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17.その速度



「……ッ! メア!」


 メアの、赤と金の斑の髪が。

 広がり、中空に共に舞う。

 封印のために巻かれていた神々から与えられたとされるリボンは、跡形もなく引きちぎられている。

 巨大ラットの胴体を、髪は掴んで離さない。

 元の質量を大幅に超える毛量が、この空間を支配していた。

 貯金。

 呪いをため込んでしまう自身の髪のことを、そんな風に言おうとは。

 コイツ……、やっぱイカれてやがる!

 赤と金の髪は、それぞれが意思を持ったようにして、踊り。万力のような力をもって、ラットらを粉々に粉砕した。

 頭上からぼたぼたと血がしたたり落ちる。そして――――、その魔力を吸ったメアの髪の毛は更に邪悪さ(赤さ)を増していた。


「ギャーッギャッギャッギャッギャッ!! 不意打ちだろうが何だろうが、ワタシにはそんなもん関係ナイんだよォ!」


 うわぁ……、邪悪な顔で笑いやがる。


「ワタシの処女を奪う相手だぞ。誰に断って殺そうとしてんだっての」

「それはあんまり言わないで……。周りに人がいなくても言わないで……」


 静まり返った空洞に、メアの声はよく響く。

 他の冒険者とかが聞いていたら、完全なる誤解を受けているところだ。


「うーん……」

「ん? どうしたメア?」

「よっと」


 ブチブチ、ジョギジョギ。


「おわぁ! お前、何やってんだ!」


 メアは中途半端に残った自分の髪を、先ほどと同じように、ちぎり、切り取っていた。

 めっちゃ……、めっちゃショートヘアになってる!


「どーせ今ので、髪の毛の魔力(のろい)は空っぽになっちまってんだ。使い道無いなら、これで良いだろ?」


 はースッキリしたぜと言いながら、残った部分もうまい具合に(指先に魔力を通して、鋏みたいにして)切りそろえていくメア。

 嘘みたいな質量を誇っていたメアの髪の毛だったのだが。一気に短くなって印象が変わる。

 白い首筋がはっきりと見えるくらいに、首の付け根あたりまでバッサリだ。

 前髪を下ろし、目元で切りそろえる(指先に魔力を集めて焼き切っていた。器用なことするなコイツ)。


「……なんか」


 攻撃的な印象が若干減ったな。

 おでこが隠れて、眉が少しだけ隠れているからだろうか。


「というか、切れたのかよ髪!」


 確か話では……、呪いによって切れないとか、何とか……。

 細かい理屈はよく分かっていないのだが、今みたいな使い方をしない限り、切断しても毛髪一本一本が、呪い発生源のメアの頭に戻ってきちゃうんじゃなかったか?


「あぁ。だからさっき、呪いの先を移し替えた(・・・・・)

「は……? う、移し替え……?」

「そうさ。呪いってのは基本的には無くなることはない。

 しかもコレは、『魔力に対して反応する呪い』だ。魔力が生成されるところに寄生しやがる。憎たらしいほどにな」

「いや、だったら……」

「よく見ろ、豚ァ」

「へ?」


 今しがたメアによって切られた、大量の毛髪を見る。

 それは巨大ラットだけでなく……、動きを停止したゴーレムにまで絡みついていた。


「そこに丁度いい魔力源(・・・)が転がってたんでなァ。そっちに行くよう、呪いの帰る場所を移しといたんだよ」

「そんなことできんの!?」


 って、あ。

 いや……、圧倒的なまでの力があれば、できるのか?

 俺が前にもやった、他者の魔法術式への割り込み。

 呪いも魔法のようなプログラムでできているのだとしたら。

 今のメアの魔力量ならば、力づくで書き換えることもできるということ、……とか?


「うーん!? 分かるような……、分からんような……!?」


 というか分からん!

