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11.名を冠す



 結界を形成し、通路を塞ぐ。

 それにより、王都の入り口から噴水広場まで。道は、一直線となる。


「だからまぁ……、アンタは必然、ここに来るようになっているわけだ」


 俺は、この場所に居る唯一の人間。

 ギルドで俺たちを助けてくれた――――あの、渋いおじさんに声をかける。


「ジャファリー・ブレッドさん。アンタが、この街に邪神を呼び寄せた犯人だな?」


 背中越しに声をかけると、彼は首だけでこちらを振り返る。


「……なんだよ、運が悪いなぁ。こんなことになるんじゃあ、昨日助け舟を出さなきゃ良かったかぁ? あのまま騒ぎを起こしてくれりゃあ、あんたらはこの街から追放されてただろうからよ」


 あくまでもクールに、シブく。ギルドのおじさんは昨日の同じように振舞った。


「じたばたはしねえさ。ここまで大掛かりな仕掛けを打ったんだ。俺が実行犯だってことは、なんとなく目星を付けてのことなんだろ?」


 タバコに火をつけ、遠い目をしながら言う彼。

 うーん、こんなときでもかっこいい。男のロマンを分かっている。


「……去り際、俺たちに手を振ってくれたじゃないっすか」

「あん?」


 俺は、あまり気乗りはしないが、彼を問い詰めるように言って。

 自分の左手を見せる。


「俺にもあるんすよ、神紋。……で、ジャファリーさんの振ってくれた手――――左手の薬指の付け根にも、神紋がありました」


 何らかの神と契約した者には、左手の薬指に必ず現れる、神紋。

 女神ルーリー様と契約した際、俺にも現れてしまったものだ。それが、彼の左手にもあった。


 ――――悲しいかな。

 俺の身体は、魔力で強化されていて。

 それは、動体視力も、だ。

 一瞬の出来事ではあったものの。俺の瞳は、彼の薬指を捉えてしまっていた。


「たぶん契約が完了したのは、昨日だったんじゃないですか? だから、隠すような素振りも無かった。……隠すような体のクセが定着していなかった、と言ったほうが正しいっすかね」

「はっはっは……。なるほどなぁ。俺も、まだまだだな」


 フーッと、煙を吐き出し、眉間にしわを寄せるおじさん。ううむ、所作の一つ一つが様になっている。

 タバコを持つ左手の薬指。そこに刻まれた神紋は、どこか禍々しさを帯びていて。

 邪神との契約だから『邪神紋』ってところか。


「ってことは、何か? 神紋のことを知ってるってことは、アンタも何かと契約してるってことかい?」

「まぁ……、そんなところですかね。俺側に恩恵は一切無いんですけれど」

「へぇそうかい。そいつは、互いに(・・・)貧乏くじだねぇ」


 それはどういう意味なのか。

 しかし俺が問うよりも早く、ジャファリーさんはタバコを持つ手で、中空に魔方陣を描く。

 煙と共に出現する、赤黒い魔方陣。

 ――――攻撃が、来るっ!


