15 父母の愛、どくろイモムシのパイ
「ドシタン!」
「ハナシキコカ!」
俺が一度吹き飛ばしたオクリ狼たちが、再び立ち上がり、戦線に復帰してきた。中には爪や牙ではなく剣を武器としてとびかかってくる者もいたが……関係ない。俺の右手の甲ではまた裸族の紋章が輝く。
「フンッ!」
「ウギャアアアアアアアアアアアアア!?!?!?」
俺が拳を振るうと、人狼たちはまた木の葉のように吹き飛んでいった。あいつらは敵ではない。しかし、襲ってくるたびにいちいち撃退していては、いずれ俺の中の裸力が尽きてしまうだろう。
(なんとかしねぇと……)
俺は左手に持った手紙と小包とをチラリと見た。リンクルーとリリアは、半数の人狼の注意をひきつけて走り回り、飛び回ってくれている。地面には残り半数の人狼たちが転がっており、すぐに起き上がってくる気配はない。
つまり、今がチャンスだ。
今のうちに、ゴリッパダケに支配されたイルマの意識を解放し、正気に戻してやらねばならない。しかし、そんな方法はあるだろうか。あのキノコの毒がどれほど強く、どれほど根深く彼女の精神に影響を与えているかも分からないというのに――。
「……ん? キノコの毒……?」
俺はイルマと対峙しつつ、ぽつりとつぶやいた。
付近に立つ木々の根元には、ゴリッパダケがたくさん生えている。そして地面には、人狼の誰かが落としたと思しき道具袋――その口が開いて、丸々とした果実が顔を見せている。
「……これだ」
「こ、これだ……? いったい何の話……?」
イルマが困惑しつつ後ずさる。彼女は人狼の衣装を身にまとっているが、当然、普通の人間である。俺と戦っても勝ち目がないことは分かっているだろう。
もちろん、俺としても戦う気はない。
俺は一番近くにある木の根元から、ゴリッパダケを素早く摘み取った。そして、そのご立派なキノコを握りしめつつ、地面に落ちていた道具袋の中から、二つの丸い果実を取り出す。
そう、「っぱいの実」である。人狼の誰かが(おそらく寝取りのために)持ち歩いていたらしい「っぱいの実」である。
俺は迷うことなく、2つの「っぱいの実」でゴリッパダケを……挟んだ!
「どうだ!」
「ああ! それは……!」
俺の手の中に出来上がった前衛芸術を見て、イルマが叫んだ。彼女はその目に狂気を宿らせ、よだれをすする。明らかに、「っぱいの実」で挟まれたゴリッパダケに心を奪われていた。
「さあ、これをくれてやる!」
「で、でも……あたしはジェノーヴァ様にもらうキノコが……ジェノーヴァ様のキノコが好きで、やみつきになっちゃっててぇ……」
「そんなことを言っても、口は正直だぜ。この大きな大きなキノコ、欲しいんだろ?」
「ああ……ほしい……ほしいのぉ……」
イルマはうつろな目をして、ふらふらと歩み寄ってくる。もはや俺が持つゴリッパダケしか――「っぱいの実」に挟まれたそのぶっといキノコしか見えていない様子だった。一歩、また一歩と近づいてくる。彼女の震える手がキノコへと伸びる。その先端に触れようとする。
その瞬間。
俺の股間を覆い隠していた謎の光が、その輝きを増した。股間を中心に白い光がパッと広がり、イルマの目をくらました。
「あっ!? まぶし……なにこれ……!」
ひるむイルマ。俺はその隙に「っぱいの実」とゴリッパダケを放り出すと、こっそりと開封してあった小包から、木製のフォークを取り出した。
そして当然、小包の中身はフォークだけではない。メインはそう、どくろイモムシのパイである。どくろのようなおぞましい顔のイモムシたちが生地から頭を突き出し、死に際のダンスを踊っているように見える、そのパイである。
俺はフォークで、どくろイモムシのパイを一切れとった。そしてそれを、目がくらんで狼狽するイルマの口に……ぶち込んだのである!
