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REMNANT RECORD~ストーリー未読の世界一位の廃ゲーマーは、倒した敵の物語を知らない~  作者: 霜月ルイ
第五章:月華の満ちる夜編

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101:覇王、冥王の力を試す。

 『亡者の地下墓地』へ来るのは、随分久しぶりだった。


「……なんか、変な感じだな」


 アルセディアから北へ伸びる街道を外れ、見覚えのある石造りの入口を前にすると、思わずそんな言葉が漏れた。


 場所そのものは変わっていない。

 苔の生えた巨大な石門も、その両脇に並ぶ古びた墓標も、奥へ続く薄暗い階段も、全部記憶にあるままだった。


 けれど、昔とまったく同じというわけでもない。


「リンドウさん?」


「いや、ちょっとな」


 ノアに呼ばれ、入口の横へ目を向ける。

 そこには、俺の記憶にはなかった小さな詰所が建っていた。


 中には冒険者ギルドの職員が一人と、アルセディアの兵士が二人。壁には地下墓地内部の簡易地図や注意事項が貼り出され、怪我人を運ぶためなのか、担架や治療道具まできちんと準備されている。


 さらに入口脇には、その日に潜っている冒険者の人数を記録する板まで置かれていた。


「……めちゃくちゃ管理されてんじゃん」


「はい。今では冒険者の方々も利用されていますよ」


「ここを?」


「上層だけですが」


 ノアが、それが当たり前のことみたいに答える。


「低級のアンデッドを相手にする訓練場所として利用されています。骨や魔石も一定量採取できますので、素材集めを兼ねて来られる方も多いそうです」


「へぇ……」


 昔、ここへザフィラを連れてきたとき、『亡者の地下墓地』はSランク指定の魔境だった。

 俺が普通に入ろうとしたせいで、ザフィラからは本気で正気を疑われた覚えがある。

 俺にとっては中級者向けの美味しい狩場でも、この世界の人間からすれば、簡単に足を踏み入れていい場所じゃなかった。


 それが今じゃ。


「今日も八組入っていますよ」


 詰所の職員が記録板を確認しながら言った。


「八組も?」


「はい。ただし、通常許可しているのは第五階層までです。それより下へ進む場合は、一定以上の実績と別途許可が必要になります」


「ちゃんとしてんなぁ……」


「リンドウさんから提供された地図がありますので」


「……俺?」


「はい」


「そんなの渡したっけ?」


 職員が少し困ったように笑った。


「冒険者ギルドへ資料をまとめて提出された際、この地下墓地についての情報も含まれておりました」


「…………」


 そうだったかな……。

 たぶん、やったんだろうな。

 情報を渡しすぎて、もう自分でも何を渡したのか全部は覚えてねぇ……。


「ですが、実際に安全な経路を確認し、巡回経路や退避地点を決めたのは冒険者の方々です」


「ほぉ~ん、自分たちでやってんのな」


「はい」


「なるほど」


 ――まただ。

 俺が渡したのは、攻略情報だけ。


 そこから何度も冒険者たち自身が潜り、危険な場所を確かめ、安全に戻れる道を調べ、必要な設備を整えた。

 そうやって今では、かつてSランク指定だった魔境の上層が、初心者たちの経験を積む場所として使われるまでになっている。


「……ほんと、勝手に使いこなしてくなぁ」


「褒めているのですよね?」


 ノアが確認してくる。


「もちろん」


 最近この言い方をするたび、誰かしらに確認されている気がする。


 ……俺、そんなに信用ないんか?


