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16. トレルアーカ国賓団の観察

「ここは市門の上壁。検問所の真上に来てみたんだ」



 オードの言葉にオルスカは戦慄し、次いで目まいをおぼえた。最終的には途方に暮れかける。


 髑髏どくろ顔の怪人と化したオードに横抱きにされたまま、こわごわ視線をめぐらせてみれば、確かに市門のにいるらしい。


 市を取り巻いている厚い石組みの城壁、その表面にはところどころ壮麗な彫刻が浮き彫りになっている。今二人がいるのはそのうちのひとつ、巨大な獅子の頭像の上なのだ。ねこの額ならぬ獅子のひたいの後ろ、足を置くにもきついその場に、オルスカを抱えたオードは難なく立っている……!



「よもや、こんなところに視線を向ける者はいないだろう。でも静かにね」



 オードは低く囁いて、オルスカを下ろした。


 うねうねと波のように盛り上がった、石の獅子のたてがみの中にうずくまり、オルスカは身を縮める。


 その脇にオードは身を寄せている。オルスカは震える手で、オードの外套袖にすがりついていた。何もかもが恐ろしくて、言葉も悲鳴も出ない。



――この人……飛んだわ!? 鳥みたいに、あんなに高い屋根の上から……!



「ここでは要人でも何でも、とにかく一度下車しなければならない。馬車から出てくるトレルアーカ人たちを、よく見ていてごらん」



 髑髏どくろ仮面の内側から囁かれるオードの声はくぐもっていたが、はっきりオルスカの耳奥に届いた。


 石の獅子たてがみの裏から、そうっとオルスカは顔を出してみる。ここは二階家……、いや三階家てっぺんくらいの高さだろうか? 真下は検問所、その周りにいる人たちの姿がよく見えた。


 ぞろぞろのろのろ、列になって市中からゆっくり進んでくる馬車には、一台につき四人ほどの男性が乗っているようだ。


 みな一様に濃褐色の外套を着て、そろいの赤い布を首に巻いている。髪のうすい人、半分はげている人、おじさんばかりだなとオルスカは思った。


 トレルアーカ人たちは落ち着いた様子で、衛兵役の公安職員らに目礼をする。


 外套のかくしから取り出した小さな書類のようなものを見せ、はっきり自分の姓名と在所らしき地名、役職を述べた。


 それが済むとまた、馬車に乗り込んでゆく。身分確認を終えた男性らを乗せて、再び馬車は動きだした。オルスカのいる獅子頭像の真下を通って、市外へと出てゆく。



「十二台の馬車のうち、ほとんどはああいうトレルアーカ外交官と護衛役の近衛兵ばかりだろう。けれどオルスカ、よく見ていなさい」


「……」



 他にどうしようもなくて、オルスカはひたすら異国のおじさん達のつむじ周辺を見つめ続ける。こんなことをさせて、オードは……。髑髏どくろ怪人は、いったい何を確かめようと言うのだろう?



「……っっ……」



 突然、オルスカの喉がひきつった。


 どうして、こんなことに? まじめに働いて、勤め先の信頼を得る女中になって、オルスカは幸せに生きるはずだったのに。


 そこに現れたゼファン・ジルゼリー、彼にならすべてを捧げてもよかったのだ。なのに自分は今、いったい何をしているのだろう……。意味のわからないことを、怖いひとに無理じいされている!


 泣きわめきたくなったのは、極度の緊張と恐怖からだ。けれど震えの止まらないオルスカの右手に、黒い革手袋をはめたオードの手のひらがかぶさる。


 自分を恐慌させているのは、オードのはずなのに。その手はなぜか、なつかしいような力強さでオルスカの震えを包む。



「――きみの世界を、きみの手中に取り戻すんだ。オルスカ」



 低く囁かれた言葉は、ぎりぎりのところで感情の爆発を抑え、混乱をやり過ごそうとするオルスカの耳には入らない。


 いいや。届いてはいたが、今はまだその意味を知る余裕が、オルスカにはなかった。


 そのまま息を吸って、吐いて……。嗚咽をこらえながら、オルスカは検問を通過するトレルアーカ外交官たちを観察し続ける。


 似たような情景の繰り返しに、何度となくオルスカは目まいを感じた。頭を振って、それに耐える。


 列の馬車はあと、残り三台……。



「……あっ?」


※予定調整の都合により、次回・第17エピソードは3月12日(木)昼の更新となります。

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