「【弾け飛ぶ(ポップアウト)】」


 彼が短く唱えると、魔方陣が形成されている空間から、幾重にも層を成した炎の渦がこちらへ飛来する。


「くっ!」


 軽くステップを入れて、俺は後方へと回避する。が、渦はまだ追ってくる。


「っていうか、詠唱的に爆発系じゃないのかよ!?」

「俺のイメージの問題だ! つべこべ言わず焼け死ね!」

「……ゴメンですっ、よっ!」


 逃げる足を止め、

 俺は。

 右手に魔力を込めて、

 全力で渦を上から地面に叩きつける。

 行き場を無くした炎のエネルギーたちは、広場周囲へと燃え広がり、建物を何棟か破壊していた。


「……アッツ! やっぱ炎系は力技でどうにかするのはやめよう。俺、熱いの苦手だわ」

「な、なにぃ!?」

「え、何? 何です?」


 右手にふーふーと息を吹きかける俺に、ジャファリーさんは驚愕の顔を見せる。


「兄さん……、お前今、何やった……?」

「え、何って。普通に魔法を叩き落しただけですけども……って、あぁそうか」


 しまった。

 いや、別に敵対している人の前だから、マズいってことも無いんだけども。


 メアと一緒にいるせいで、俺の常識的な感覚も若干ズレてしまっているのだが……、そういえばさっきの炎の渦系の魔法って、割と上級に位置する類のものだったか。

 それを単純に力技(プラスちょっと魔力)で雲散霧消させたのだから、そりゃあビビるか……。でもまぁ、丁度良い。俺も無用な殺生はしたくない。


「なんつーか、すみません。ただ……、コレくらいが最大出力なのだとしたら、俺には挑んでこない方が良いかと思います」


 何せ、それ以上の火力を扱うやつらを部下に従えてたくらいだ。

 正直言って、これ以上は無駄だ。


「なるほど……、お譲ちゃんのほうのヤバさに隠れてはいたが、アンタも十分ヤベえやつだったってワケか……。俺も目が腐ったねぇ」


 消えてしまったタバコの吸殻を地面に投げ捨て、参ったねと続ける。


「なるほどなるほど、こいつはどうにもお手上げみてえだなぁ……。

 ただし――――俺一人だったらな」


 ギラリと、彼の眼光に力が戻る。

 そして殺気と共に現れたのは、三十人ほどの狂信者(・・・)たちだった。


「我ら、『邪教信仰団体・ゼルヴィア』は、複数人固まることで、それぞれの力同士を増幅させることが出来る。

 つまりは、さっきの魔法よりも遥か上の火力を出せる。そしてそれが、総勢三十六名。こうして兄さんを囲んでいるワケだが」

「……」


 ジャファリーさんの言葉に、俺は固唾を呑む。

 まぁ……、他にも狂信者がいることは、ある程度予想はついていた。

 まだ肩慣らし程度とはいえ。

 メアとあそこまでの激闘を繰り広げられる力を持つ邪神を、たった一人で召喚できるとは思えない。


「――――だからさあ、兄さん。おとなしく殺されてくれや。街一つを軽く消し炭に出来るほどの力を、俺たちはあの(・・)邪神様よりいただいているのさ」


 新たなタバコに火をつけて彼は言う。


「勝ち目が無いってことくらい、それだけ強いあんたなら分かるだろ?」


 そうして、ジャファリーさんは。

 こちらに哀れみの視線を向ける。

 これから殺さなければならない男に対して。

 ある種の、慈しみを向けている。


 うーん……。


「……まぁ、その、ですね」

「ん? 命乞いなら、さすがに聞けねえよ? ここまでやりあっちまってんだから」

「あぁいや……」


 ちょっと考え事をしていた。


「そのー……、心配事っていうか……。いやでも、大丈夫かな。

 聖剣を守ってたレベルの神官が使う魔法だし。たぶん大丈夫だろう、うん」

「何だ兄さん、ブツブツ言ってよぉ。往生際の悪い男は、大成しないぜ?」

「あはは、大丈夫です。考えた結果、おそらく大丈夫だろうという結論に至りましたんで」


 俺の発言の意図が読み取れず、彼の、そして周りの信者たちの顔にも疑問符が浮かぶ。



「まぁ大丈夫でしょう! 俺がある程度本気で戦ったりしても、このバリア魔法は壊れないと信じます!」



「――――何、言って、」


 んだ?

 と、彼が言うよりも速く。

 俺は彼の顔面を掴み、地面へと叩きつける。


「ッグ!?」


 衝撃による痛覚よりも、何が起こったかわからないと言った声を発するジャファリーさん。

 地面は……、よし、無事だ。


「通路にはバリア。アンド人避けの魔法。地面や建物には破壊されない系の、概念防御の魔法は使ってあるから、破壊するようなことは無いな。よし、大丈夫だ」


 叩き付けた姿勢のまま、俺は地面を軽く叩いて確認する。


「き、貴様ァ!」


 辺りを囲っていた信者の一人が、弓矢をこちらへ放つ。……おまけに属性付与(エンチャント)もされてある。つくづく、魔法能力が上がっているというのは本当らしいな。


 けれど。


「よっ……と……っ! お、久々だけど上手くできた」

「は、はぁ!?」


 俺は飛来する弓矢を中空に静止させ、くるりと方向を転換させる。


「返すぜ、それ」

「うぉお!?」


 中空から放たれた弓矢は、別の属性付与(エンチャント)を施された状態で信者の集団へと放物線を描く。

 着弾。と、同時に強い爆発が起き、辺りにいた十人ほどが吹き飛んでいた。


「弾き返しただけではなく……、エ、属性付与(エンチャント)の上書きだとぉ!?」


 驚きのあまり俺の手の下で足掻くのを中断したジャファリーさんが叫ぶ。


「しかも、飛んでくる弓矢の速度に対して……!」

「ば、化け物、か……?」


 一団も同じように、信じられないという風にどよめいていた。


 昔ならなー。

 超ドヤれたんだけどなーっ!

