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15. 特等席から

・ ・ ・ ・ ・


 見上げた空には、すでに星がまたたき始めている。


 乾いた秋の宵の空は、夕陽のいのちを静かに覆いつくそうとする、濃藍の敷布みたいだった。日暮れが本当に、早くなっている。


 昨日、大橋の上でその暮れの早さを見送っていた時は、全く気に留めていなかったけれど……。


 オルスカの頬に触れる空気が、冷たい。息がうっすら白く煙る。



「……来たね。トレルアーカ国賓団の、お帰り行列だ」



 つぶやくオードとその横のオルスカは、市立図書館の屋上庭園に立っていた。※2


 市門にほど近い高い建物の上からは、検問所に続く大路もよく見渡せる。



 あんまり詳しく見つめないようにして、おいしい臓物もつ料理を食べた後。


 オードとオルスカはここ図書館に来て、過去の新聞を読んでいたのである。


 と言ってもオードが何を調べたかったのか、オルスカははっきりと知らない。しかも途中、この本ちょっと眺めてごらん、と差し出された軽い布巻き本が妙におもしろい。気が付いたらオルスカは、その探偵小説の文章を追っていたのだった。


 読みふけって、夕暮れに差し掛かってきた頃。オードは突如、屋上に出ようと低く言う。


 書物に没頭する静かな人びとの集まる長机を、オルスカはしぶしぶ離れた……。あとちょっとで、真犯人がわかるところだったのに。



 そして今いるのが、屋上庭園である。


 植木鉢と灰皿、低い腰かけがいくつも無造作に置かれたその場所から、きれいな列をなして西へ進んでいく十数台の馬車が見えていた。



「トレルアーカ国賓団の来訪目的は、いくつかあった。新作ぶどう酒品評会に、第二王女が特別審査員として参加したのが一応の大名目だったけれど……」



 語り出したオードを、オルスカは見上げる。



「本当は、トレルアーカ産ばら香水の関税交渉の根回し。および第二王女の配偶者さがしが、主な目的だったようだね。この国ではあまり知られていないお姫様だけど、収穫はあったのかな」


「え? じゃあトレルアーカの王女様は、この国の王子様と結婚するんですか?」



 王族関連の話にうといオルスカは、きょとんとしてオードに問うた。



「いいや、そうではないんだ。王族ではなくて、我が国の名門貴族との婚姻をお望みらしいね。……自由に操れる、行動力のある人を」


「???」


「とまあ、この辺は新聞各紙の著名人雑記事から、わたしが推測したことなのだけど。そろそろ行こうか、オルスカ」


「どこへ?」



 オードは外套の前を開き、内側のかくしを手探っている。


 そして何やら、きらきらと光るものを取り出した。



「あっ、きゃあっ!」



 オルスカは、思わず小さな悲鳴をあげた。オードの手の中にあったのは……。



「しゃれこうべっっ!?」


「本物の骨ではないよ」



 オードは優しく、笑ったようだった。


 後ろに退きかけたオルスカは、それで踏みとどまって髑髏どくろを見る。


 白っぽい。ちょうどオードの屋敷台所で見た、ネザヤ玻璃のお皿のような半透明さだ……青くはないけれど。


 それは精巧につくられた、髑髏の仮面だったのだ。


 オードはゆっくり、白い仮面を自分の顔にかぶせる。



「亡者のように見えるだろうけど、中身のわたしは変わらない」



 そうだろうか? オルスカはぞくりとする。


 つば広帽子の下、にぶい夕陽に照らされて光る白っぽい髑髏。その虚ろなふたつの穴の奥にある褐色の瞳が……。オードであって、オードではないようだ。こわい! 



「けれどこの水晶仮面をつければ、平生へいぜいのわたし以上の力を出せる」



 オードは垂らしていた外套の帯を、きゅうっときつめに縛り上げたらしい。そうして腰に黒木の杖を差し込むと、ふいにオルスカに向け身をかがめた。



「ええっ? きゃ、あああ、うわああ――っっ!?」



 横抱えにオルスカを持ち上げると、オードは跳んだ。


 他に誰もいない図書館の屋上庭園、そのふちをとび越えて宙へ――隣に建つ公書館の屋上へ!


 空と大気と夕陽と、……視界がぐるぐる回って、オルスカは息がつけない。


 どしん!


 どこかに着地したオードの足から、にぶい衝撃が伝わってきた。



「さあ、特等席に到着だ。ここからならば、ばっちり見えるだろう」



 あんまり恐ろしくて閉じていた目を、オルスカはうっすら開けてみる。


 かっぽかっぽ、からかららら……。馬のひづめと、車輪の回る音が近い。



「オードさん、ここって……」


「市門の上壁だよ。検問所の真上に、来てみたんだ」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ※2「図書館」

 ティルムン文明圏においては書店とはまた別に、市民が書物に接触できる公的施設がある。公共財産としての発行物を検索し、その場で閲覧をすることが可能。(訳注、バンダイン)

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