「じゃ、行くか」


「はい」


 俺はフュンを背負い直し、ノアも『冥王・ウロボロス』を握り直す。

 入口の職員へ深層まで行くことを伝えると、一瞬だけ顔を引きつらせていたものの、俺とノアの装備を交互に見たあと、結局何も言わずに通してくれた。


 たぶん、止めても無駄だと思われたんだろうな。


 ♢


 地下墓地の上層は、本当に別の場所みたいになっていた。


「せーの!」


「今だ、盾上げろ!」


 第一階層では、若い冒険者たちが三体のスケルトンを相手に戦っていた。


 前衛の男が盾で剣を受け、その隙間から後ろの槍使いが攻撃を差し込む。さらに後方では、まだ魔術に慣れていないらしい若い魔術師が、小さな火球を必死に制御していた。


「そっち行くぞ!」


「分かってる!」


 危なっかしい。

 でも、ちゃんと戦えている。


「手ぇ出さなくていいのか?」


 俺が少し足を止めると、ノアも戦っている冒険者たちへ一度だけ視線を向けた。


「必要ないと思います」


「俺もそう思う」


 前衛は多少押されているけれど、陣形そのものは崩れていないし、腰には回復薬も下がっている。

 何より、本人たちが互いに声を掛けながら、自分たちなりに状況を立て直そうとしていた。

 だったら、俺が横から全部倒してやる必要はない。


「行こうか」


「はい」


 そのまま横を通り過ぎる。

 さらに奥へ進むと、倒したスケルトンの骨を地面へ並べ、使えるものだけ選別している冒険者たちまでいた。


「これ使える?」


「そっちは欠けてるから駄目だ」


「魔石忘れるなよ!」


 ……完全に採取場だな。

 あの頃、ザフィラは『あそこはSランク指定の魔境だ!』って本気で怒鳴っていたのに。


「……今のこれ見せたら、どんな顔するだろ」


「ザフィラ様ですか?」


「うん」


「ご存じですよ?」


「知ってんのかい」


「国防担当ですから」


「……俺だけ知らなかったの?」


「おそらく」


「ほんと何も教えてもらえてないんだが、泣いていいか?」


「帰ったら、ザフィラ様に慰めていただけばよろしいかと」


「いつからお前までそういうこと言うようになったんだよ」


「何のことでしょう」


 すました顔のまま、ノアが俺より先へ歩いていく。


 こいつ、昔はもう少し大人しかった気がするんだけど。

 アルセディアに染まったのかもしれない。


 誰にとは言わないけど。


 ♢


 第五階層を越えた辺りから、人の気配は急に薄くなった。

 そこからさらに第六、第七、第八階層と降り、やがて第九階層へ辿り着く。


「……懐かしいな」


 最奥に並ぶ六体の石像を見た瞬間、今度こそ本当に昔の記憶が蘇ってきた。

 剣を胸元へ掲げた六体の石像、その正面には巨大な扉があり、普通に進めば、この先にいる通常ボスへ辿り着く。


 けれど、今日の目的地はそこじゃない。


「リンドウさん」


「ん?」


「そちらではないのですか?」


 ノアが正面の大扉を指す。


「そっちは表」


「表?」


「今日は裏」


 俺は左端の石像へ近づき、胸元へ掲げられている剣を一度引き抜いて逆向きに差し直す。

 続いて右から三番目の石像を操作し、最後に中央の二体をほぼ同時に押し込むと、床の下から低い振動音が響いた。


 次の瞬間、それまで何もなかった石床へ紫色の魔法陣が浮かび上がる。


「…………」


 ノアが珍しく目を瞬いた。


「ご存じだったのですか?」


「昔、死ぬほど周回したからな」


「そうでしたね」


「ザフィラには、ここでもめちゃくちゃ驚かれた」


「想像できます」


「何だその納得のしかたは」


