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君は幸福な意気地なし


最終話です。



 土曜日の部活は陽が高い内に終了する。夏の大会が目前に迫っているので伸びに伸びはしたが、それでも何とか夕方と言える時間に終了した。

 帰り道の途中で剣道部の友達と別れ、司にメールを送る。大事な話があるんだけど今から話せないか、と。司からは五分ほどで承諾する旨の返信がきた。その後何通か待ち合わせの為のメールをしたものの、結局俺が自宅に荷物を置いてから司の家に行く事になった。今はおばさんも出掛けているらしく、その上家が近いので当然の成り行きだった。


 一旦自宅に戻り制服から私服に着替え、スマートフォンだけポケットに入れて司の家に向かう。夕方になっても暑いのはさして変わらず、少しだけうんざりした。すぐに司の家に辿りつき、インターフォンを押せば、しばらくしてゆっくりと玄関の扉が開かれる。


「い、いらっしゃい……」


 扉は完全には開かれず、司は顔だけ覗かせたものの視線をさ迷わせて俺から目を逸らし、歯切れ悪く出迎えてくれた。しかし、すぐにその扉は閉じられる。


「何で!?」

「大事な話って、わざわざ言って来たって事は、とうとう将人くんは僕を振る気なんだろう!ついに将人くんに捨てられる!」

「ちょっ、大きな声で変な事言うなよ!」


 俺としては捨てるとか捨てないとか、そういう話ではなかったのだが、司の中ではもうそういう方向で結論が出ているのだろう。

 幸い鍵は掛けられていなかったので、力尽くで外から玄関を開けようとすれば、司は非力な為に案外あっさりと扉は開いた。


「入るからな、いいな?お邪魔します!」


 そう一方的に言いきれば、司もようやく諦めたのか扉を閉めようとしていた手を緩める。気が変わる前に入り込めば、司はへたり込むようにしゃがんで自身の膝に顔を埋めていた。


「事前に話しようって言ってただろ」

「………ごめん。直前になって勇気がなくなった」


 だって、と司が消え入りそうな声で呟く。そのそばに俺もしゃがんだけれど、触れる事も出来なかった。


「将人くんが何て言うかなんて、分かり切った事じゃないか」


 司も自分が俺にどう思われていたか、分かっているのだろう。その事に正直少し、驚いた。俺からすれば、司はいつまでも手の掛かる子どものつもりで、ずっと世話を焼く対象だった。そんな司は、俺が思っていた以上にずっと冷静に俺の事を見ていたらしい。


「俺はさ、司の事をずっとおと……妹のように思ってたよ」


 危ない、弟と言ってしまう所だった。うん、と俯いたまま司が頷いた。


「だから正直戸惑ったし、急に司と付き合うとかは考えられない」

「うん、分かってる。分かってるんだ、将人くん。ごめん、本当にごめん」

「何で謝るんだよ……」


 俯いたまま謝る司の声が、だんだんと濁って掠れていく。泣いているんだろうな、と思われるその声を聞くと、胸が締め付けられるような想いだった。


「………でも司、俺は誰よりもおまえに笑ってて欲しいと思うよ。幸せになって欲しい。なあ、司が幸せになる為に、俺はどうすればいい?」


 結局色々と難しく考えて、行き着いたのはそれだった。付き合うとか付き合わないとか、好きとか嫌いとか、彼氏とか彼女とか、男とか女とか。そんな事は関係なくて、俺が一番に望むのはおそらくそれだった。俺を見て、これ以上なく幸せそうに笑う司に、ずっとそうして笑っていて欲しい。

 幸せになって欲しい、なんて人の幸せばかりを願う良い人の発言のようだが、どうせなら他の誰でも無くて、俺のする事や言葉でこそ幸せになって欲しいと思っている。だからこそ、知らない男の隣で笑う司を見たくないのだろう。それはただの自分勝手なエゴだった。


「僕はただ、将人くんのそばにいたい。ずっと一緒にいたい」

「それならいるよ。俺はどこにもいかない」


 すぐにそう答えれば、司はようやく顔を上げて、恨みがましそうな目で俺を見た。


「付き合っても無いのに、男女が一緒になんていられる訳ないって言われた」

「付き合うって言ったってなあ………じゃあ、俺にキスとかそれ以上の事とかされても良いって言うのか?」


 司はまるでそういう経験がないらしい。その為にそこまで思考が辿りついていないのかもしれない、と思ってそう言えば、泣いていた司が不思議そうに目を丸くした。


「何を言っているんだい、将人くん。君はとても変な事を言う。君は勘違いをしているんだ。僕は、私は、」


 司はまるで迷いのない口調で、とんでもない事を言いきった。


「将人くんにされて嫌な事なんて、一つだってない」


 そんな事を聞いてしまえば、今度は俺の方が膝に顔を埋める番だった。こいつ本当に分かって言っているのだろうか、いや絶対に分かってない。分かってないのだと信じたい。もしも分かって言っているのだとすれば、俺は一体どういう顔をすれば良いというのか。