 俺が腕を組み困惑していると、メアが三白眼気味にこっちを睨む。


「オラ、かわいくなっただろ? 褒めろや」

「そんな言い回しってあるか!? 普通にしてればちゃんと褒めるよ!」

「ギャッギャッギャ! ならさっさとしろよなァ。……一応、ちょっとは気になるんだからよ」

「お、おう……」


 何だってふとした時にデレるのか。

 油断ならねえ幼女である。


 やれやれと嘆息し、体制を整える。


 しかし……。


 それにしたって恐ろしいのは。

 そういうこと(・・・・・・)を思いつく、思考速度だ。


 仮に。

 呪いや魔法の、理屈の細かいところはすっ飛ばすとして――――呪いの行き先の上書きが出来たとして、だ。

 事の発端。

 トリガーは、『俺がラット三匹に襲われたこと』、だったのだ。

 これに関しては完全なる不意打ち。

 ゴーレムに集中していたメアは、気づいていなかったはずなのだ。その証拠に、一瞬だけ驚愕の表情を見せていた。

 ――――にも関わらず。

 まるで計算されつくしているかのように、綺麗に場が収まった。


 シャルエールの救出と位置把握。

 魔力を高く持つクリスタル・ゴーレム。

 襲い来る巨大ラット。

 呪いの髪。

 その後処理。

 少なく見積もっても五つの要因を、綺麗に繋げてみせる知能。


 絶体絶命(ピンチ)呪い処理(チャンス)に変えやがった。


 前々から思ってはいたことではあるが。

 メアの最大の武器は。

 魔力の出力でも、物理的な速さでも、全身のバネばどではない。


 コイツをコイツ足らしめている、強さは。

 その邪悪なまでの、頭の回転の速さ(・・・・・・・)だ。


 悪知恵をひねり出す、――――天性の才能。


「本当に……、末恐ろしい」

「誉め言葉か?」

「あぁ。……怖い(すげぇ)よお前は」


 牙をむき出しにしてピースをするメアを、苦笑しながら見やる。

 和やかな空気になったかと思ったが――――それもつかの間。

 地面を(つんざ)くような音がする。

 今の俺でも分かるような魔力の波動は、危機感のスイッチを入れなおすには十分すぎた。


「ッ! メア!」

「おう、分かってる!」


 呪いと魔力を押し付けられたせいで、クリスタルゴーレムが再駆動して立ち上がる。

 先ほどまで核のあった場所には。

 メアと同じような、金と赤に光る髪の毛の塊が、まるで核のように詰め込まれていた。


「なんかめっちゃ光り輝いてるけどぉぉぉッ!!?」


 俺の言葉をメアはハンと鼻で笑って続ける。


「幼女の髪の毛でパワーアップとか、変態ゴーレムだなぁオイ!」

「そんな言い方すると、途端に強敵に見えなくなってくるだろうが!」


 つーかお前が呪いの先をゴーレムにしたからだろうが!

 困惑する俺の横で、ギャギャギャと、勝気な笑いがこだまする。


「元より、強敵でもなんでもねーよ!

 そこで見てろ、師匠! アイツぶっ壊して、クソバカ騎士を救出してやるぜ」


 そうしてメアは。

 クリスタルゴーレムならぬ、呪いのゴーレムに立ち向かう。


 自分が呪いを押し付けた相手。

 それを自ら破壊しに回る。


 勝負は一瞬だった。








「そんなこんなで……、メアちゃん大勝利だね。お疲れ様です」

「オウ……、出迎え、ンッ……! ご、ご苦労だ豚ァ……」


 …………。

 ご苦労じゃねーよ。


「こちとら死ぬところだったわ! ていうか、俺が咄嗟に『天罰大痛輪(ペインズヘブン)』で止めてなかったら、絶対死んでたわ!」


 クリスタルの洞窟に俺の怒声が響き渡る。

 命を助けられた相手に、その直後に殺されそうになるとは思いもしなかったぞ!