「リンドウさんなので」


「最近それで全部説明されるの、納得いかないんだけど」


 ぶつぶつ言いながら紫色の転移陣へ足を乗せる。


「ちなみに」


「はい?」


「この先にいる奴の素材、ウロボロスにも使ってるぞ」


「……え?」


 ノアが思わず自分の杖を見る。


「元の『冥杖ウロボロス』の上端に付いてた死霊核、ここの裏ボス産だから」


「そうだったのですか?」


「うん。だから、ある意味里帰りみたいなもんだな」


「杖に故郷という概念はあるのでしょうか」


「ないと思うぞ」


「では、なぜ言ったのです?」


「雰囲気?」


「そうですか」


 ノアが小さく笑った、その直後。

 転移陣の光が強くなり、俺たちの視界が一瞬で切り替わった。


 ♢


 辿り着いた先は、巨大な円形の墓室だった。

 壁一面には古びた棺が積み重なり、天井からは無数の人骨が吊り下げられている。


「……変わってねぇな」


 あの頃と、ほとんど同じだ。


 そして墓室の中央では、黒い法衣を纏った骸骨が、床から溢れ出した紫色の魔力をまといながらゆっくりと浮かび上がっていた。

 頭にはひび割れた王冠が乗り、空洞になった眼窩の奥へ紫色の炎が灯る。


『『アノマリー・ロード』が出現しました』


「こいつですか」


「そう」


「ウロボロスの素材になった魔物は」


「正確には、こいつが落とす死霊核な」


 アノマリー・ロードが杖を掲げると、濃い黒色の魔力が石床へ染み込むように流れ込み、墓室のあちこちへ紫色の魔法陣が広がり始めた。


「来るぞ」


「はい」


「まずは好きにやってみ」


「私が?」


「お前の新しい武器を試しに来たんだろ?」


「……そうでした」


 ノアが一歩前へ出て、神化したばかりの『冥王・ウロボロス』を両手で構える。


「手ぇ出さなくていいか?」


「はい」


 返ってきた声は穏やかだった。

 昔みたいな不安も、緊張も感じない。


「まずは、私一人で試してみます」


「了解」


 俺は邪魔にならないよう数歩後ろへ下がった。

 その直後、アノマリー・ロードが展開していた魔法陣が完成し、石床を突き破って腐敗した腕が一斉に伸びてくる。


 そこから亡者や骸骨、半ば腐り落ちた兵士たちが、次から次へと這い出してきた。

 昔の俺なら、そもそもここまで詠唱させなかった。


 アノマリー・ロードは魔術を使わせると面倒だけど、代わりにノックバックへの耐性が低い。

 だから壁際まで一気に押し込み、行動させないまま削り切る。

 それが俺の攻略法だった。


 でも、ノアは動かない。


「……へぇ」


 ノアが『冥王・ウロボロス』をゆっくり掲げた。


「『冥華の加護《ネクロ・ヴェール》』」


 黒い魔力がノアの足元から円形に広がり、次の瞬間には石床を突き破って骸骨兵たちが次々と姿を現した。


 一体、二体、三体、四体。


 ここまでは見たことがある。

 けれど、召喚はそこで終わらなかった。


「……まだ出すんか?」


 五体、六体、七体と増え、最終的には八体もの骸骨兵がノアの周囲へ並んだ。


「八体……」


 以前、伏魔殿でノアが常時使役していたのは四体程度だった。

 別に、それ以上を呼び出せなかったわけじゃない。


 ただ、数を増やせば当然、それだけ維持に魔力を使う。

 回復や補助、防御まで同時に担当するノアにとって、死霊だけへ魔力を割きすぎるのは効率が悪かった。


 けれど今は。


「……魔力、全然減ってねぇじゃん。やるねぇ……」


『冥王・ウロボロス』の内部では、ノアの紫がかった黒い魔力が絶え間なく循環している。

