16 裸族と裸族の恐るべき決闘
「股間を隠す手段は、謎の光以外にもあるということだ」
俺と同じく全裸になったジェノーヴァは、堂々と仁王立ちしつつ言った。暗い山の中、木々に囲まれた草地で、俺と一人の人狼だけが対峙している。互いに全裸でにらみ合っている。イルマは身の危険を感じてどこかに隠れたようだ。正しい判断である。
ジェノーヴァの股間は、正方形の海苔のようなもので隠されている。いや、それは海苔と呼ぶには黒すぎるのかもしれない。一切の光沢がなく、すべての光を呑み込みそうな黒だ。
「驚いているな。自分以外の裸族と戦うのは初めてか?」
ジェノーヴァはそう言って鼻で笑った。俺は肩をすくめた。
「まあな。てめぇは違うのか?」
「ああ、違う。俺は何度も修羅場をくぐってきたのだ。……さっき貴様は言っていたな。カップルの間に挟まっていいのは殺される覚悟がある奴だけだと。殺される覚悟? あるに決まっているだろう」
その言葉を受け、俺は背筋に冷たいものを感じた。
なるほど。ジェノーヴァはそこらの間男とは違う。
寝取る者としての凄味が、そこにはあった。
「貴様、名前は?」
「……ジルファント」
「そうか、ジルファントよ。俺は命を懸けて女を寝取る。誰にも邪魔はさせん!」
そう言い放った、次の瞬間。
ジェノーヴァの体が赤黒いオーラに包まれたかと思うと、彼は地を蹴り、矢のような速度で突撃してきた。俺は右拳を振るい、迎撃する。
裸族の紋章が青白く輝き、闇を引き裂く!
ズドンッ
俺の拳とジェノーヴァの拳とが正面衝突。
青白い光と赤黒い光がぶつかり合う。俺たち2人を中心に突風が巻き起こり、木々がしなり、枝葉が飛んだ。隠れていた小動物や小鳥たちが慌てふためいて逃げ惑う。
「互角……いや、やや押し負ける……!?」
「ふははははは! ヌーディスト・セブンとてこの程度か!」
ジェノーヴァの高笑いが山中に響いた。オクリ狼のリーダーが腕に力をこめると……俺は押し返され、はじきとばされた。
「くっ……! なめんな!」
「こちらの台詞だ!」
俺は地を蹴り、即座に反撃に出たが……ジェノーヴァも手を緩めたりしなかった。今度は手刀同士が衝突! 互いにはじかれると、次の瞬間にもう一度手刀を繰り出す!
ドンッ!
俺とジェノーヴァは衝突の反動で吹き飛んだ。俺は太い木に背中からぶつかり、その木は真ん中からへし折れた。裸族の紋章からあふれる光が俺を包んでいるおかげで、ダメージはない。しかし、ジェノーヴァの打撃を受けた右腕はしびれていた。
「全裸になっても、防ぎきれない威力だってことか……!」
「その通りだ。これが裸族同士の戦い。互いに一糸まとわぬ姿なのであれば、もともとの戦闘力が勝敗を分ける」
反対方向へと飛ばされていたジェノーヴァは、地面に両手をつき、まだ立ち上がれていなかった。……いや、立ち上がれていないのではない。あえて立ち上がらないのだ。
「変態超技……目隠しダンス・プレイ!」
彼の両目が闇に赤く光る。狼としての本質――月夜に生きる狩人は、両手両足をふんだんに使って一気に加速! 周囲の木々を足場にして飛び渡り……空中でその姿を消した!
