9.出撃準備
一晩経って。
早朝。
タヴァリス城下町の噴水広場。
様々な店が営まれ、活気もある。まだ日が昇って一時間も経っていないのに、すでに商売を開始している店もあるくらいだ。
その中央あたりにあるベンチに、俺とメアは連れ立って座る。
「……アレ、だよな」
「……みたいだな」
俺が指さす方向を見るまでもなく、明らかに異質なものが浮かんでいた。
黒い太陽のような。暗黒の光を放つ『ナニ』か。
ただその太陽は、本物よりも俺たちに近い。
「うーん」
周囲を一望できるような、軍事用の高い見張り台があるのだが、そこよりも幾分か高いくらいの位置にソレは現れた。
つい今しがたの出来事である。
「幸い、町の人たちはあんまり気に留めてねえな。大きい町だから、多少の異変には慣れてんのかねー」
「平和ボケだな。ギャッギャッギャ」
あんまり笑いごとでもないのだが。……けどまぁ、王直属の軍隊もあり、高い壁も建っているのだ。安心しきる気持ちもわかる。
「まぁだったら……、尚更町の人たちを危険に晒すわけにはいかねえなぁ」
平和ボケ、万歳だ。
危険なことなんて知らないに越したことはない。
よっこらせと、腰を上げる。
「まぁどうせ軍の連中は気づいてて、今頃何かしら対策でも立ててるだろうからなー。上手く協力できれば良いんだが……」
「ギャギャギャ、無理だな」
「デスヨネ」
好き勝手に動きたがるこの幼女に、誰かと協力して何かを成し遂げるということは、基本的に無理だ。そもそもスペックが違いすぎて、下手に協力されようものなら邪魔になってしまう。
以前なら……、敵も味方も関係なしに吹っ飛ばしてたんだろうけどなぁ。今は、俺が管理している。
俺の言いつけをどれくらい守ろうとしてくれているのかは分からないが、完全に無視もしていないのだ。
例の『天罰大痛輪』が、少しは抑止力として働いてくれているのだろうか。そうだったら、巻き込まれる俺も、ちょっとは浮かばれるなぁ……。
しかしコイツ……、暴力を振るって良いってときには、最高に邪悪な顔になるよな。
もう誰が魔王で邪神なのか、分からなくなってきた。
空の球体から目を切らないようにしつつ、俺たちは噴水広場から高台のほうへと歩を進める。
そろそろ太陽が明るくなってくる時間帯だ。あの邪神と思われる黒い光も、確実に今より目立ってくることは間違いない。
「おそらく軍が動き出すのは、最低でも一時間くらい経ってからだろう。外敵か分からないモノに、勝手に手は出せないだろうからな」
俺たちだって、アレが良くないモノだと知っているから攻撃できるわけで。
普通なら様子見の一手である。
「ハン、気に入らなかったら攻撃すりゃあいーんだよ」
そんな風に、メアは乱暴な考え方を口にする。
「お前ね、信仰的に傷つけちゃアウトなものとかあるかもしれないだろうが」
「そういうときは、そいつらが敵になるだけだろ? 誰が敵になっても一緒だ」
「とてつもなく悲しいことを言うな!」
そして恐ろしいことでもある。
四方八方が敵だらけとか、マジカンベンしてくれ。
「……とにかく、攻撃していいのはあの邪神だけだ。極力町も壊すなよ」
「ふー……、面倒だな、ほんとに」
やれやれと悪態をつきながらも、約束を守る気概は見せてくれる。……約一か月前と比べると、これでも雲泥の差に思えてくる。ちょっとだけ嬉しい。
「師匠は逆によぉ」
ぴた、と、立ち止まり。
メアは乱雑な声で言う。
「手段は選ばず、生き残れよ」
そのときだけは、メアは、外敵である黒い光の球から目を離して、
俺を、しっかりと見た。
「――――あぁ、もちろんだ。
死にたくないしな、俺」
メアを見下ろし、情けなく笑いながら俺は言った。
「……ギャギャ、死んだら死んだで、別に良いけどな」