 召喚へ使った魔力が、そのまま外へ流れっぱなしになっているわけじゃない。

 術式維持のために放出された魔力の一部が杖へ戻され、内部で整えられ、再び術式へ送り返されている。


「行ってください」


 ノアが静かに杖を振る。

 八体の骸骨兵が一斉に動き、アノマリー・ロードが呼び出した亡者たちへ正面からぶつかっていった。

 骨の剣と錆びた刃が打ち合い、その最中、ノア側の骸骨兵の胸元へ一輪の白い花が咲く。


「そこも変わってねぇな」


『冥華の加護《ネクロ・ヴェール》』。


 召喚した死霊を維持しながら、その周囲へ同時に回復効果を撒く。

 死霊術と生命魔法、本来なら相反するはずの二つを同時に扱うのが、『冥華の聖女』であるノアの戦い方だ。


 ただし、以前とまったく同じじゃない。

 白い光の届く範囲が、明らかに広がっている。


 敵の一撃で骸骨兵が一体砕かれた直後にも。


「『召喚』」


 ノアが杖を動かしただけで、新しい一体がほとんど間を置かず補充された。


「はや……」


 以前なら、維持している術式から召喚術へ意識を切り替えるために、ほんのわずかでも間があった。

 今はそれすらほとんどない。


 アノマリー・ロードの眼窩に宿る紫色の炎が揺れ、掲げた杖の先端がノアへ向く。


「ノア、来るぞ」


「はい」


 紫色の魔法陣から放たれた黒い槍が、一直線にノアへ迫る。

 それでもノアは避けなかった。


「『障壁』」


 真正面へ白い光の障壁が展開され、黒い槍を受け止める。

 強い衝撃で光の膜が大きく揺れたものの、砕けることはなかった。


「…………」


 今度は、使った本人であるノアが少し驚いた顔をした。


「どう?」


「……今までより、明らかに余裕があります」


「だろうな」


「同じ魔法なのに」


「杖が魔力を無駄にしてないからな」


 新しい魔法を覚えたから強くなったわけじゃない。

 召喚も、障壁も、回復も、全部ノアが元から使えたものだ。


 ただ、それらを以前より少ない負担で、以前より速く、以前より強く扱えるようになった。

 それが、今回ウロボロスへ施した『神化』だった。


「なら……」


 ノアの表情が、ほんの少しだけ変わった。


 珍しい。

 楽しそうだ。


「もう少し、試してもよろしいですか?」


「もちろん」


「では」


『冥王・ウロボロス』の先端へ濃い紫色の光が集まる。


「上級魔法――」


 お、そこまで行くのか。


 ノアの頭上へ大きな黒紫色の魔法陣が浮かび、さらにその上へ二重、三重と術式が重なっていく。


「『冥葬槍《グレイヴ・ランス》』」


 重なった魔法陣の中心から、巨大な黒い槍が形成された。

 低級魔法で作る細い魔力槍なんかとは比べ物にならない。


 人間一人どころか、アノマリー・ロードそのものを正面から貫けそうなほど太い。


 ノアが杖を振った瞬間、空気が鳴り、巨大な槍が一直線に射出された。


『――――ッ!?』


 アノマリー・ロードも咄嗟に魔法障壁を展開する。

 黒い槍と紫色の障壁が激突し、ほんの一瞬だけ拮抗した。

 けれど次の瞬間には、障壁ごと黒い槍が突き破っていた。


「うわぁ……」


 アノマリー・ロードの左肩から胴体にかけてがまとめて吹き飛び、砕けた骨が墓室の石壁へ散乱する。


「…………」


 ノア自身も、少し呆然と『冥王・ウロボロス』を見た。


「威力まで上がっています」


「魔力密度が上がってるからな」


「これが『神化』……」


「いや」


 俺は首を振った。


「それだけじゃない」


「?」


「今の撃ったあと、残り魔力見てみ」


「…………」


