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23.休日終了



「……な、なるほど。そいつは……、大変でしたね」

「うむ、大変だった。もっと労わってよネ、リョーチン」

「うっす」


 町から帰り。

 自室へと入ると、なぜかベッドでくつろいでいるルミエラがいた。

 何やってんだと尋ねると、何やらただ事ではない様子。

 で、話を聞いてみたら、……割とひでえ内容だったわけでして。

 現在慰労を兼ねて肩もみ中である。


「し、しかし……、俺の精神構造がそんなコトになっていたとは……。

 うーん、あんまり身に覚えがないなぁ……」

「暗黒面も暗黒面だったよー。ぶっちゃけドス黒すぎ。早めに正常化しといて良かったわ」

「は、はぁ……」


 ルミエラが言うには。

 黒化したダンジョンというのは、その者の負の感情などが溜まっていっている証拠なのだそうだ。

 特に、負の感情が無意識下で魔力に入っていると、その魔力が色濃くこびり付く(・・・・・)らしく。

 今回の黒化は、そういったケースなのだとか。


「……、」


 ううむ、身に覚えがない。ただ、

 ――――覚えはないが。

 まぁ、気にしといたほうが良いのかもな。


「そんなワケで。大変だったから満遍なく肩もみヨロ~」

「あいあい」


 もみもみもみもみ。

 まぁ……、メアを通して魔ッサージをしていた俺だ。この肩もみ行為にそこまで回復効果がないということは、嫌というほど分かっている。

 なのでコレは、へりくだってますよ~というポーズである。

 ベッドに腰掛けるルミエラの後ろに回り、膝を立てた状態で俺は肩もみを行う。

 長い銀髪は胸前へと降ろされ、浅黒い首筋があらわになっている。そしてその前面には……。


「ゴクリ……」


 相変わらず、すげえ体つきだ。

 見てるだけで眼福になる凹凸が、そこにはある。

 どうしようもなく、生唾を飲んでしまう。


「ん~? どうかしたぁ~?」

「いやナンデモナイ、ダイジョウブですよ?」

「ま、別に減るもんじゃナイから、良いケドね~。見られるのは慣れてるし」

「あっ、はい……、スンマセン」


 俺がいたたまれなくなっていると、「マジで怒ってないって~」とケラケラ笑う。

 ううむ、ユルい態度が逆に恐ろしい女性である。油断していると、ついぞ性欲に負けそうになってしまうなぁ。


「ホントに気にしなくてイイのに。だって別にリョーチンのこと嫌いじゃないからサ。そーいう人にそーいう目を向けられるのは、ちょっと嬉しく思ったりもするんだよ」

「……そ、そうなのか?」

「あんまり露骨なスケベ目線は引くケドね~」

「うぐっ……! そ、それは気を付けます……」

「だから別にリョーチンなら――――、……ん? ……あれ?」


 明るく(爆乳を揺らしながら)笑うルミエラだったが、突如としてぴたりと動きを止めた。

 どうやら何かの考えが頭をよぎったようだった。……なんだ?


「どうした……?」

「いや……、あー……、あー、なるほどねぇ……。うーん、こいつはまいったなぁ」


 俺も両肩を持ったまま、動きを止めて質問する。ルミエラは「いやいやー……、気にしないで気にしないで」と言って肩もみを続けるよう施してくる。

 ……続けるは続けないといけないんですネ。

 仕方ないので俺はそのまま揉み続けると、ルミエラにちょっと企みのような笑みが見えた。


「……今日さぁ、黒化したダンジョンの中で、すっげーヤバイ目に遭ったんだよネー」

「へぇ? ルミエラほどの女神がか? どんなモンスターだよ、ソレ」


 ダンジョンの報告を聞き、俺は確認をする。

 そんな強いモンスター、居なかったような気もするけれども。

 あぁいやでも、黒化の影響とか、そういうものが関わってるのかな?


「そー。詳細は省くけどさー……。触手にぐるぐる巻きにされちった」

「……、……お、ぉぅ」

「ん? どうかした?」

「……い、いや」


 全力で目を逸らす俺。

 この距離で、胸をまさぐりながら言わないで欲しい。


「足も手も絡めとられてさー……。次第に胸も股もからめとられて……。最終的には吸盤で全身吸われちゃったり~……、口の中にまで入ってキちゃってさぁ……」

「おう……、」

「あ、続けて肩揉んでてネ☆」


 生唾を再び飲み込む、

 今度は音が聞こえてしまっただろう。


 この。

 何よりも輝かしいわがまま褐色ボディが。

 触手に絡めとられた、と。


 ――――おう。

 めっちゃ容易に想像できる。


「幸いマゾには目覚めなかったケドね~。いやぁ、わりと意識失いそうだったんだよ~。参った参った」

「……参るのはこっちなんですが」


 急にどうしたってんだ!

