第6話 「ちょっとだけ」
全く予想もしなかったアリアの長い溜息に、
周りは一瞬シーンと静まり返った。
それはなぜか?答えは簡単だ。
この国には不敬罪がある。
つまり、アリアの大きなため息は、
第二王子であるダリルを侮辱していると捉えられる。
「なんだお前!!こっちが話してる間に、
溜息なんか吐きやがって……!無礼極まりない!」
「そうよ、しかも殿下の前で……!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ馬鹿の言葉に耳を傾けるほど、
アリアは優しくもなければ甘くもない。
単純に、面倒なだけなのだから。
そもそも王族であるのなら、
幼い頃から必要な教養を身につけているはずなのだ。
しかしながら、今目の前にいる第二王子には、
王族として、一人の人間としての常識がなっていない。
それは隣にいるアシアも同様に。
無能な馬鹿の話ほど、
聞いていてうんざりするものはないのだ。
というか、一方的な押しつけのような話を、
誰が長々と聞いていたいと思うだろうか。
「面倒臭い連中ですこと。
今はお昼休みなのでしょう?
ならば、勉強など気にせず好きなことを気ままにできる時間。
そのために、心の安息を求める者は多いはず……。
だというのに、そう馬鹿みたいに大きな声で騒いでいては、
誰も気楽になれません。
実に不愉快極まりないないですわね、お二方」
アリアの呆れたような顔とその静かな声に、
ぎゃあぎゃあと騒いでいた二人は静まり返る。
アリアの素性を知るごく限られた人物達はこう思った、
『ちゃっかり令嬢が板についてる……』と。
やっと気付いたのか……と呆れた目線を向けながらも、
ようやく静かになってくれたので、
食堂にいて、彼らを迷惑に思っていた学生たちは、
安堵したような顔をしている。
「お前、下の地位の者のくせにこの俺に指図するつもりか?!」
「あら、まずそもそも貴方が愛するアシア様から為されたことです。
ならば、無作法であろうと構わないのでは……?」
怒号の声を上げるダリルに対し、
アリアは首を傾げて、当たり前ではないのかと問いかける。
アシアは伯爵令嬢。
対するレイシアは公爵令嬢。
レイシアは王家に次ぐ地位を有している家の生まれであり、
公爵家の人間にとって頭を下げる相手は王族しかいない。
そして、自分よりも位の高い人物には、
相手から声を掛けられるまで、
自分から声をかけることは不敬であるとこの国ではいわれている。
「なっ……お前もか!!
お前、さてはレイシアの取り巻きだな!
3日前、アシアがレイシアの取り巻きに、
階段から突き落とされたと言っていた!お前だろう!」
「ダリル殿下、
リア様は本日からこの学園に来られたのですよ?
3日前にどうやってアシア様と接触できるんですか?」
『これ以上教皇聖下の怒りを募らせるのはマズイ……』
そう思ったユージは、
これまで口を閉ざしていたがダリルに対し、
言葉を発することにした。
しかしながら、何故そんな根拠のないことを、
この国の第二王子は信じるのだろうか。
今日来て、なおかつ今、
会ったばかりであるアリアに、
どうやってアシアを虐められるというのか。
アリアにとっては、アスカ国の第二王子に会うのは、
今日が初めてであるが、もうこの時点でこの王子が、
どんな人物なのか分かってしまった。
「はっ……??今日来たばかりだと?」
「ええ、そうです。
そもそもアシア様にお会いしたのは今なんです。」
口を開いたユージに続いて、ルドも何とか説明する。
何故そんな理不尽なことを言えるのか、と。
呆れを感じつつもそれを表に出すルドではない。
あくまでも対外的に。あくまでも王族に敬意を表して。
「は…?今日、きた?」
それを聞いたダリルは、
どうやら驚きでこちらの話を聞くどころじゃなくなったようだ。
つまり、自分の言っていたことが大幅に間違っていたという事実が、
すぐに納得できる範囲ではなく、
頭がキャパオーバーしてしまったようだ。
「さ、行きましょうかレイシア様」
「そうですね、リア様」
絡んできた二人が動かなくなったところで、
ここに留まる必要も無い。
そう判断したアリアは、
隣でじっとダリルとアシアを見つめていた、
レイシアに声をかけ、食堂をあとにした。
■
レイシア達が食堂を去った後、
ダリル達は食堂に集まり、
彼らの騒がしい言い争いに居合わせていた貴族たちは、
無能な王子と馬鹿な令嬢を嘲笑いながら、
楽しそうにテーブルを囲んでいる。
もちろん、その声を本人たちが聞こえない訳もなく、
大勢のいる場所で大恥を晒したダリルは、
恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤に染めていた。
「で、殿下?」
「クソっ、レイシアめ!
婚約者の癖に俺に恥をかかせやがって……ッ!」
そもそも、彼は一言発するだけでも声が大きい。
それ故にもちろん、食堂に集まっている人達は、
レイシアへの逆恨みの言葉も聞こえており───
クスクスとこの国の王族であるはずの第二王子は、
自国の民に笑いものにされていた。