 ドヤァっ! って、できてたんだけどなぁっ……!

 でも今は、メアがいる。アレの存在を知ってしまっているからネ……。


「これくらいで偉そうにしてちゃあ、ここ最近のインフレにはついていけなかったんすよねぇ……」

「何、言ってんだ……?」

「いやぁ、こっちの話です……。ははは……」


 呆気に取られるジャファリーさんを軽くいなし、俺は少しだけ手のひらに力を入れ、わざと彼に悲痛な声を出させる。


「……ぐぅっ!」

「おい信者の人たち! これ以上俺に攻撃するなら、この男の命がどうなっても知らんぞ!」


 これで少しは引いてくれるだろうか。けれど。……そう、期待した俺が甘かった。


「――――はっ、はっはっはっは!」


 俺の手の中で、ジャファリーさんは心底愉快そうに笑う。


「構うことは、ねぇぜっ……! 俺の命ごと、コイツをブッ飛ばしなァ! 魔法砲撃、用意!」


 彼の怒号と同時。信者全員が杖を構え、俺とジャファリーさんのほうへ向かって魔法陣を描いていく。

 幾重にも連なる呪文詠唱は、この組織がどれだけ一枚岩なのかを物語っていた。


「……なる、ほど。この人らもある意味では、『アイツら』と同じなんだなぁ」


 ちょっとだけ。

 懐かしくなる。


 メアに蹴散らされていった、俺の部下たちもそうだった。


 十六魔軍将――――レディア、マークルズ、イノレッド、エデミア、ルクスウィー、アイナン、タルマバルマ、エルケト、レンヴァース、カルナマル、ドトーレン、シェミファ、ルーリマーズ、オクトドス、ハスキ、ジェリナル。

 八兵魔団――――ヴェンガス、アザラエル、キュロス、オロード、シザヴァヤ、ケニャル、オーメイト、クルフェン。

 近衛四天王――――ウズハ、ジェイルヴ、ナーナード、ファルギス。


 愛すべき馬鹿どもだった。

 魔王軍が強かったのは、俺だけが要因ではない。一枚岩の強さを持っていたからだ。

 ただ……、


「誰かの犠牲の上に成り立つ勝利は……、やっぱ違うと思うんだよなぁ……」


 言いながら、俺も周囲に魔法陣を展開させる。

 何個も何個も、陣を形成する。


 魔王時代(あのころ)を思い出したことで、ちょっと感傷的になってしまったのか、若干出力が上がっているのが分かる。


 魔法の熱源を、感知する。

 どうやら俺の呪文が発動するよりも先に、彼らの魔法が一足早く完成したようだ。


 発動詠唱が、周囲から聞こえる。

 狂信者一人一人の魔力が膨れ上がり、強大な熱源の帯が発生していた。


「「「「「「『多弾式・(アルテマ・)――――」」」」」」


 収束する魔力反応は、俺の方向へとセットされた杖と魔法陣を通り、こちらへと迫り来る……、はずだった。


「「「「「「――――爆散衝撃魔波(プロージョン)ッ!』」」」」」」


 掛け声とともに、

 炎のと爆発の竜が、全方位から襲い来る。よりも前に、

 こちらの術式が発動する。


 俺は静かに手を上げ、呪文を口にする。



「十二番、『冷えた嘴(クルフェン)』」



 瞬間、幾多の炎の竜は。

 魔法陣から完全に出ることはなく、陣の根元(・・)で本体ごと固まっていた。


 行き場を無くした魔力のフィードバックがきてしまったのか、信者たちは一様に掲げていた杖をその場に落としてしまい……、その場に倒れ伏してしまった。


 ……一応、死んではいない、よね?