 なんだか話口調もどことなく色っぽい気がするし。

 さ、誘われてる……、ような、オーラを感じるけども……?

 ……いやいや、冷静になれリョウスケ・セキウチ。……目を閉じて、分身したメアの数を数えるんだ。

 ほーら、メアが一匹、メアが二匹。うわ、倍々で増えていきやがる! しかも倒しても倒しても無限増殖するじゃねえか! やべえ! 一斉に火を吐きやがった! 反則だろソレ!


「うぐぅ……! めっちゃ熱いじゃねえかチクショウ! 結局何匹かわかんなかったし!」

「……何の話?」

「あ、あぁ、いや……、何でもない」


 ふぅ……、セーフだ。女神に粗相をしたとなれば、こいつはもうどうしようも無いですよ。それにここで万が一ルミエラに手を出した場合、メアが――――


 メアが。


「……あれ?」


 メアが……、何だ?


「リョーチン?」

「い、いやいや、何でもないぞ!? 大丈夫だ!」

「ん~……、こいつは手ごわいな~……」

「ん? 何か言ったか?」

「んにゃ別にぃ~? リョーチン不細工だなーって思ってただけだよ☆」

「誤魔化すにしたってもっと良い方法あっただろ!?」

「ギャッギャッギャッ」

「だから何でみんなメアの笑い方の真似をする!?」

「いや、やってみたくてさ。それにそろそろ、この笑い方が恋しいかな~って。……これ、めーっちゃ喉に負担かかんねー」

「そのくだりはもう良いよ……」


 何だかんだ、ルミエラとサリエナさんって似てるところがあるのだろうか。

 うん。

 ……よし、テンションも、わりと普通に戻った。

 ややムラムラ感は残ってるものの、概ね大丈夫そうだ。

 そう、俺が思った矢先だった。


「はぁ。チキンなリョーチンには、力技で~、こっちからやるしかないカンジかな~……」

「ん?」


 ルミエラは背中越しに何かをつぶやいたかと思ったら、少しだけ「んー……」と考え、「よし」と何かを理解した。

 ……な、何だ?

 またもや肩に手を置いたまま、止まる俺。

 ぴたりと止まったルミエラは、やや視線をあげ、どこか一点を見ていたようだった。

 そして。


「――――部屋が一つ」


 黙っていた彼女は、唐突に。

 宙に言葉を投げた。


「……は?」


 俺がきょとんとしていると、彼女は素早くこちらを向き、更に続ける。


「ベッドが一つ」


 ぎっ、と、わずかに座っているベッドがきしむ。

 ……え? な、何?

 困惑する俺。じっと見つめてくるルミエラの瞳。

 わずかに俺の肩に彼女の手が触れたかと思うと、軽く力を入れられ、

 そのままゆっくり、ベッドに横にされる。


「え」

「……男が一人」

「ルミ――――」



「女が一人」



 横になった俺を見下ろす、どこか無機質で、どこか妖艶な、褐色美女。

 いつの間にか右手が持ち上げられていて……、そのまま右掌へと、頬を摺り寄せられた。


「るみ……、え、ラ」

「リョーチン……」


 わずかに眉が、優しさを形作る。

 鋭い目つきに柔らかみが見え、とろみを帯びたまま俺の胸へと近づいてきた。


「アタシ……、昂ってンの、わかる?」

「お……、お、ぉう」


 言葉にならない。息と音だけでしか、発音ができない。

 下腹部のあたりが柔らかい。

 心臓の音が高鳴る。

 先ほどまでルミエラの顔があった場所。そこには天井しかないのに、何故だか俺は、そのままそこを見続けることしか出来なかった。


「肩にサァ」

「ぴょっ! ひょい!?」


 その一言一言が、俺の脳を直接刺激する。

 甘美な音に、支配される。


「……アタシの両肩に触れたら、オッケーって見なすから」


 オッケー。

 両肩に、触れたら。

 オッケー……って、何がオッケー?


