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教皇庁に禁書指定されたジャンヌ・ダルク伝  作者: しんの(C.Clarté)
下巻・第一章 国王軍、ソワソンからコンピエーニュへ/詩と予言

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下1.4 休戦協定(1)15日後にパリを明け渡す約束

 ジャンヌをひどく不快にさせたこの休戦協定がいつ締結されたのか、正確な時期はわからない。7月30日か31日にソワソンかシャトー=ティエリで、あるいは8月2日から5日の間にプロヴァンで結ばれたのか。[19]


 どうやら休戦は15日間続く予定で、その期間が終了したら、公爵はフランス王にパリを明け渡すと約束していたようだ。


 乙女ジャンヌ・ラ・ピュセルが不信感を抱いたのも当然である。


 摂政が彼の前から退く(イングランド軍が迫っていると聞いていたが当面の危機が去ったため)と、シャルル王は本拠地ポワトゥーへの撤退計画を急いだ。


 王はラ・モット=ナンジから、ちょうど降伏したばかりのブレ=シュル=セーヌへ宿営総監(Quartermasters)を派遣した。


(⚠️宿営総監(Quartermaster):訳語に迷っている。陸軍用語としては食料や物資などの兵站輸送を担当する輜重兵の将官のこと。海軍・水軍用語としては帆船の操舵手および船長に次ぐ副官のこと。川沿いの行軍であることを踏まえると、兵站と宿営を差配する「宿営(設営)担当」兼「先遣隊長」といったところか)



 モントローの上流、プロヴァンから南へ10マイルに位置するこの町は、川に橋がかかっており、国王軍は8月5日または6日朝にこの橋を通過する予定だった。

 しかし、夜間にイングランド軍が現れて、補給将官を倒して橋を占拠した。

 退路を断たれた国王軍は、進軍計画を諦めて引き返さざるを得なかった。[20]



 戦わないまま飢えに蝕まれつつあったこの軍隊の中には、ジャンヌが親しみを込めて「王家の血筋」と呼んだ者たちが率いる熱狂的な一派が存在した。[21]


 アランソン公、ブルボン公、ヴァンドーム伯、そして「りんご荷の戦い」から戻ったばかりのバルルネ・ダンジューだ。[22]


(⚠️りんご荷の戦い:上巻・第四章の「4.1 老ロレーヌ公と娘婿ルネ・ダンジュー」を参照。

https://kakuyomu.jp/works/16817330649585060746/episodes/16817330649594356582)



 ヨランド夫人ヨランド・ダラゴンのこの若い息子は、絵を描いたり道徳的な韻文詩を執筆する前は、戦士だった。バル公でありロレーヌ公の後継者でもあったため、これまではイングランド・ブルゴーニュ軍に加わることを余儀なくされていた。


 シャルル王の義弟である彼は、王の勝利を当然喜ばないわけがなかった。

 なぜなら、その勝利がなければ、ルネは姉である王妃の側に立つことができなかったからであり、そのことを非常に残念に思っていたからである。[23]


 ジャンヌは彼を知っていた。少し前、ロレーヌ公に面会した時にルネ公もフランスへ同行させるよう頼んでいた。[24]

 ルネはみずからの意志でジャンヌに従い、パリへ向かった者の一人だったと言われている。


 その他に、ラヴァル夫人の二人の息子、セル=アン=ベリーでジャンヌがワインを差し出して「すぐにパリで飲ませてあげる」と約束した兄のギー・ド・ラヴァルと、後にロエアック元帥となる弟アンドレがいた。[25]


 これが「ラ・ピュセルの軍団」だった。ほとんど子供と変わらない若者たちの集団が、自分たちよりもさらに若く、より純真で善良な少女のバナーと並んで自分たちの旗を掲げたのである。


(⚠️補足:著者アナトール・フランスは「ほとんど子供と変わらない若者たちの集団」と述べているが、ブルボン公(当時はまだクレルモン伯)はシャルル七世よりも2歳年上。つまり、国王も彼らとそれほど変わらない年齢なのだが、過酷な生い立ちゆえか実年齢よりも成熟かつ慎重な性格で、ジャンヌに対して優しさを見せつつも熱狂する様子はなく、いつも冷静に対応している印象)



**



 (ポワトゥーへ戻る)退路が断たれたと知ると、これらの若き王子たちは大いに満足し、喜んだと言われている。[26] これは勇敢さと熱意の表れだ。


 しかし、王室の評議会が和平を望んで交渉しているにもかかわらず騎士団は戦うことを望み、そして騎士団が「敵による戦争の長期化」と「国王軍がゴドン(イングランドに対する蔑称)に追い詰められている」ことを喜んでいる状況は、奇妙な立場であり、誤った見方だった。


 残念ながら、この好戦的な派閥には有能な支持者がいなかった。好機は失われ、摂政(ベッドフォード公)は軍勢を集め、差し迫った危機に対処する時間を与えてしまった。[27]


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