 ノアが自分の魔力残量へ意識を向け、ほんの少しだけ目を見開いた。


「……ほとんど、減っていません」


「だろ?」


「上級魔法ですよ?」


「知ってる」


「以前なら、連続して何度も使うものではありませんでした」


「そこが一番変わったところだ」


 ウロボロスは、元から魔力循環に優れた杖だった。

 その長所を『神化』によって徹底的に押し上げた結果、高位術式を使ったあとでさえ魔力経路がほとんど乱れず、そのまま次の魔法へ繋げられる。


「もう一発いける?」


「……はい」


「じゃあ、撃ってみ」


 ノアが再び杖を構える。


 ついさっき、上級魔法を放ったばかりだ。

 普通なら、一度術式を解き、乱れた魔力を整えてから次の発動へ移らなければならない。

 けれど、『冥王・ウロボロス』の表面を走る赤金色の線が淡く光ったときには、もう次の術式を受け入れる準備が整っていた。


「『冥葬槍《グレイヴ・ランス》』」


 二発目。


「マジか」


 威力も、形成速度も、最初と変わらない。

 黒い槍は半壊したアノマリー・ロードの右半身へ直撃し、骨と法衣をまとめて爆ぜさせた。


「…………」


 こいつ、一応裏ボスなんだけどな。


「リンドウさん」


「ん?」


「大丈夫でしょうか」


「何が?」


「試し終える前に、倒してしまいそうです」


「それはそれで笑えるな」


 半壊したアノマリー・ロードが杖を石床へ叩きつける。

 すると墓室全体を覆うほど巨大な紫色の魔法陣が展開された。


「お」


 あれは、こいつの大技だ。

 大量の亡者を追加で呼び出しながら、墓室全域へ死霊魔法を降らせる広範囲攻撃。

 昔、ザフィラへ一人で戦わせたときには、完成する前にクロノアを投げて詠唱を潰した覚えがある。


 でも今回は。


「ノア」


「はい」


「どうする?」


 俺から答えは教えない。

 ノアは自分の『冥王・ウロボロス』へ一度視線を落とし、召喚中の骸骨兵、残り魔力、そして完成へ近づいていく敵の術式を順番に確認した。


 ほんの数秒だけ考えたあと。


「……試したい魔法があります」


「いいね」


「ただ」


「ん?」


「少し離れていただけますか?」


「そんなヤバいの?」


「初めて実戦で使用しますので」


「もっと離れよ」


 即座に壁際まで下がる。

 安全第一だ。


 ノアが一人、墓室の中央へ残り、八体の骸骨兵がその周囲へ集まっていく。

 アノマリー・ロードの魔法陣はすでに七割、八割と完成へ近づいている。


「ノア?」


「大丈夫です」


 そう答えたノアは、『冥王・ウロボロス』の石突きを床へ突き立てた。


「大魔法――」


「…………」


 ――大魔法。


 上級魔法より、さらに上。


 神話の奇跡でも、神そのものの力でもない。

 ただ、人間が扱える魔法という枠組みの中で、極端な規模と消費を要求される領域。


 今のノアなら使える。

 ただし以前なら、一度撃っただけで、その後まともに戦闘を続けるのは難しかったはずだ。


「『冥華葬庭《メメント・ガーデン》』」


 ノアの足元から紫色の炎が走り、その炎を追いかけるように白い花が次々と咲き始めた。


 一輪、十輪、数十輪。


 瞬く間に墓室を埋め尽くし、白い花と紫色の炎が同じ場所で重なり合う。


「…………」


 ――綺麗だった。


 死を扱う魔法なのに、不気味というより静かで、どこか優しい。

 死霊と生命魔法を同時に扱う、ノアらしい景色だった。


 やがて花々の間から次々と骨の腕が伸び、骸骨兵たちが立ち上がっていく。


「おいおい……」


 何体いる?