 たぶん大丈夫なハズ。


「ク、クルフェン……、だと……!」


 一人意識を持ったままの、ジャファリーさんが言う。

 俺の指の隙間からかろうじて見えるその瞳は、あのシブさはどこへやら、とてつもない怯えを見せていた。


「そ、そいつは……、八兵魔団の、序列十二位……! 嘴のクルフェンの魔法……ッ!?」


 声と身体を震わせ、岩の地面をがりがりと引っかいている。


「あー……、何かトラウマがおありで」

「や、やめっ! やめろッ! その名前を口にしないでくれ! 氷の嘴がッ! 嘴が、見える! うひゃああああああっっっ!!」


 じたばたと俺の手を振りほどくのも忘れ、ただただもがき続ける彼を、俺は申し訳ない目で見続けるしかなかった。


「その……なんだか、俺の元部下がすみません」


 錯乱で聞こえてないだろうから、俺は謝っておく。

 アイツらに恩義を感じて、俺は自分が使う魔法に元部下の名前をつけた。つけたのだが……、名前を聞いただけでトラウマが蘇る人がいるとは。とてつもなく申し訳ない。


「あ」


 そんな風に思いを馳せていると、邪教団体の最後の一人であるジャファリーさんは、呆気なく気絶してしまった。


「何にせよ、これでこっちは一件落着かな……」


 しかし……。

 クルフェンくん……、きみ、この人に何をしたのさ……。

 巨乳好きなだけの愉快なカラスの亜人を懐かしんでいると、安全な場所に隠れてもらっていた神官さんがこちらへと駆け寄ってきた。


「お、おぬしも恐ろしい魔力を持っておるのう……。さすがは勇者の付き人をやっているだけあるというか……」

「いやいや、昔かじった何とやらってやつでして」


 言いつつ、俺は気絶してしまった集団と、ジャファリーさんを見る。


「……この人も」

「ん?」

「この人ももしかしたら、最初は何か目的があって、邪神教団に入ったんですかねぇ」

「さぁのう……」


 人に歴史ありと言うが。

 どうなのだろうか。


「ジャファリー・ブレッド……」


 互いに(・・・)貧乏くじだと、言っていた。

 そこにどんな背景があったのか――――たぶん俺みたいな、くだらないものではない、きちんとした理由とかもあったんだろうなぁ。


「なんだかなぁって感じだけど……、お?」


 空が陰る。

 メアと邪神の激突が激しさを増している――――だけではない。


「……おぉ、なんという禍々しい光景じゃ」


 女神ルーリー様から説明があったとおり、術者を失った邪神は、中空で大きく形を変え、蠢いていた。

 先ほどまでとは違い、蜘蛛とドラゴンが合体したような姿になっていた。身体を纏っている暗黒瘴気も、濃さを増している。


「術者がいなくなった邪神は、理性を失い、暴走状態となる……、か。恐ろしいことだぜ」


 と言っても、最初から理性なんて持ってなさそうだったけどな。もしかしたら、そこまでしっかりした召喚式ではなかったのかもしれない。


 まぁ何にせよ。

 ここまでは俺の仕事。

 ここからはメアの役目だ。


「抑えの効かなくなった邪神は、これまで以上に魔力が膨れ上がると聞くぞい……。あの娘がどれほど強いかは分からんが、大丈夫なのかのう……?」

「いや、まぁたぶん大丈夫なんじゃないっすかねぇ」


 神官さんの言葉に、俺はややヘラヘラしながら答える。


「さっきの強さ、見てたでしょ?」

「いやいや! あんなものではないんじゃよ、封印が解かれた邪神の強さは!

 一説には、国家丸ごとを一瞬にして破壊できるほどの力にもなると言われておるのじゃ!」

「うぐっ……! こ、国家、丸ごと……っ! 破壊……!」


 そのワードにずきりと心臓が痛む。


「ん? ど、どうしたのじゃ?」

「いやぁ……、そのワードは嫌いなんですよねぇ。国家を丸ごと破壊っていう……」


 背中にじっとりと汗をかき、あの頃のことを思い出す。


「懐かしいなぁ……。ある意味ではうちの国家も、アイツに滅ぼされたんだよなぁ……」

「……何の話じゃ?」


 遠い目をして、空を仰ぎ見る。

 国家も国家。一時的とはいえ、世界を支配していた国家を打ち倒したのだ。


「神官さん、大丈夫っす。いざとなったら俺が助けますんで」

「お、おぉ、おぬしも加勢するということか。やはり一人では、邪神は倒せなんだな!」

「いえ、メアの脅威から。街の人々を」

「……頭の痛い話じゃな」


 いやほんと、まったくですよ。

 街の人たちのリアクションではないけれど。これじゃあ、誰が勇者なのか分からなくなるってものだ。





【読者の皆様へ】

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