「むぐぅっ!?!?!? う……うげえええええええええええええええええええええええええ!!!?!!?!?!?!?」
イルマはパイを吞み込んだかと思うと、次の瞬間にはもう吐いていた。幸い、謎の光が彼女の口元をうまく隠してくれたおかげで、彼女が戻している衝撃シーンは誰にも目撃されなかった。とにかく彼女は、地面に胃の中のものをすべてぶちまけた。そう、パイ以前に食べたものも含めて、すべてだ。
「ハッ……! 私は何を……!?」
口元をぬぐいつつ、イルマは我に返った様子で言った。胃の内容物を吐き出したことで、ゴリッパダケの効果が薄れたのだ。もちろん、彼女の体に回った毒がすっかり中和されたわけではないのだろうが……それでも、ようやく話が通じる状態になったと言える。
「少しは頭がスッキリしたか? とにかくこれを受け取ってくれ。仕事なんだ」
「それは……お父さんからの……」
「そうだ。まあ気持ち悪いと思うのも分かるが……とりあえず受け取ってくれ。あとここにサインして」
「う、うん……」
俺は手紙と小包をイルマに押し付け、書類にサインをしてもらった。小包を勝手に開いてしまったことは、あとで支局長に怒られるかもしれない。まあ、イルマが開けたことにしてしまえば大丈夫か。
イルマは俺の股間を中心に輝く謎の光を頼りに、封筒を開いた。そして中から取り出した便箋に視線を落とす。父親からの手紙だ。もちろん、内容は知らない。
この手紙を読むことで、完全に正気を取り戻してくれればいいのだが……残念ながら、俺には何が書いてあるのか分からない。俺は固唾を飲んで、手紙を読むイルマを見守った――。
――――――――――
イルマへ
お久しぶりです、お父さんです。
イルマが家を出てから、早いものでもう2年が経ちました。元気にしていますか。ちゃんとご飯を食べて健康にしているか、それが一番心配です。イルマは昔から、自分の健康のことを顧みずに頑張りすぎてしまうことがありましたから。
さて、急にお手紙が届いて、びっくりしてしまったかもしれません。実は先日、家が魔物に襲われて壊されてしまいました。そのことを伝えたくて、お手紙を書こうと思い立ったのです。
大丈夫です。お父さんは無事でした。郵便局の方や、町のみなさんが助けてくださいましたから。今も家の再建を手伝ってもらっています。
ただ、イルマのベッドや、家族で使っていた椅子やテーブルなどは壊れてしまいました。残ったのはかまどだけです。ええ、お母さんの思い出が詰まったあのかまどが残ったことだけは、不幸中の幸いでした。
そんなわけで、お父さんのことはあまり心配しなくても大丈夫です。
イルマにはイルマの生活があって、きっとそちらで頑張っているのでしょう。
お父さんはリンクルーさんについてあまり知らないですけれど、イルマが選んだ相手なら、きっと素晴らしい人なのでしょう。結婚おめでとう。少し寂しいけれど、イルマが自分で選んで、自分だけの道を進んでいるのだと思うと、誇らしくもあります。
先日は、お母さんの命日でした。
お父さんは何をやってもお母さんのようにうまくはできません。
手紙もうまく書けませんし、家を守ることもできませんでした。
こんな情けないお父さんですから、イルマがあきれて出て行ってしまったのも分かります。
どうせうまくは書けないので、この文章は何の工夫もせずに書きました。
面白味がなくてすみません。
また次は別の書き方とか、新しい顔文字とかを勉強しておきます。
けれど、こんな私にもたった1つだけ、うまくできるようになったものがあります。
それがパイ作り。まだお母さんには及ばないかもしれませんが、たくさん練習したので、うまくできるようになったと思います。
手紙と一緒に、お母さんがよく作ってくれた、どくろイモムシのパイを送ります。よかったら食べてみてください。
先ほども書きましたが、魔物の動きが活発なご時世ですから、イルマがケガをしていないかとか、健康に過ごしているかとか、そんなようなことを毎日考えています。