「抑えてっていつも言ってるでしょ!?」


 メアを制御するための魔法、『天罰大痛輪(ペインズヘブン)』……。

 俺の『男性サイズ』をもろもろ消費する代わりに、メアにランダムに激痛を与えて動きを止めるという(俺にとっての)禁忌の魔法。

 なるほど……、本日のダメージは外皮系ですか。

 露出の多い鎧だから、口周りに限らずいろんな箇所から流血してやがる。プロレスラーかお前は。


「何だかんだ、できる限り『天罰大痛輪(ペインズヘブン)』の使用は控えていたんだけど……」


 さすがにメアのテンションが上がりすぎていたので、力ずくのストップをかけざるを得なかった……。

 お陰でこっちもちょっと……、下半身にしょんぼりした魔力が溜まってきているのです。久しぶりだなぁ、この感覚……。


「あん? そっちも怪我してンのか?」

「俺のはホラ……、怪我じゃないからサ。……ある意味致命傷の類だけども」

「ギャギャギャ、気にすんな! ワタシはどんなモノでも気にしねェからよ!」


 フォローになってねぇ。

 そして原因となっているお前だけにはフォローされたくねぇ。

 しかしながら、シャルエールに差し出す用のパンツに残念な魔力とか付着してないだろうか。それはちょっと心配だけど……って、なんで俺はそんなコトの心配してんだよ。悲しくなる。


「しかし、相変わらず強力な威力だよなァ『天罰大痛輪(ペインズヘブン)』。身体変になるっての。……あと、ちょっと(ヘキ)になりそうなのが怖い」

「さらっと恐ろしい発言すんな!」


 やっぱ気軽(というほど気軽でもないけれども)に使うもんじゃねえなコレ……。

 ただそうしないと、洞窟ごと崩壊させかねなかったんだよな。

 いやな予感はしていたのだが、結局使うことになってしまった。


 閑話休題。


「それで……メア。その……、この中に、シャルエールがいるっていうのは……」

「あぁ、そうだ。……というよりも、そうとしか考えられねえ。ワタシの魔力感知じゃあ、この地点で合ってんだから……、よッ!」


 どう言いつつ。

 ドカン。

 と、機能停止したクリスタルゴーレムを蹴っ飛ばすメア。


 残骸のようなものが周囲に飛び散り、音を立てて崩れる。

 髪の毛が詰まっていた動力部分のようなところも、今では無事空洞となっていて、さすがに再起動する様子はなさそうだ。


 クリスタルと岩が混在した瓦礫の中央部。

 そこにある人影は。間違いない。

 ゴーレムに生命力を吸われ、衰弱しきったシャルエールだった。










 水場にて目撃してしまった片翼の羽は、現在はしおれてしまっていた。


 俺たちは丁重に彼女の身体を引きずり出し、岩場に寝かせた。

 ばさりと全裸状態のシャルエールに布を被せ、何とか胸部だけを覆う。

 幸いにも下のほうは、『羽毛』で覆われていたことにより、見えなかったので助かった。


「……ッ、…………、」


 微かに胸部が上下していることを確認。

 ……とにかく息はあるようで、一安心だ。


「蘇生を試みねェとな……。豚、どうにかしろ」

「ど、どうにかしろって言われてもな……」

「ワタシは無理だぞ。他者への回復魔法とか知らねーからな」

「そうだった……。お前は自分への再生魔法しかできないんだったな」


 もとより覚える気がなさそうだ。

 メアの回復魔法は、常人からすると劇薬みたいなものらしいからな……。メアという身体の頑丈さが無いと、その威力には耐えられないらしい。回復魔法の概念壊れる……。


「さておき……」


 ということは、俺がどうにかしなきゃいけないワケで。


「どうすっかなぁ……。俺もそんなに強力なものは覚えてないんだよな……。一応回復魔法っぽいもの、使ってみるかぁ……って、んん?」

「どうした、豚ァ……? ……おぉ?」


 俺たちは互いに疑問の表情を浮かべ、目を合わせる。

 そしてメアは、自分の下腹部(・・・)をバッと見て、確認をした。


「大丈夫だ。ワタシには、……ある(・・)ッ」

「みたい……だな。俺にもまだ見える」

「丁度納まりはしたが……、大丈夫だ。奪われた(・・・・)とか、移った(・・・)わけじゃなさそうだ」

「……あぁ」


 困惑の俺たちの、理由。

 それは。


 シャルエールの綺麗な腹部。

 布をかけられた胸部と、羽毛で包まれた下半身の、間の部分だ。そこに。


 少し小さめではあるが――――確かに。

 メアと全く同じ紋章が、煌々と刻まれていたのである。






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