「ま、将人くん…?どうしたんだい」


 司が心配そうに聞いてくる。誰のせいだと言いたいが、何故か脳内から潤の声で将人のせいだよ、と聞こえた気がしたのでぐっと堪えた。


「とにかく、俺は司と一緒にいるよ」

「本当…?」


 もちろんだという意味を込めて、顔を上げて頷く。不安そうに揺れていた司の目から見る見る内に涙が溢れだした。驚いてその頬へ手を伸ばせば、司は泣きながら満面の笑顔を見せる。


「それなら僕は、世界で一番の幸せ者だ」


 ただ一緒にいると言っただけでそんな風に笑ってくれる司に、照れとか色んな感情が混ざり合ってどんな顔をすれば良いか分からない。頬がまたもや赤くなっていないかと心配しながら、俺は司の涙を拭った。









 司が急に女の子になる、と色々頑張っていたのもそもそも俺が原因らしい。

 友達がずっと一緒にいられる訳がないと言われ、それならば男と女として恋人になれば一緒にいられるのか、という結論に至ったらしい。それを聞いたときの俺の居たたまれなさといったら無かった。


「将人はあれだよね、罪深い男だね」

「何だよ、それ」

「付き合って司の気持ちに応える訳でもないのに、そんな風に言われたら司はずっと将人を好きなままじゃないか」


 気軽に笑う潤の言葉が耳に痛い。


「でも、今まで司を恋愛対象として見た事が無かったんだ。それで付き合うって言うのは、何か違うだろ」

「将人、それは誠実さじゃないからね。優柔不断の意気地なしって言うんだよ」


 ボロクソだった。そして反論の余地が無かった。俺は司と付き合うという選択を今はまだ取れなかったが、その癖司が離れていく事を寂しいと思っている。酷い奴なんだろうと思いつつも、一緒にいたいと言ってくれる司に甘えているのだ。


「うぅ、これは本当に女の子として必要なんだろうか」

「何ってんの、女が唇カサカサのまま放置するな」


 少し離れた所で、佐々岡さんにグロスなるものを塗られた司は気持ち悪そうに眉を寄せる。手鏡を覗きながら自身の唇に触れ、慌てて手を離した。


「澄香、ベトベトして気持ち悪い!」

「ベトベトじゃない!ツヤツヤ!」


 身も蓋も無い司の言い分に、佐々岡さんが声を荒げて反論する。あんまり嫌そうにするので、それなら止めれば良いのに、と思った。司の女の子らしくしたいという目的が俺なら、俺は別に司がどんな風でも気にしない。

 しかし、司は首を横に振ると自らを奮い立たせた。


「わ、分かった!努力しよう!いつか将人くんをメロメロの骨抜きにして、私に夢中にさせる為に!」


 俺は何も含んでいないのに噴き出し、盛大に噎せるという器用な事をしてしまった。最近、突然とんでもない事を口にする司がちょっと怖い。


「将人、汚いよ」


 潤が嫌そうに口にする。司は大丈夫かい、なんて心配そうにこちらに駆け寄って来た。誰のせいか分かっていないのだろう、恐ろしい。


「体調が悪いならすぐに言いたまえ」


 本気で心配そうに司が俺を覗き込む。

 一途でそれを隠そうともせず、俺といたいからと言って慣れない化粧にまで興味を示し、健気に俺を案じる姿。それに心を動かされないほど俺は非情には出来ていないらしい。


 きっと司の言う、メロメロの骨抜きにされる日もそう遠くないのだろうな、と思った。





完結です。

最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。

そして申し訳ございません。あと二、三話と言っており、実際に二話に分けるつもりで書いたのですが、収まりそうでしたので一話でまとめてしまいました。


さて今作、あまりにも自分の中の反省点が多くありました。自分の未熟さや愚かさを強く感じました。読んで下さる方にも、目に余る部分があったかと思います。申し訳ございません。

反省点を今後に活かしていきたいと思います。


未熟なばかりの拙作でしたが、最後までお付き合い頂けた事に、心より感謝申し上げます。

誠にありがとうございました。


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