決闘前夜
次期国王にして将軍であるディートフリート殿下と、ロイヤルガード筆頭のライアルが決闘。
その話は瞬く間に王都に広がり、多くの人を驚かせそして賑わせた。
そう賑わっちゃってるのである。
何せこのピザン王国は平和だ。数年前に北の小国家と小競り合いがあった程度で、戦という戦も最近は起きていない。
となると人々の興味は娯楽へと移っていくわけだけれど、そこにふってわいたような国のお偉いさん同士の決闘。
食いつくだろう。賭けるだろう。
無礼者なんて咎める無粋な人間なんているはずもなく、王都の人々の話題はディートフリート様とライアルのどちらが勝つかで持ちきりだ。
そして当然のように、二人が決闘をすることになった原因である私のこともあっという間に噂となって広まった。
「ますます外歩きにくくなった……」
「ご愁傷さまです」
ライアルの屋敷の自室にて頭を抱える私に、ライアルが紅茶を片手に優雅に言う。
嬉しそうだなこの野郎。そんなに姉が困っているのを見るのが楽しいか。
「ええ。姉さんの顔がころころと変わるのは見ていて飽きませんから」
そしてまさかの肯定である。
大丈夫だろうかこの弟。色んな意味で。
「それに少し不満でもあります。姉さんは私がディートフリート殿下に負けるとお思いですか?」
「それを判断する基準がないから困ってるんじゃない」
一般的に魔術師に普通の人間は勝てないとされている。
どんな剣の使い手だろうと魔術で攻撃されたら防ぐ手段は限られるし、逆に魔術師側は物理的な障壁や結界の類なんてはり放題だ。
魔術師が戦闘慣れしていないなどという場合でも、まず高位の魔術師相手に普通の人間が傷をつける手段が存在しないに等しい。
しかしたまにそんな魔術師と渡り合える異常者が出てくる。
魔術をひとっとびに回避し、直撃しても致命傷には至らず、結界すら力技で強引に突破してくるのだ。
さらにディートフリート様の場合は魔術的な干渉を可能とする魔剣まで所持している。
戦略の幅はライアルの方が間違いなく広いだろうけれど、ディートフリート様が一点突破で勝利する可能性もなくはないのだ。
「そもそも決闘は馬上で槍を使って行いますから魔術は使えませんよ」
「ダメじゃない!?」
魔術の分だけ少しアドヴァンテージがあるかと思ったら、そんなものはなかった。
しかも槍って。ライアル槍使えるの?
「もちろんです。馬術も槍術も神父に鍛えられましたから」
「いつの間に」
いや本当にいつの間に鍛えたの。
あの村牛はともかく馬は居ないのに。
「ともかく姉さんは心配し過ぎです。私がそう簡単に負けるなら神父が代役にするわけがないでしょう」
「そもそも決闘の前に私の意思は?」
「私が負けたら神父がディートフリート様を認めるというだけですから、別に断っても大丈夫ですよ」
「決闘の意味!?」
つまり全てが茶番だった。
じゃあ何でそんなやる気満々なのライアル。
「最近の暴走は目に余るものがありますから。それに私としても女王陛下が健在なうちにディートフリート様との関係をなんとかしないと、後になって家ごと潰されるかもしれませんので」
なるほど。
女王陛下の次はディートフリート様が王だ。
このままいがみ合っていたら、あることないこと因縁つけられて王命でどんな無茶をやらされるか分からないと。
「もうディートフリート様を廃嫡にした方が早いんじゃないの?」
「まことに残念ながら他に直系の王族が残っていませんので。ディートフリート殿下が下手に有能でなければ傍系の方への継承権変更もありえたのですが」
ああ。あれで将軍としては英雄クラスなんだっけ。
本当に厄介な立ち位置と能力だなぁあの人。
「というか私のせいじゃないのこの状況?」
いくらディートフリート様が阿呆とは言っても、最近の傍若無人ぶりは間違いなく私が原因だろう。
あの時あの森でディートフリート様と出会わなければ、今でも少しはマシな方だったのではないだろうか。
本私は神父様の言う傾国並という自分の容姿について軽く考えすぎだったのではないだろうか。
私のせいで――一人の人間を狂わせてしまったのではないだろうか。
「姉さんは悪くありません。悪いのは自制心のないディートフリート殿下です」
そうやって自分で自分を追い詰めていた私に、しかしライアルは優しく微笑んで手を取りながら言った。
「それでも誰かが姉さんのせいだというのなら、私がディートフリート殿下を止めます。孤児だった私が腐ることなく生きてこられたのは姉さんのおかげ。ならば私の功績は全て姉さんのものです」
「……えぇ」
こちらをまっすぐと見つめて言ってくるライアルに、感動するよりも前にひいてしまった。
私そんな大層なことしたっけ。
神父様が与えたものの方が多いと思うんだけど。
ともあれ頼もしいライアルの言葉を信じて、私は中心人物でありながら何もすることなく決闘の日と待つこととなった。
そう。やることなどありはしなかったのだ。
仮にディートフリート様が勝ったとしても、私の答えはあの日であった時から変らないのだから。