 十を超え、二十を超えても、まだ増える。

 ただし、これは一体一体を長時間維持するための召喚じゃない。

『冥華葬庭』が展開されている短い時間だけ、膨大な数の死霊を一時的に顕現させる。


 そして同時に、咲き乱れる白い花から生命魔法が溢れ出していた。

 味方へ触れれば傷と魔力を癒し、敵へ触れれば紫色の炎が絡みついて魔力を削る。


 生と死。


 治癒と死霊。


 本来なら正反対にある力を、一つの大魔法へ押し込んでいる。

 まさに『冥華の聖女』だからこそ使える魔法だった。


 アノマリー・ロードが呼び出した亡者たちが、一斉にその庭へ飲み込まれる。

 敵の骸骨へノアの骸骨兵が組みつき、腐敗した兵士の腕を別の死霊が押さえ込む。

 白い花が咲き続ける限り、ノア側の死霊へ纏う魔力は補われ、その一方で紫色の炎が敵の魔力を容赦なく削り続けていった。


「お願いします」


 ノアが『冥王・ウロボロス』をアノマリー・ロードへ向ける。


 無数の骸骨兵が、一斉に走り出した。


「…………」


 蹂躙。


 今の光景を表すなら、その言葉が一番近かった。


 アノマリー・ロードの魔法陣は、最後まで完成しない。

 新しい術式を組もうとするたびに骸骨兵が杖へ飛びつき、腕を押さえ、足へしがみつく。

 それらを吹き飛ばしたところで、その次には別の死霊が襲いかかってくる。


「……昔の俺の壁ハメと、やってること変わんねぇじゃん」


 何もさせずに倒す。

 方法が違うだけだ。


 俺はノックバックを利用し、壁へ押しつけて行動そのものを潰した。

 ノアは死霊の数を使い、行動を始める余地そのものを奪っている。


 そして最後に、ノアが『冥王・ウロボロス』を静かに振った。


「終わりです」


 アノマリー・ロードの正面へ巨大な黒紫色の魔法陣が展開される。


「『冥葬槍《グレイヴ・ランス》』」


 三発目の黒い槍が真正面から放たれ、今度こそアノマリー・ロードの胸を深々と貫いた。

 内部にあった紫色の魔核が砕け散る。


『『アノマリー・ロード』を討伐しました』


 黒い法衣も、王冠も、骨も、すべて灰へ変わりながらゆっくりと崩れていった。

 それと同時に『冥華葬庭』も役目を終え、墓室を覆っていた白い花が光の粒になって舞い上がる。

 大量に召喚されていた骸骨兵たちも、一体ずつ静かに崩れていった。


 やがて墓室には、戦う前と同じ静寂が戻る。


 ノアが小さく息を吐いた。

 でも、本当にそれだけだった。


「……ノア」


「はい?」


「残り魔力は」


「確認します」


 数秒ほど自分の状態を確かめてから、ノアが答える。


「六割ほどです」


「おぉ?」


「六割です」


「…………」


 上級魔法を三発。

 大魔法を一発。

 それに加えて複数の骸骨兵を維持し、障壁を張り、『冥華の加護』まで使った。


 それだけやって……。


「四割しか減ってない?」


「はい」


「…………」


 頭おかしいな。

 自分で作っといてなんだけど。


「以前でしたら」


 ノアが『冥王・ウロボロス』へ視線を落とす。


「最後の大魔法を使った時点で、ほとんど魔力は残っていなかったと思います。それどころか、大魔法を展開しながら、これほど多くの死霊を維持すること自体が難しかったかと」