「なっ……消えた……!?」
「くたばれ、配達員!!!!!!!」
「ぐああああああああああああああああ!?!?!?!?!?」
突如として死角から迫り来る敵に、俺は対処できなかった。なすすべもなく側頭部に一撃を食らい、回転しながらぶっ飛んだ。地面を一回、二回、三回とバウンドし、木にぶつかってかろうじて止まる。
「ゴホッ……ガハッ……!?」
体内の空気がすべて絞り出されてしまったかのようだ。全身がしびれ、世界がぐるぐると回る。呼吸も満足にできず、地面の上でもがくことしかできない。
(あの真っ黒い海苔で……瞬間的に全身を包んだのか……だから姿が消えて見えた……)
まずい。
立ち上がらないと追撃が来る。
そうなったら本当に死ぬ。
頭ではそう理解できていた。しかし、体は言うことを聞いてくれなかった。
俺は立ち上がるどころか、意識が遠のいていくのを感じていた。あのときと同じ――後方でんぐり返りで死にかけたときと同様、命が体から抜け出ていこうとしている。
そして。
またしてもあのときと同じように、目の前に全裸のじいさんが現れた。
「どうした、わが後継者よ! おぬしの裸力はそんなものか!」
白い髪、胸まで垂れた白いヒゲ、あまりにもうざいハイテンション。じいさんは以前見たときと変わらなかった。周囲からすべての音が消えていた。まるで時間が止まってしまったかのように。俺とじいさん以外の生き物が、この世から消えてしまったかのように。
「あんたは……たしかシダ・ロモ……?」
「ほお、ワシの名を誰かから聞いたか、その通り。おぬしの前にその紋章を持っていた男。それがワシ――シダ・ロモじゃ!」
じいさんはにやりと笑った。やはり、ベラドンナ支局長の言葉は正しかった。このじいさんはヌーディスト・セブンの一人、シダ・ロモ。裸族の紋章を俺に授けた男。
「あんたは、幽霊なのか?」
「正確には魂のみの存在……まあ似たようなもんじゃ。ワシの肉体はあの日、ひっそりと滅び去った。しかし死にあたって新たなヌーディスト・セブンを選ぶ必要があった。そこでおぬしの中に眠る脱衣の才を見込んで紋章を授けたわけじゃが……どうしたことじゃ、おぬしは力をごく一部しか使えておらぬではないか!」
「なんだと……?」
「こんなところで倒れるとは何事じゃ。おぬしの本来の力を引き出せれば、あの程度の犬っころ、居眠りしながら倒せるはずなんじゃ!」
止まった時間の中で、じいさんは嘆かわしそうに言った。全裸のくせに偉そうなじいさんだ。
「好き勝手言ってくれるぜ。どうしろってんだ」
「要は裸力の使い方じゃ。『裸』とはすなわち、さらけだすこと。ものぐさ竜を倒したときのことを思い出すのじゃ!」
「ものぐさ竜を、倒したときのこと……」
「おぬしはあの幼女の涙を止めるために走った。巨大な竜に立ち向かった。その情動こそが全裸の力を引き出す鍵! 己の中の情動を解き放て! 心を裸にし、さらけ出すのじゃ!」
全裸じいさんの言う通りにするのは癪だが、この際、贅沢を言ってはいられない。
俺は、心の中にある感情を引っ張り出そうと試みた。ジェノーヴァを倒したいという気持ちを。彼を――間男を許せないという気持ちを。引っ張り出し、それを言葉にする。
「……カップルを引き裂く間男は……絶滅すべき……それがこの世界にとって良いことで……」
「違う! 重要なのは『すべき』とか『世界にとって』とかそういう一般論ではない! いや、むしろ寝取られは割とポピュラーな性嗜好なのじゃから、おぬしの理屈は世間では通じんぞ!」
「な、なんだと……!?」
「世間など気にするでない! おぬしじゃ! おぬしの心が重要なのじゃ!」
じいさんはその枯れ木のような指を俺に突き付けた。俺の心を――その中心にある芯のようなものを指し示しているように見えた。
どこまでも癇に障るじいさんだ。
だが、無視できない凄味がある。何度も死線を越えてきた者だけが持つ迫力がそこにあった。
だから俺は。
声を振りしぼった
「俺にとって……寝取られは地雷だ……!」
「いいぞ! もっと正直になるんじゃ!」
「尊い2人のイチャイチャが見てえんだ……!! 間男なんざいらねえ!!」
「それじゃ! すべてを解き放て!」
「俺は……俺は……!! 俺は!!!!!!!!!!! 百合が好きだ!!!!!!!!!!!」
そう叫んだとたん。
裸族の紋章がひときわ強い輝きを放つ。腹の底から、新たな力が湧き上がってくる。再び立ち上がるための力が、全身を駆け巡る!
カッ!