 そんなもの。


 生唾を、飲み込む。


 ここには部屋が一つ。ベッドが一つ。

 男が一つ、女が一つ。

 夜……か、どうかは、あんま関係なかったりするか。


 そこから導き出されるのは。


「……ッ、……、」


 酸素が薄い。いつからここの標高は上がったのだろうか。

 女体がぎっちりと体に当たっていて、とても柔らかい。

 空気がアツイ。いや、冷えてるのか。体温は低い気がするけど頬は熱い気がする。

 風邪か? ……風邪、なのかな。

 いや。その。


 肩を。

 見ようと、視線を下げて。


 優しく微笑み、俺に全体重を預けるルミエラと、目が合った。


「……う、う、」

「んー……?」


 ちょっとだけ甘えるような、猫なで声のような、そんな音を発する彼女。

 彼女に覆われている部分だけが、まるで別の生物になってしまったのではないかと感じてしまう。それくらいに、身動きどころか身じろぎも許されない。


 ずいっと、きょりがつまる。


 やめて欲しい。

 今俺は、ノーガード状態だ。煩悩に打ち克つようにできてない。

 根がスケベだし、いやらしいことを考えずにはいられない生物だ。だから、それ以上近くに来たら。来られたら。


「……ルミ、エラ」


 もう名前を呼ぶことしか、対抗手段がない。

 手を出すのか。

 本日で童貞人生終了ということか。


 でもまぁ、それも悪くないのか。


「……リョーチン」

「……、」


 息と息が当たる距離。

 柔らかな胸は、下腹部から移動され、俺の胸へとどっしりと乗っかっている。それくらいの距離。


「――――、」


 そうして。

 ぴたりと、ルミエラの動きが止まる。


「……うわ、リョーチン」

「……、な、何だよ」


 とろみを帯びたままの顔のままだったが、ルミエラは、わずかに意外そうな表情を作り、俺に言った。


「……ぷっ」

「え?」



「アッハッハッハッハっ! ……えぇ? ちょっと、マジぃ? アハハハハハ!」



「な、何だよ……! ま、まさか、からかったのか!?」


 そうだとしたらギャル怖い! いや、神怖いになるのか!? いやいや、女怖い、か?

 俺に馬乗りになるような形で、髪をかき上げ、顔を抑えて笑うルミエラ。

 そうして笑いながらも、言葉を続けた。


「い、いや、違うの。ゴメンねリョーチン。ホントにマジで、今アタシはあんたに抱かれようとしたんだけどサ。ぷっ、くくく……」

「な、何だよ……! お、俺だってたぶん、もう我慢限界だったっていうか……、破裂寸前だったと言いますか!?」

「あー、うんうん。そうだよネ~。

 ――――でもさぁ、リョーチン」

「え?」



「そんな……、申し訳なさそう(・・・・・・・)な顔すること無いジャン。あー、おっかしい……。アハハ」



「も、……申し訳、なさそう?」


 そんな表情をしていたのか? 俺。

 でも、

 何で?

 というか、何に対して?


「くっくっく……! マジかマジか~。マジでそんなに大事かぁ~。あ~あ……、けっこう羨ましいジャン、メアっち~」

「メ、メア?」


 なんでここでメアの名前が出てくるんだよ?


「えぇ~? こっちはこっちで、まだ自覚なし、か。ふふ……、それでもイイけどね」


 やれやれと言い、手を広げるルミエラ。

 先ほどの煽情的な空気はどこへやら。普段のようなテンションの彼女に戻っていた。


「ゴメンゴメン。さすがに今の空気に持っていって、脱童貞させるのは卑怯だと思ってネ~」

「卑怯……? ちょっと、よくわからんが……」


 何だろうか、モヤモヤする。

 つーかムラムラしっぱなしなんだが。


「アッハハ、ゴメンゴメン。……んじゃ、抱いとく?」

「ぶっ!」


 がばっと両手を広げて、放漫な胸をこちらへ突き出す彼女。

 ……先ほどの空気の『お誘い』とは、全然違うなオイ。


「……いいよ、やめとく」

「ありゃりゃ、残念」

「……ホントに残念って思ってるか?」


 いつものギャルのノリで、笑う彼女。

 はぁ……。本当に、振り回されっぱなしだな。


「お邪魔したね~。また明日のダンジョンから、よろしくねリョーチン」

「ん……、お、おう。それじゃあ、またな」

「うん。そんじゃね~」


 俺の上からさっと立ち上がり、部屋のドアの前へと彼女は歩いていく。

 どうやって部屋に入って、どうやって帰るつもりなのかは分からんが……、まぁ、どうにかなるのだろう。


「ねーリョーチン。これ、提案なんだけどサ。言っても良い?」

「提案?」

「そ。……あー、神側からの提案だからって、そんな大層なもんじゃないから安心してチョ。今答えを出さなくてもいいからさァ」

「お? おう……。んー……、まぁいいか。何だよ」


 俺が聞いてみると、ちょっとだけルミエラは頬を赤らめて言った。



「童貞じゃなくなったら、アタシも抱いてネ♪

 お前の挑戦、待ってるぜ! なんて。……それじゃネ!」



 リズムよく、テンポよく。

 軽快にそう言って、こちらからの返答を待つ前に去っていくギャルビッチ(ルミエラ)


「――――は、」


 投げキッスといういささか古いお色気要素と、

 未だ頭の中で処理しきれない感情が、その場には残った。


 うん……。

 リョウスケ・セキウチ。

 ……もう今日は疲れたから、寝るね。ばいばい。


 俺は硬直する身体を何とか動かし、そのまま布団へと潜りこんだ。






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