12. 蜂蜜ちゃん
「何だい、蜂蜜ちゃん?」
オードの放ったのんきな返答に、オルスカはがくうっと前につんのめりかける。
「なんですか、それはッッ」
「えー。だって名前で呼んだら、他の人に聞かれてしまうじゃないか。きみの素性が誰かに知られる可能性もある。どこに耳や目があるか、しれないぞ」
「だからってっ」
「まあまあ。祖母はわたしをオードと呼ばず、いつもそう呼んでかわいがってくれたものだ。それに免じて、ゆるしなさい」
「……!!」
自分の祖母もそうだった、とオルスカは思う。だからと言ってその呼び方は、あまりに子どもかわいがり過ぎだ。思わず頬が熱くなる。
「それで、何か聞きたかったのではないのかい?」
「はい。……今の事務所の人たちとオードさんは、お付き合いが深いんですか?」
つば広帽子をかぶった頭を、オードはちょいっとかしげた。
「そうだね。以前、事件の捜査に協力したことがあって……。それからお互いにちょくちょく、情報交換をすることがあるんだ。まぁ、捜査官の下請けというか。小者みたいなものかな、わたしは」
――こもの……?
「探偵小説や、推理ものは読まないかい?」
「あんまり本は読みません。面白いって聞くけれど、機会がなくて」
「そう、じゃあ今度貸してあげよう。小者って言うのは公の存在ではないけど、偉い人や本職の探偵に、ちょっとした情報を届ける……ついで捜査人、ってところだね」
つまりは、情報提供の協力者。ではオードは公安の手下なのだろうか、と思ってオルスカは小首をかしげた。あんなに立派なお屋敷に住んでいるお金持ちの奥さまが、そんなことをするのは何だか妙に思われる。
歩く二人は、天蓋付きの商店街を抜け出た。
広くなった路地を進むと、市民大広場の白塔が建物のあいまに見えてくる。
「今の天蓋付き商店街の奥には、いくつか会員制の競り場がある。夕方以降は各所からお金持ちが集まって、美品奇品を見定めるものなんだが……」
少し歩調をゆるめて、オードはオルスカに言った。
「先ほどのめがね男性も確信していたけれど。そう言った閉鎖的な場所であっても、渦中の≪ネザヤ玻璃の青皿≫が競売にかけられる、というのはどうにもなさそうだ。それこそ彼の同僚、すなわち古物商担当の公安職員が潜入して、目を光らせているだろうしね」
「……?」
「さっき通った天蓋付きの商店街が、悪名高きイガラマ街の取引地なんだよ」
オルスカは息をのんだ。と言うより、ええっと叫びかけたところをどうにか抑えたのだ。
――じゃあ! ここが盗っ人たちの闇市場だっていうの!? 全然そんな風に見えなかったわ。もっと汚らしいところだと思っていたのに……!
知ったかぶりでイガラマ街のことを話していたオルスカを、責める様子も全くなしに、オードは続けた。
「しかしここ市内で取引をするには、ことが大きく知られ過ぎてしまった」
「知られすぎ、って……」
「本物が行方不明になる前だったら、特級の複製品と偽装することが可能だったかもしれない。でも今は事件のせいで、ネザヤ玻璃とみれば誰もが例の品では、と疑うようになっているんじゃないのかな。そんな状態では、買い手なんかつかないだろう?」
「ええ……」
「だから、つまり。もし青皿がすでに国外に出ているのでなければ……。本物はいまだ、複製品とすり替えた人物が手にしているのだと、わたしは思うんだ。要するにきみの言うことは正しい、ということになる」
オルスカはうなづいた。まどろっこしいやり方ではあるが、要するにオードはオルスカの主張のうらを取ってくれたのだ。
「しかしジルゼリー卿は、自宅に割れ皿を持ち帰らなかった。宝務省の工房や保管庫は徹底的に調べられたが、何も見つからなかったと言うし。……となるとやはり、すでに砕かれごみ箱か。いや、庭に埋めると言う手もあるなぁ」
オルスカにと言うよりは、ぶつぶつ独り言をつぶやくようにして、オードは中央大路を歩いてゆく。
すらっと背高い未亡人の一歩うしろをゆく小柄な自分は、他の人にはオードの侍女にみえるのかな、とオルスカは思った。




