第六章 装いと勝率
「服装によっても、勝率は違うんじゃないか」
最初に言い出したのは、また誰だったか。棋士たちは、「品性を落とさず勝率を上げる」という難題に取り組み、各国の民族衣装を、正装として着始めた。袴。サリー。チョゴリ。
荒木会長の悪ノリは、静に及んだ。
「静には、これだ」
届いた箱の中身は、本格的な巫女装束だった。白衣に、緋袴。
「あらあら……」
着替えて現れた瞬間、控室は静まり返った。四十九歳の、穏やかな女性。白と赤の装束。髪を結い、背筋を伸ばした静は、あまりにも神々しかった。
小林は、廊下で石のように固まっていた。
(付き合いたいとか、おこがましい。拝みたい)
氷室名人は、深く手を合わせて涙ぐんでいる。
「僕の先生は、本物の神の使いだった……」
頭の中が、お経だった。静は、恥ずかしさで、耳まで真っ赤だった。
その日の対局は、国際親善戦。相手は、欧州代表のエリアス・ノルト、二十二歳。AI流の若き強豪だ。
盤を挟んだ瞬間、静の頭に、数字が流れ込んだ。
(推奨手 勝率61.3%)
(次善手 勝率59.8%)
(この手は 勝率54.0%)
ノルトの頭の中は、数字だった。感情ではなく、AIの評価値の羅列。静は、不思議な気持ちでそれを眺めた。人間の雑音がない。きれいな世界だ。
静は、数字を鏡に映した。ノルトの「最善」の一歩手前を、お祓いでもするように、淡々と無力化していく。
ノルトの顔色が変わった。
(なぜ。なぜ、最善が通らない)
(この人は、AIの評価値を、見ているのか……?)
終局。半目。静の勝ちだった。
ノルトは、深く礼をして、片言の日本語で言った。
「ゴ、ゴシンカ、デス」
その夜、SNSは「リアル盤上の予言者」のタグで埋まった。巫女服の静は、世界中でバズった。
本人は、控室で緑茶をすすって、首をかしげていた。
「あらあら。この衣装、ちょっと暑いのねえ」




