31.熱き羽(前)
去ってみれば、とてもあっさりだなと。
私、マーゴット・ミスリルファヨンは微笑んでいた。
「マーゴット様、紅茶の準備が整いました」
「ありがとう。今行きますわ」
いつものように屈強な私兵・グルダルが、似合いもしない燕尾服を纏い、私を呼びに来る。
笑顔で答え、街並みの見える窓を後にした。
「本当に良かったんですか? マーゴット様。シャルエール様を外に出しちまって……」
「えぇ良いのよ、グルダル。乙女に冒険はつきものでしてよ」
冒険と私は口にしたけれど。
冒険に出ても。
この土地に戻ることはもう無いのだということは、分かっていた。
訪れ、帰ってくることはあっても。
もとに、戻ることは、無い。
「それもシャルエールの人生でしてよ。
だから私、あの子が好きなんですの」
「へェ、おっしゃる通りで」
うやうやしく頭を下げるグルダルの頭を、私は軽く撫でる。
「さみしくないと言ったら、嘘になりますわ……」
「嘘になるっつーかマーゴット様、普通にわんわん泣いてたじゃないですか」
「お黙り」
グルダルへ伸ばした手に、力を込める。
けれどさすがは屈強な兵士。私の腕力では、全然体幹が揺らぎませんわね。
「泣きもしますわよ。十のときからですわよ……? シャルエールが今二十三ですから、十三年も一緒にいたんですわよ? 泣かないほうがどうかしてますわ?」
「それも、おっしゃる通りで」
人生の半分ほどを共に過ごした三女なのだ。
泣かないわけがありませんわよ。
「ただ……、二人目のときもそうでした。
私はそうやって、出会いと別れを繰り返しているのですもの……」
「二人目……。クシェルお嬢様も、そうでしたね……」
クシェル・ミスリルファヨン。
彼女もまた、私が拾って、ミスリルファヨンに招き入れた人物だった。
血のつながらない、二番目の妹。
普段は大人しかったけれど、笑うと太陽のような輝きを持つ、素晴らしい生物だった。
「今でも彼女の笑顔を、思い出せますわ……」
私の言葉にグルダルは顎に手をあてて、小さく考えたのち、口を開いた。
「いやでもマーゴット様……。
さすがにドラゴンの幼体を妹にするのは、無理がありますって」
「お黙り」
「いやいや、黙れませんって! 内心俺ら、ビクビクだったんですから!」
「そんなもの大丈夫ですわよ! 私が拾ってきたんですわよ!?」
「アンタが拾ってきたのは、俺らみたいな荒くれ者とかでしょ!? そりゃ信用できないですよ!」
むぅ……、言いくるめられてしまいましたわ……?
まぁ良いでしょう。下の意見を聞くのも、当主の役目ですものね。
「あれも悲しき別れでしたわね……」
「えぇ……。まさか俺らの住んでる執事寮を、丸ごと食い荒らすとは思ってませんでしたよ……」
「さすがに隠し立て出来ませんでしたものね……。アレはお父様にも、だいぶこっぴどく叱られたものです」
「叱られるだけで済んだんだ。すげーな先代の当主。普通なら勘当モンでしょ」
ちょいちょい口調が崩れるのも、どうにかしたほうが良いですわね。
まぁ今は良いですわ。
「口調と言えば……」
最初はシャルエールも、あんなにきれいな言葉遣いではありませんでしたわね。
グルダルたちと同じように、粗野で、乱暴で、荒々しくて。
――――とっても情熱的な、力強い話し方でしたわ。
「ウフフ……。シャルエールも、どこかで元気にやってくれれば良いですわね」
笑顔のまま、私はグルダルに向かい合い、そう告げた。
「あの子に剣のお稽古をつけてくださって、本当に感謝しておりますわ、グルダル」
シャルエールの剣筋は、まさに彼らが鍛え上げたものだ。
大胆さと繊細さ、慎重かつ大胆な動きが求められる剣技。
並みの冒険者ではそのリズムすらもつかむことが難しいだろう技を、あの子は完璧にマスターしてみせた。
「……結局、俺ら全員抜かされちまいましたからね。
とんでもない才能と努力ですよ、ありゃあ」
そう言って、グルダルも遠い目をして窓の外を見る。
その眼にはうっすらと、涙らしきものが溜まっていた。
……まったく、人をさんざんからかっておきながら。自分もそんな表情をなさるんですから。
まぁ。
いいですわよ。
「また次なる目標を見つけたんですわね……、シャルエール」
どうか。元気で。
私は窓の外を見て。
昨日のことを思い出す。
「正式にお告げします、姉様。
――――この家を出させていただきたく思います」
そう私に告げたシャルエールの瞳は、申し訳なさと……、強い意志に満ちていた。
もちろん前もって聞いてはいた。
この一週間。
私も彼女も、そのつもりで行動してきた。
けれど――――
ただ、正式に。
この家を出ると、誤魔化すことなく、その口からシャルエールは告げる。
十年以上も前。
弱り切った彼女を拾ったときにも、瞳の奥底に見えた、強い意志。
――――あぁ、あのときと変わらないのね、あなた。
「……シャルエール。だから貴女が好きよ」
「え?」
「フフフ、何でもなくてよ」
私は微笑んだまま、この家に長いこと尽くしてくれた騎士に告げる。
「シャルエール・ミスリルファヨン……。
貴女に、出門の許可を与えましょう」
うれしいわ、シャルエール。
そして――――
「悲しいですわよ……、シャル、エール……」
今頃になって。
再び悲しみが襲ってきたのか。
あの時話した一言一言が、脳にフラッシュバックしていって。
ついぞ私は、その場にへたり込んでしまった。
『強さを、知りたくなってしまったのです……』
『もちろん姉様には感謝しております!』
『ありがとうございます、姉様……』
『姉様!? い、いやいや! わ、猥談などを、みなに囲まれる中でなど……!』
『楽しかったです、姉様』
『近くに来たら、必ず顔を見せますゆえ……』
『それではおやすみなさい、姉様』
『行ってきます、姉様』
『姉様』
『マーゴット・ミスリルファヨン様。
深く、感謝致します……!』
…………ぐすっ。
鼻をすすり。
立ち上がる。
人生は……、出会いと別れ。
後悔していては、前に進めないのですわ。
「――――さて、遅くなってしまいましたが、お茶と参りましょうか」
「えぇ、マーゴット様。……お連れ致します」
二人、涙をぬぐい去る。
まぁでも、お茶の場に着いたらどうせ、
他の五名の兵士たちも、きっと泣いているはずですわ。
そういう輩を気に入るという自分を、何より理解しているんですもの。
「それでは今日も優雅に麗しく……、そして騒がしく、お茶を始めますわよ」
彼女を家に招き入れ、最初に通すことになった、黄色い花の咲く庭園。
そこには愉快で屈強な男たちが居て。
そこにはもう、彼女は居ない。
眼をつむり、私は淑女失格な叫び声をあげる。
「第一回……、シャルエールがいなくなって悲しいねお茶会、開催ですわよぉぉっ!」
「「「「「「ウェェェイッッ!!」」」」」」
泣きながら、そして笑いながら、
屈強な男たちと私は紅茶を掲げる。
なんて貴族にあるまじき振る舞いなのでしょう。
あーあ、楽しい。悲しい。
シャルエールのせいで、またお父様に叱られちゃいますわ。
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