19. 髑髏仮面夫人の静かなる鉄槌
ぎん、ぎんぎんっっ!!
超小型の弩を構えたやせ型侍女が、至近距離で撃ち込んでくる。狙いは正確に、人体の急所要所をついていた。
髑髏怪人は鉄槌を振って盾とし、その狙撃を防ぐ。
ぱしり! はじきかけた短いその筒矢を、右手につかむ。ひゅうん――ぶす!
「うぎゃあッ」
すさまじい勢いで射返された……いや、投げ返されたその矢を左手首に受けて、やせ型侍女は苦痛の叫びをあげた。
思わず弩を取り落とし、左手を押さえて地にしゃがみ込む。
……すぱん!
その侍女を軽々と足蹴にして、いま髑髏怪人は残る二人の前に立った。
ざわざわざわ……。
市門の方で動きがある。とうとう衛兵たちが気づいたのか。
しかし髑髏怪人は焦りを感じない。あとほんの少しの間、でいい。
巨大な鉄槌をすいと持ち上げ、いまだ帽子ふちの麗糸布を上げない王女の方に向けて、かざした。
「王女をふっ飛ばされたくないのなら。こんなふざけた笑喜劇から降板することだ」
「な、な、なにを言ってるのよ? あなたは! 無礼もの、ひとごろしッ」
王女の後ろで小さく縮こまるようにして、震えていた若い侍女が金切り声をあげた。
「いったい何が悪くって、わたしをこんな怖いめに遭わせるのよ!? あなたなんか知らなくてよ、恨まれる筋合いがないわ!」
「……若く美しくあざとい君は、配役をすっかり忘れているようだね?」
白く半透明に濁る、水晶髑髏の眼窩の奥。
オードは、明るい褐色の瞳を燃やすように煌めかせ、若い侍女役と背高い王女役とをぎろりと見据えた。
「そして貴方のくだらない劇に惑わされ、つき合わされて、尊いものが儚く散るところだった。ジルゼリー卿?」
王女の薄い肩が、びくりと動く。
「自分を想う娘の命を踏み台に。トレルアーカへ、高飛びされるつもりかな」
じりっ……。王女と、その腕にしがみついた若い侍女とは後じさった。
から、からからから……。
市門の方から乾いた音が響いて来る。
かなりの速さで、トレルアーカの最後の馬車二台がこちらに向かってくる!
侍女に扮していたトレルアーカ第二王女は、それに気づいて狡猾そうに口角を上げた。
「ふん」
その鼻先わらいを合図にしたように、背の高い王女――に装っていた人物は、まごつきながらも前方へと駆け出す。二人は別々に、トレルアーカの馬車に向かって走ってゆく!
「素敵なお皿と、機転の利く美形! わたしは、欲しいものを手に入れただけよッ」
ばあん!
勢いよく開いた馬車の扉から、長い腕がのびる。
そこに跳びこむようにして、侍女の恰好をしたあざとき王女は、自国の護衛らに回収された。
残された長身の人物も、続いて走り寄ってきたもう一台の馬車に向かう。必死に走り込んでゆく。しかし――。
馬車内から救いの手をのばしかけたトレルアーカの外交官は、ううっと目を見張る。
信じられないほど巨大な鉄槌を片手に、疾走してきた化け物怪人が、王女に扮したゼファン・ジルゼリー卿の外套襟をぐいいっと引っ掴んだのだ!
触れかけた外交官の手は、ジルゼリーの手から離れ……。そのまま卿は後ろへと引き戻される。
馬車は過ぎ去っていった。
ぐるうううううん!
勢いよく宙をぶん回されて、ジルゼリー卿は市門の方へと顔を向けさせられる。
「見えるかね、卿?」
何をだ……と問いかけてゼファン・ジルゼリーは、黒い麗糸布ごしに、去ることのならなかった祖国の門を見る。
衛兵たちが十数人、ぞろぞろと群れをなして吐き出されてくるかのような、その市壁の穴……。
「上だよ」
はっ、とした。
市門の外側にも、内側と対をなすような巨大な獅子頭の装飾石像がそびえている。
その真上。夜のとばりが落ちかけている中、最後の残光を受けて、あかあかと輝くものがあった。
秋の夕陽にきらめく、野菊の花の核のような、赤みがかった金色は忘れようもない。
ゆたかな巻き毛をなびかせている、娘――。
「死んだはずでは」
思わず、うめき声が男の口から漏れ出た。
途端ものすごい力で、ジルゼリー卿はぎゅうん! と宙に投げ上げられる。
「ふざけるなよ」
ふわり…… 支えをなくした男の身体、悲鳴が発される寸前にとどまったその腹部のあたりを。
ずし――――――んっっっ!!
髑髏仮面夫人オードの静かなる鉄槌が、圧倒的な威力でもって打撃する。
髪から黒布をむしり取ったオルスカは、市門の上からすべてを見ていた。
唇をかみしめ、噛みすぎて……うっすらと血がにじむ。
あつい涙がこぼれて落ちる。
オルスカ自身の中から流れ出たものが、生きることの悲しさ悔しさを、若い彼女に思い知らせていた……。
けれど、オルスカは生きている。
つらいものを流しながら、生きている。




