28.ここからはアールメイア・エトワールがお届けするぜ・2
唐突に。結論から言うと。
魔王セリは、暴力的なまでに――――臆病だった。
ワタシ、アールメイア・エトワールは、そう思う。
女神と共に宙で踊るヤツを見上げる。
その軌跡の、軌道の、なんと美しいことか。
「本人が美しさのカケラもねえから、丁度いいのかもな」
なんて。
そんな風に口にした。
――――臆病。
そう。あの男は、病的なまでに臆病だ。
チカラを振るうことに慣れていない。
数多の冒険者を退け、幾多の勇者を打倒し、蛮勇なる者共に引導を渡してきた。
それでいて。
命は、ほとんど奪っていない。
それはつまり、相当な実力差がなければ出来ないことだ。
「……ハッハッハ。流石は豚。
自分のことを一番理解していやがらねえ」
あの豚は。
正しく最上級の魔力とやらを女神に与えられた。
そして、それを使って戦闘を行ってきた。
ヤツが魔王として歩んできた十年。それに間違いはない。
「ワタシの読みは、正しかったなァ豚」
魔王セリは。
おそらく、本気で戦ったことがない。
ワタシに命を脅かされたときでさえ、本気にはなっていない。
それは。
根が優しいとか、人を傷つけたくないとか、そういった『良い話』ではなく。
もっと単純な話。
単純にして、悪い話。
悪癖。
リョウスケ・セキウチ。
どうやら魔王として生きる前は、『頑張ること』なく生きてきた、魔王セリ。
魔王になったらなったで、『頑張ること』などしなくても生きることができた、魔王セリ。
「そうさ……」
つまりヤツは。
頑張り方を知らない。
更に分かりやすく言えば――――
「全力の、出し方を知らないんだ」
ギャッギャッギャと、今はそんな音が出ないので心の中でワタシは笑う。
「おそらくは」
ワタシは推論を口にする。
「師匠は、元はこの世界の人間じゃねえ気がする」
そんな予感がする。
あの甘さは、なんか、世界とそぐわない。
まぁ……重要なのはそこではなく。
これまでのヤツは、命を脅かされる危険というものと、無縁だったのだろう。
逆境が。
ピンチが。
困難が。苦渋が。憂き目が。通事が。
受難が。不幸せが。艱難辛苦が。
ヤツの前には、立ちふさがらなかった。
もしくはそれらから逃げて来たか。
「それはそれで良い人生なんだけどな」
それを理解する一般的感性くらいは持ち合わせている。
……ワタシはそんな人生、絶対にゴメンだが。
「ラッキーだったな、師匠」
今お前は。
全力を出せる機会に、恵まれた。
しかも何てイージーだ。
何せ、全力を出しさえすれば、確実に乗り越えられる試練なのだから。
「普通だったら……、全力でも、乗り越えることができるかは分からねえ。けど、ここまで分かりやすい状況は見たことねえぜ!」
臆病者。
全力を出せない、臆病者。
人を殺してしまうからという、優しさからくる臆病さではない。
ただただ利己的。
何せ。
全力を出したら、疲れてしまうから。
「疲れるのは……、嫌だよなァ、一般人は」
けど、今日ばっかりは疲れてくれ。
疲弊してくれ。
大丈夫さ、師匠。
ワタシとずっと共に居たんだ。
もうお前の体は。
疲れることにも慣れただろう?
だから――――
全力を出して疲れて、倒れても、
ワタシが支えるから大丈夫さ。
切欠は与えた。
与え続けてきた。
邪神を消滅させるために放った魔力砲。
それよりももっと前から。
ヤツの命を、脅かし続けてきた。
一緒に冒険をするようになってから、無茶を強いてきた。
限界を超えさせてきた。
「それでも本人はできなかったけどなぁ、本気を出すことを」
疲れはしたんだろう。
疲弊して、疲労していたのだろう。
けどそれはまだ、一般人レベルだ。
命を燃やし尽くすほどの疲弊とは、また違う。
もう何段も上のステージの疲弊。それを感じなければ、ヤツの『底』は見えてこない。
そして仮説があった。
とある仮説。
では何故、やつはワンランク上へと上れないのか。
疲労できるような全力が、出せないのか。
「疑問が確信に変わったのが、『魔獣王国』と戦っているとき」
『オイオイ師匠よぉ! 動きが遅いぞ! 今夜の食事が貴様の肉塊っていうのはやめてほしいんだけどなぁ!』
『そう思うならお前も手伝って――――ぎひぃっ!? やめて! 人が鍔迫り合いしてるときに、電撃魔法はやめてぇーっ!!』
あの集団の中では雑魚中の雑魚であるリザードマン。
それとは死に物狂いで鍔迫り合いをしている一方……、その上位に座する『四天王』のレオンは、魔法で一蹴した。……狸寝入りしながら薄目で見ていたんだからなっ。
「そう。ここが既に、おかしな事象だ」
邪神のときもそう。
ワタシが邪神と戦っている最中。ヤツは街に潜んでいた狂信者どもを軽く一掃したらしい。気絶している間にジジイに聞いた。
つまりアイツは。
ワタシが見ているところでは、無意識にチカラをセーブする癖がついている。
……いや、違うな。
ワタシまで、自身を美化するってのか?
きちんと事実を口にしよう。
「散々苦渋を味合わされたワタシの前では……、師匠は、弱体化の癖がついている」
恐怖が脳裏にあるからなのか。強制的に、本能的に、身構えてしまう。動きが鈍くなってしまう。
自身を『弱い側』だと思い込んでしまう。
いうなれば負け癖だ。
それはつまり、余計な思考――――雑念が入るということで。
それがヤツの本気に、蓋をしてしまっている。
あの豚を、苦境に追い込みたかった本当の理由。
それは。
そんなことを、一時でも忘れて欲しかった。
目の前の強敵だけに、百パーセント集中して欲しかった。
それができりゃあ……、
「師匠は、誰にも負けねーよ」
ま。
そうなった原因のワタシが、言うことじゃねーけどなァ。
がんばれ。
勇気を出せ。出して――――
「立ち向かえ」
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