「今は?」


「まだ戦えます」


「…………」


「もう一度でも」


「いや、待て」


「はい?」


「リポップするまで休憩。試験だからって、ぶっ倒れるまで使うなよ。誕生日プレゼントを初日に壊したくない」


「壊れるのは私では?」


「お前も含めてだよ」


「……はい」


 素直でよろしい。


 ノアが『冥王・ウロボロス』を手にしたまま、俺のいる壁際まで戻ってくる。


「どう?」


「とても……」


 一度言葉を探すように、自分の杖を見つめた。


「使いやすいです」


「それだけ?」


「では」


 ノアがほんの少しだけ笑う。


「恐ろしいほど、使いやすいです」


「だろ?」


 俺もつられて笑った。


「元からあれだけ完成してた杖だからな。やっぱり『神化』一発目に選んで正解だったわ」


「ありがとうございます」


「誕生日プレゼントだし」


「……それはもう、何度も言われました」


「何回でも言うよ」


「では、そのたびにお礼を申し上げます」


「律儀だなぁ」


 俺たちは墓室の壁際へ並んで腰を下ろし、アノマリー・ロードが再構築されるまで少し休むことにした。


「でも」


 俺は、ノアが手にしている『冥王・ウロボロス』を見る。


『神化』。

 やっぱり強い。


 それ自体は、ゲーム時代から知っていたことだ。

 完成度が高く、武器としての本質が確立されているものへ正しく使えば、一段どころか、場合によってはそれ以上に性能が跳ね上がる。


「他の奴らの武器も、そのうちだな」


「ザフィラ様たちですか?」


「うん。『神化』させるのに相応しい状態になったらな」


「楽しみですね」


「素材要求見て、俺が死ぬかもしれんけど」


「死なないでください」


「比喩だよ」


 ノアが小さく笑った。


 ♢


 しばらくすると、墓室の中央へ再び黒い魔力が集まり始めた。


「そろそろか」


 俺たちは立ち上がる。

 さっきまで散らばっていた骨が一つずつ浮かび、元あった位置へ戻っていく。

 黒い法衣も、ひび割れた王冠も、杖も、黒い魔力をまといながら少しずつ形を取り戻していった。


「二回目も、私が?」


 ノアが『冥王・ウロボロス』を構える。


「いや」


「?」


 俺は片手を上げて、それを止めた。


「次は俺だ」


「リンドウさんが?」


「あぁ」


 背中へ手を伸ばす。

 そこには、完成したばかりの黒い大杖がある。


『フュン』。


 昨日、工房裏で試したのは、低級魔法を高速で連射しただけだった。

 あれは本当に、フュンの入口でしかない。


 俺がゲーム時代、この大杖を本気の魔法戦闘で愛用していた理由は、もっと別のところにある。


「…………」


 再構築されていくアノマリー・ロードを見ながら、昔を思い出す。

 以前の俺なら、フィーアで壁へ押し込み、何もさせないまま終わらせていた。


 なら今日は。

 別のやり方で、何もさせずに終わらせよう。


「ノア」


「はい?」


 完全に再構築されたアノマリー・ロードの眼窩へ、再び紫色の炎が灯る。

 同時に石床のあちこちから腐った腕が伸び、亡者たちが次々と這い出してきた。


 十体。


 二十体。


 まだ増える。


 ノアが反射的に『冥王・ウロボロス』を持ち上げようとしたので、俺はもう一度手で制した。


「次は俺だってば」


 背負っていたフュンを肩から下ろす。

 黒い大杖の中心で、『月華晶《フル・ムーン》』が青白い光を灯した。


「昨日の試射、見てないだろ?」


「はい。お話だけは伺いました」


「じゃあ」


 フュンを片手で構える。


 墓室を埋め始めた亡者の群れが、一斉にこっちへ向かって走り出した。

 その光景を見た瞬間。


 俺は、思わず笑っていた。


「せっかくだから」


 久しぶりに。


 今度は、本気で魔術師をやる。


「本物の魔法戦闘を見せてやるよ」


お読みいただきありがとうございます。


今回は『冥王・ウロボロス』の初実戦でした。

新しい能力を足すのではなく、ノアとウロボロスが元から持っていた強みを、そのまま限界の先へ押し上げる『神化』。


結果、上級魔法三発に大魔法まで使って、まだ魔力は六割。

……作ったリンドウ本人も引く性能になりました。


そして次は、いよいよ『フュン』の本領。


低級魔法の連射では終わらない、リンドウの“本物の魔法戦闘”です。


次話もよろしくお願いします。

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