20. ≪ネザヤ玻璃の青皿≫紛失事件の真相
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≪恐るべし、宝務省官の二枚舌!≫
::巷を騒がせていた国宝≪ネザヤ玻璃の青皿≫紛失事件は、宝務省の高官ゼファン・ジルゼリーの自作自演であったことが判明した。
去る二日の夕方、帰還すべく市門を通過したトレルアーカ国賓団の一行に、ジルゼリー卿は変装して便乗。国外逃亡を試みたところで当局に拘束された。
曰く、かねてより国宝の青皿に興味を持っていたトレルアーカ第二王女にせがまれ、秘密裏に当器で間食を提供。そのまま横領され、後始末のもみ消し工作と引き換えに、内々の情夫兼側近としてトレルアーカ王宮へ招聘することを提案された、と言う。この主張について、当局はトレルアーカ大使館に早々の質疑を行うとされている。
「ふうむ……」
朝食の済んだ、暖かい台所。
片付けられた食卓の上には、新聞が数部並んでいた。
「せっかくじいやに、ふだん読まないところの朝刊を買ってきてもらったが……。どこもかしこも、似たり寄ったりの報道だなあ」
オードは最後に読んだ一部を置くと、肩をすくめる。
「……≪ネザヤ玻璃の青皿≫の行方は、結局わからずじまいなのかしら?」
同じ食卓について、別の一部を読んでいたオルスカも、顔を上げる。
「それとも。あのトレルアーカ王女が、持ち逃げしたということ?」
「だろうね。侍女にしては、かわいらしい花模様の提げかばんなんて持っていたし……。あの中に隠し持っていたのだろう。二兎を追う者は一兎をも得ず、なんていうけれど。あのあざといお姫さまは、どちらか一つは力ずくでも手に入れて行きそうだ」
「……ゼファンよりも、お皿のほうを選んだのね」
オードはオルスカにうなずく。
オルスカのまぶたは、ぽってりと腫れぼったい。下唇のまん中には、痛々しい噛み傷。しかしオルスカの口調は落ち着いていて、頬には赤みがあった。食事もしっかりとっていたし、若さがオルスカの回復を押していると知れて、オードは内心で喜んでいる。
昨夕、ジルゼリー卿に鉄槌を下した後、オードはそのままオルスカをひっ抱えて跳躍した。
衛兵たちが到達する前に、市壁をつたって現場から離れたのである。倒れ失神していたジルゼリー卿、およびトレルアーカ侍女と護衛らを、公安職員らが拘束した。彼らを尋問することで、ついに事件の真相が明るみに出たのである。
「わたしの気持ちをこけにしておきながら、外国でお姫様の恋人になろうと企んでいた、なんてね。玉の輿に目がくらんじゃうような、馬鹿な人とは思ってもみなかったわ」
ぷふう、とオルスカは膨らませた頬から溜息をついた。下ろして広がっていたもしゃもしゃ豊かな巻き毛が、ふわんと揺れる。
「……でも、まあ。彼のおかげでわたしは一般女中資格が持てたわけだし……。奉公はじめにもらった頭金で、お母さんの療養費もしばらく安泰だから。あんまり恨まないでおいてあげよう」
「何とすばらしい子だ、オルスカは」
オードは目を細めて、うんうんとうなづいた。
この素晴らしい娘を利用した男の真相について――オードなりに深く推察したことは多いが、さすがにオルスカに直には言わないでおく。
ジルゼリー卿と言う男は、本来は生真面目で誠実な人間だったのだろう。オルスカのことも、ゆくゆくは妻にするつもりで大切にしていた。
しかし、自分の前にいきなり転がり込んできた幸運に、動揺し心を狂わされてしまったのだ。
――あの、トレルアーカの第二王女。髪をのぞけば、少々見かけがオルスカに似ていた……。
まさに魔が差した、という現象であろう。しかしそれでオルスカを捨てるばかりか、その生命までも利用しつくそうと考えた時点で、ゼファン・ジルゼリーは邪悪だ。
宝務省の長官と言えば、庶民からみればとてつもない名誉の地位である。
しかしジルゼリー卿は、部下である匠気質の省内職人たちと折り合いが悪かったらしいことを、オードは過去の新聞雑記事から読みとっていた。
図書館では過去の宝物特別展示目録を丹念に見たが、修復責任者としてのゼファン・ジルゼリーの名はどこにもなかった。この事件がなければ、市井に認識されることもなかった人物だろう。
修復の実力をともなわない、家柄七光りの長官として職人たちに内心さげすまれ、気弱なジルゼリー卿は鬱屈を感じていたのかもしれない。
そこから救い出し、王宮の重鎮に置いてくれようというトレルアーカ王女の甘いささやきを、ジルゼリー卿は奇跡のように受け止めた……。
窓布を通して差し込む西日のように、心の中に広がった未来の展望。
ジルゼリー卿は、それをしめ出すことも、振り払うこともできなかった。すべてを捨てて新天地に羽ばたこうという欲望に目がくらみ、飲み込まれてしまったのだろうか。
「けどオードさん。よくわからないところがあるわ!」
「何だい、オルスカ?」
「トレルアーカの護衛やらを向こうにして、あれだけの立ち回りをしたって言うのに。どうしてどこの新聞も、オードさんの活躍については何も書いていないの?」
オードはちょっと目を丸くした。
素で話すようになった、目の前のオルスカは――オードの大活躍が華々しく書かれてしかるべき、と≪ぷんぷん顔≫で主張している!