部屋は壊れてしまいましたが、イルマが大切にしていたワニのぬいぐるみは、瓦礫の中から発見することができました。家もきっと、すぐに再建できると思います。
だから、辛くなったらいつでも帰っておいで。
もちろん、辛くなくてもいつでも待っています。
体に気を付けて。
あなたの幸せを祈っています。
父より
――――――――――
「なんだよ、書けるじゃん……。気持ち悪くない文章……」
手紙に視線を落としたまま、イルマはぽつりとそう言った。手紙の中身は俺には分からない。しかしどうやら、顔文字まみれの文章ではなかったらしいということだけは分かった。
「私、何も言わずに家出したのに……。怒るところでしょ、普通は。ホント、いろいろずれてるんだから、お父さんは……」
イルマは手紙を懐にしまうと、今度は小包の方に目をやった。すでに先ほど俺が開けてしまった、どくろイモムシのパイである。
「このパイだってそう……。あたし、これ嫌いなのに……。我慢して食べてただけなのに……」
イルマはどくろイモムシのパイを、木製のフォークで突き刺して食べはじめた。嫌いというのは本当のようで、「うぐっ」とか「ふぐっ」とかうめきながら、なんとか口に運んでいる。
彼女は口いっぱいにパイをほおばり、ぽろぽろと涙を流し、鼻水を垂らしていた。
「不味い……。すごく不味い……お母さんの味と一緒だ……」
泣きながら。そして吐きそうになりながら。
彼女は父親の作ったパイを食べていた。
俺は全裸のまま腕組みし、彼女がそのクソ不味いパイを完食する様子を見守っていた。
そこにはすでに、ゴリッパダケの影響は欠片も残っていなかった。
手紙と小包を手渡し、サインももらった。俺たちの仕事はこれにて完了。あとはイルマを含む全員で下山し、ネトラレ村に帰るだけ。めでたしめでたし。
……と、言いたいところだったが。
もちろん、事はそう単純ではないのである。
「……やってくれたな」
イルマが、パイの最後の一切れを苦労して呑み込んだ、ちょうどそのとき。
闇の中から男の声が響いてきた。倒れた人狼たちをまたぎ越えて、そいつは再び現れた。
オクリ狼たちのリーダー、ジェノーヴァ。
先ほど急斜面の下へと転がっていったこの男が、戻ってきたのである。
「どうやら俺の仲間たちはみんなやられたようだな。郵便配達員……まさかこれほどとは」
ジェノーヴァは、地面に倒れているオクリ狼たちを見回した。そういえば、先ほどまで周囲の木々の間を走り回り、リリアとリンクルーを追いかけていた人狼たちの気配も消えている。あの2人が撃退したのだろうか。それとも、もっと遠くへ引き離したということだろうか。
「……いずれにせよ、残るはてめぇ一人か」
「そのようだ。もはや出し惜しみはしていられないな」
ジェノーヴァはそう言って、懐から黒い正方形の何かを取り出した。
怪訝に思って、俺は目を凝らす。そして、どうやらその黒い物体は海苔らしいということを見て取った。
「海苔……?」
「そう、海苔だ。覚悟しろ、郵便配達員」
そう言うと、ジェノーヴァはその海苔をバリバリとワイルドに食いはじめた。いったい何がしたいのか分からず、俺が困惑していると……彼はにやりと笑って、自らの服に手をかけた。俺はハッと息をのむ。
「まさか……てめぇは……」
「そう、そのまさかだ」
ジェノーヴァは勢いよく衣服を脱ぎ捨てた。毛におおわれた彼のたくましい肉体があらわになり、イルマはとっさに手で顔を覆った。
しかし、ジェノーヴァの一番大事な部分はさらけ出されていなかった。
海苔のように黒い正方形がふわふわと浮かび、彼の股間は隠されていたのだ。この世の黒をすべて集め、鍋で煮詰めて作ったような……底知れぬ暗黒の正方形だった。
「脱衣の力は貴様だけの特権ではない」
ボキボキと指を鳴らすジェノーヴァ。俺は全裸のまま、最大限の警戒をしつつ身構えた。
裸族同士の血で血を洗う闘争が、始まろうとしていた。
明日は大晦日ですが、更新予定です!
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