フュンと、『冥王・ウロボロス』。
同じ魔杖でも、戦い方はまったく違う。
俺は魔法そのものを剣や槍、足場や道へ変え、攻撃も移動も防御もすべて一つの連撃として繋げていく。
ノアは死霊を率いながら、治癒、補助、防御、高位魔法を同時に維持し、戦場全体を自分の領域へ変えていく。
どちらが正しいわけでもない。
どちらが上という話でもない。
それぞれが、自分に合った戦い方を極めればいい。
「じゃ、帰るか」
「もうよろしいのですか?」
「うん。試したいこと全部試せたし」
「三周目は?」
「しない」
「珍しいですね」
「俺を何だと思ってんの?」
「一度始めたら、素材が必要数を超えても周回を続ける方です」
「…………」
「違いますか?」
「昔なら……まあ、やってたかな」
「でしょうね」
「でも今日はいい」
「何故です?」
俺は何となく、誰もいなくなった墓室を見渡した。
ゲーム時代、ここへ来れば何十周もした。
欲しい素材が落ちるまで。
もっと効率のいい倒し方を見つけるまで。
記録を一秒でも更新できるまで。
同じ場所で、同じ敵を、何度でも繰り返し倒していた。
でも今日は。
「もう十分楽しかったから」
「…………」
「フュンもちゃんと試せたし、お前の『冥王・ウロボロス』も見られた。それで今日は十分」
「……そうですか」
「あぁ」
「それなら」
ノアが、自分の杖を一度見つめる。
「帰りましょう」
「あぁ」
「リンドウさん」
「ん?」
「今日は、ありがとうございました」
「誕生日プレゼント?」
「それもありますが」
ノアは、ほんの少しだけ笑った。
「楽しかったです」
「…………」
その言葉に、俺も笑った。
「俺も」
それだけで十分だった。
俺たちは、静かになった墓室を並んで後にする。
背中には、黒い大杖『フュン』。
隣には、『冥王・ウロボロス』を手にしたノア。
昔の俺なら、ここで終わらなかった。
もう一度。
あと一周。
もう少しだけ速く。
もう少しだけ効率よく。
そうやって、満足する理由を次の周回へ先送りしていた。
でも今日は違う。
フュンを思い切り使えた。
ノアの新しい杖も見られた。
ノアも楽しかったと言ってくれた。
俺も、楽しかった。
だから、もう十分だ。
それが強くなったからなのか、この世界で俺自身が少し変わったからなのかは、まだよく分からない。
ただ、昔なら何十回でも繰り返した場所を、一度きりで満足して帰れることが。
今は、不思議なくらい悪くなかった。
お読みいただきありがとうございます。
今回は、ついに『フュン』の本領発揮でした。
魔法を遠くから撃つのではなく、剣に、槍に、足場に、移動手段に変えながら、すべてを連撃として繋いでいく。
これがリンドウの“魔法戦闘”です。
そして最後は、昔なら何十周もしていた地下墓地を、一度で満足して帰ることに。
強くなっただけではなく、少しずつ「楽しみ方」そのものも変わってきています。
次話もよろしくお願いします。