「お前な……」
そうして歩みを再開して。
高台に、立つ。
見据えるは暗黒の球体。
こちらが構えるは、邪神を倒せるという聖剣だ。
「……おお、間に合ったのう」
俺たちが戦闘準備に取り掛かっていると、ふいに後方から声が聞こえた。気になって振り返ると、それは神殿にいたじいさんが息を切らして坂を上ってきたところだった。
「神官さんじゃないっすか。あれ、どうしてここに?」
「お主らが気になってな。果たしてあの邪神に打ち勝つことが出来るのかを見届けに来たのじゃ。……あと、ワシがずっと案内をしておった聖剣が、果たしてどんな風に役立つのかとかもな」
……たぶん後半が本音だろうな。案外俗っぽいところもあるんだな。まぁいい。
巻き込まれて死なれても困るけど……、たぶん多少の自衛はできると信じよう。あまり気にしないことにした。
「あー、そーだった。神官のじいさんに確認しときてーんだけどよぉ」
空を見上げたまま、メアは神官さんに言葉を投げる。ジジイと言わなかっただけ進歩だな、うん。
「な、なんじゃ?」
「この聖剣とやらはよぉ、あの邪神を倒せば、もう用済みなんだよなあ?」
「う、うん? ど……、どういう意味じゃ?」
首を傾げる神官さんの声に振り向いたメアは、とてつもなく極悪な笑みを見せて。
言った。
「聞いたまんまの意味だよ。この聖剣は、あの邪神を倒すためだけのアイテムで、あの邪神さえ倒せば、別に無理にワタシが使わなくても良いんだろ?」
「…………えぇと、じゃな」
……うわ。何を思いついたのかはわからんが、きっとロクな事ではない。そんな確証がある。
戸惑う神官さんに、メアは強めに「事実だけをはっきり言え!」と強めに声だけで問い詰めた。老人相手にドスを効かすなよ……。
「う、うむ……。そうじゃのう……。その聖剣を使って邪神を倒すというのが、最適解のはずじゃ。
そうじゃな、それだけは間違いないのじゃ! 勇者よ、その剣を以て、邪神を討ち果たすのじゃ!」
前半は少しだけビクついていた言葉も、後半は自信を取り戻したのか、はっきりと力強く宣言する神官さん。
なるほど……。この人もこの人で、『強い』人生を歩んで来たんだよな。
あの神殿の周りにいる魔物も、決して弱いわけではない。そこを、三十年あまり守ってきて、職務を全うしてきたのだ。
……俺が言えることでもないのだが、報われて欲しいなぁ。
「なぁメア……、ちゃんと聖剣を使ってくれよな?」
「当たり前だ。こんな便利なモノ、使わずにはいられねーよ。というか、これからも使い続けてやる」
「お……? そ、そうなのか?」
そ、そんな感じか?
そんなにも気に入ってたのかソレ? 珍しいな。
俺が疑問を感じているのも束の間。最高にイカした表情で、メアはやんちゃに笑って言った。
「安心しろ。コイツであの邪神とやらをぶった斬って、絶対に帰って来るからよぉ!」
この台詞。メアが言わなければ死亡フラグな台詞なのだろうけれども。
コイツが言うと、ただの頼もしいだけの台詞だ。
「さーて、弱い者イジメの時間だ」
ギャッギャッと、悪魔が笑う。
誰よりも勇者らしくない幼女が、今、出陣する。
「ところで。剣ってどうやって構えるんだっけ? こう? 久々だから忘れちゃった」
「……ま、テキトーで良いんじゃないか? 戦いやすいのが一番だ」
「ギャッギャ、違いねーな」
十歳とは思えないほどニヒルな笑いを見せ、剣を野球のバットのように持つ。……うん、たぶん間違っているけど、まぁいいか。
なんだかさっきまでのやり取りが残念な感じになってしまったが、まぁ、気を取り直していこう。
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