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22.休日・裏・2



 クラーケンとは、タコと似て非なるモンスターである。特に野生のものとダンジョン内のものとでは、大きな差異がある。

 最大の違いは、肉食か魔食かの違い。


 野生のクラーケンは生物の肉を砕いて食べるが、ダンジョン内に生息するクラーケンは、冒険者たちの魔力を吸い上げる。


 水分がない地帯にも生息できるのはそういった理由で。逆に言えば、いくら水分があろうと、魔力を吸い上げられなければ弱って死滅する。

 ダンジョンにいるクラーケンは、そういう生物だ。


 つまり……、筋力的なチカラはあまりない。

 こちらを締め付けたり絡みついたりはしてくるが、鍛えている冒険者であれば割と簡単に振りほどくことができるだろう。

 そう――――万全の状態であれば。



 アタシは今、身じろぎすらもできないような、超慎重な作業の真っただ中である。

 あの、情緒不安定な誰かさんのせいで。



 ウソでしょウソでしょ、ウソでしょ!?

 なんだってこんなタイミングで……!

 こちらをあまり警戒していないのか、じわりじわりと触手を伸ばしてくる。

 一本、また一本。するするぬとぬとと身体を這いあがってくる触手。


「……ッ! マ、マジで、気持ち悪い……っ!」


 おぞましさ。

 そして――――それ以上の謎の快楽が、アタシの神経系を支配する。


「さわり方が……、マジでっ……!」


 気色悪すぎる。

 なんて、言葉に出したら本当に抗えなくなりそうだ。

 あと、……ちょっとだけ卑猥じゃない?


「そういう特殊なコトには、興味ないっての……っ!」


 誰に言うでもなく、アタシは作業を少しずつ進めていく。が、ダメだ。

 餌を見つけた野生動物の行動など、単純明快である。

 上から、下から、少しずつ。

 ソレらは押し寄せてくる。

 ふくらはぎを通り越して太ももまで。

 首筋を通り越して胸元まで。

 腰を通り越して脇腹まで。


 一切の、容赦も躊躇もなしだ。


 ぞわりぞわりと、ぞくりぞくりと。

 不快感が押し寄せてくるアタシの体。

 アタシはそれでも、なんとかして作業へと意識を向けた。


「……コイツさえ、解除してしまえばッ! ――――ぎぃッ!?」



 白めのクラーケンの触手と浅黒いアタシの肌が、綺麗にスパイラルを描く。

 きゅっと、柔らかくつままれる感触。

 そしてそこから――――、一気に体中を締め付けられる。

 全身を万力で締め付けられているかのような、強烈な痛撃。

 ミシミシと身体が、骨が、悲鳴を上げているのが分かる。

 静から動へ。

 エンジンを一気にかけてきやがった。


「このッ……! なんつーテクを……、」


 舌打ちをしかけたが、それは不発に終わる。

 口を開いた瞬間、伸びていた触手が入り込んできて、歯の裏へと当たっていた。


「――――モガ、」


 まずい。

 本当にお手上げかもしれない。

 幸いにも。

 本当に少しずつだが、ダンジョンの黒化解除はできている。

 ペースダウンはしてしまったものの、わずかながらに魔力を回収はできているのだ。

 だから、この作業さえ終わってしまえば。

 アタシはクラーケンへと反撃することができる。――――が、


「……グ、……ぉ、」


 このにゅるにゅるが……!

 身体のいたるところを刺激してきて、解除どころではなくなる。

 痛覚により、まともな思考が出来なくなる。

 酸欠により、正常に脳が働かなくなる。

 荒くなる鼻息をどうにか抑えつつ、呼吸を整える。


 けれど。

 この触手生物は、呼吸どころか思考を整えることすらも許してはくれない。

 その行動によって、本格的に精神的余裕が消滅させられる。


「……ッ!? ……、……!」


 そして気づくとソレは……、高温を発生させていた。

 魔法壁を薄く張っていたから、アタシの身体は焼けていない。けれど、炎の魔力により周囲の蔦などは焼け焦げていっている。


「がッ――――、ガアアッッ!!」


 喉が焼けそうになる。

 恐怖に支配されそうになることなど、何年振りか。


「くぅッ……、あ、が、……が、」


 乱れていく呼吸器官。

 乱れていく思考回路。

 乱れていく、己が体。


 もう快この苦痛と恐怖に抗う術は、残されていなくて――――


 ――――一瞬だけ。

 何故だかリョーチンが頭をよぎる。



「…………ッ、られ、のッ……、」



 窒息気味の脳に、わずかに入り込む酸素。

 少しだけクリアになる頭。

 くらんだ視界が、わずかに開ける。

 誰のせいでッ! こんなメに遭ってると思ってんのッ!



「ぅ、が、あ、あ、あ、ああああああッ!」



 ガリン、ガリン、ガリンと。

 アタシは勢いよく、魔力の素を一気に引っこ抜いた。


「どらっしゃあああああああァァァッッ!」


 触手に絡めとられた髪が、手のひらが、二の腕が、乳が、腰が、うなじが、太もももが、ふくらはぎが、鼠径部が、額が、指先が、呼応するかのように跳ねる。

 ダンジョンの黒化の大元を駆除し、怒号と共に、アタシは体中に魔力を収束させた。


「よくも好き放題やってくれたワねぇぇぇぇぇッッ!」


 体表に魔力を覆った衝撃のみで、すでにクラーケンは虫の息になっていたが――――カンケイあるか、コラ。


「ぶち殺す! ぶち殺す! ブチコロスッッ……!」


 魔力、魔力、魔力。

 数えきれないレベルの魔力の弾を、アタシはゼロ距離で叩き込んだ。うん、叩き込みすぎた。


「……ッ、」


 消滅しきったクラーケンと、黒化から解放されたエリアを見て安心してしまったのか、アタシはその場にへたり込んでしまう。


「いけね……、まだ、黒化したモンスターたちは……、そのまま、だってのに……」


 呼吸と魔力を整えつつ、興奮状態(アタシ)から正常(アタシ)に戻っていく。

 身体の隅々を、確認。確認。確認。

 状態に乱れはない、ハズ。

 ……まぁ、ややクラーケン臭が強く残ってるくらいか。


「さてと……」


 一呼吸おいて。

 いつものように、颯爽と立ち上がる。


「ったくも~。……これで変なクセついちゃったら、マジでリョーチンに責任取ってもらうんだからネ」


 激アツ任務中に触手プレイだなんて、冗談じゃない。

 つーかマジでピンチだったし。


「サリエナあたりには知られたくないかなぁ……。けど、リョーチンにはドエロな報告して、からかってやる」


 それくらいやっても罰は当たらないだろう。

 アタシはエロい語彙を頭の中で思い浮かべつつ、無事帰路についたのだった。







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