「な……!? 立ち上がった……!?」
俺が光とともに立ち上がると、ジェノーヴァが目をむいた。俺の股間は先ほどよりも強烈な光によって隠されている。あふれんばかりの裸力が、俺の肉体を突き動かす。
すでにシダ・ロモのじいさんの姿はない。だが、これ以上助けてもらう必要はない。
これは、俺の戦いだ。
「イチャイチャ百合空間の敵を――てめえをぶっ飛ばす! 他の誰のためでもなく……俺自身のために!」
「ぐっ……! 黙れ、死にぞこないめ!」
ジェノーヴァは月明かりに爪と牙を光らせた。敵もさる者。俺が自分の情動をさらけ出したのなら、ジェノーヴァもまた同じようにすべてを解放しているのだ。彼の両目に迷いの色はない。己の欲望を力に変える――強者の顔だ。
「俺は命懸けで女を寝取る! 邪魔する者は力で黙らせる!」
「いい覚悟だ! だが許さねえ!」
「配達員! 今度こそ八つ裂きにしてやる!」
「いいや! くたばるのはてめえだ!」
問答はそこまでだった。
俺たちは同時に地を蹴って、一気に間合いを詰める。
2人の裸族の情動と情動が……正面からぶつかり合う!
ドカンッ!
ジェノーヴァの剛腕と、俺の右拳が激突した。赤黒い光と青白い光が互いにせめぎ合うが……今度は押し負けない。裸族の紋章が光り、俺にさらなる力をくれる。俺はもう一度拳を振りかぶり、振り抜いた。
拳と拳がさらに衝突。
ただし、今度は俺がわずかに競り勝った。
ジェノーヴァは押され、よろめいた。
「な、なに……!? 出力が上がっている……!?」
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
全身を包む青白い光――ヌーディスティック・オーラが爆発的に膨れ上がる。ジェノーヴァはたまらず後退した。ただし、それは逃げの動作ではない。敵は体勢を立て直すと、両目に殺気をみなぎらせたまま両手を地についたのだ。
「調子に乗るなよ! 配達員!」
ジェノーヴァの赤黒いオーラが増大し、周囲の草花が見る見るうちに枯れていく。彼は文字通り死の力を身にまとったまま、二本の腕と二本の足を使い、地を蹴った!
「変態超技……目隠しダンス・プレイ!」
ジェノーヴァは木々を足場とし、それらをへし折りながら三次元軌道を描いて跳び回る。対する俺は腰を落とし、右拳を引いたシンプルな構えで待ち受ける。
「バカめ! いくらオーラの総量が上がったところで、俺の姿はとらえられまい!」
その言葉の直後、ジェノーヴァの姿がかき消えた。おそらく、全身を覆う赤黒いオーラをすべて漆黒の海苔に変換し、瞬間的に姿を隠したのだ。この夜闇の中で体が真っ黒になってしまえば、もはや目で位置をとらえることは不可能。
「終わりだ、ジルファント!!!!!」
だから、暗闇に目を凝らすような無駄なことはしなかった。
俺はすぐさま、右の手刀を地面に突き入れたのだ。
青白いオーラが土中ではじけ、四方八方へと拡散する。すると、どうだろう。木々の根元に無数に生えているゴリッパダケが、ことごとく青白く発光しはじめた!
それはまるで、無数の青白いロウソク。
あたりは真昼のように明るくなり、今まさに真横から襲いかかろうとしていた、漆黒の敵が照らし出された!
「そこか」
「な……!?」
俺は素早く体ごと敵に向き直ると……ジェノーヴァの攻撃に合わせて、必殺の正拳突きを放った!
「変態超技……野生拳撃!」
ズドンッ
「が……がはっ……!?」
俺の拳は、ジェノーヴァの拳よりも速く相手をとらえた。敵はよろめき、すぐには体勢を立て直すことができない。俺は地を踏みしめ、歯を食いしばり、右拳にさらなる裸力を集中させる。地上に現れた太陽のように、俺の右拳が光り輝く!
「てぇてぇ空間に!!!!!!!!!! 間男は不要!!!!!!!!!!」
「バ……バカな……! なぜ貴様にはこれだけの力がぐああああああああ!?!?!?!?!?」
俺の全力の右ストレートは、ジェノーヴァの顔面に突き刺さった。オクリ狼のリーダーは、もはやその場で踏ん張ることもかなわない。きりもみ回転しながら……ぶっ飛んだ!
バキッ メキメキッ
木をへし折り、その向こう側でまた別の木をへし折って。ジェノーヴァは地面に頭から落下した。
「ガ……ァァァ……ドシタン……ハナシキコカ……」
血を吐きながら、ジェノーヴァはうめき声を上げる。彼は全裸のまましばらく痙攣していたが……やがて、動かなくなった。
次回で一区切りつく予定です!
稲下竹刀のTwitter
https://twitter.com/kkk111porepore




