騎士と王子
「陛下。ご機嫌麗しく」
「ええ。こんなに楽しいのはいつ以来かしらね」
騎士の礼をするライアルに、女王も本当に楽しそうに笑いながら返す。
ただそれだけのことなのに、二人は騎士物語の主役のように絵になっている。
単なる外見の美しさじゃない。
内面からにじみ出る気品や何気ない所作が二人の魅力を引き立てているのだ。
「父上。私の手回しが杜撰なためにご迷惑をおかけしました」
「なに。むしろ役得というものよ。囚われの姫を救い出す役目など、それこそ騎士の誉れではないか」
ライアンさんがそう返すと、それまでライアルに集中していた周囲の視線が再び私へと集まった。
というか今のライアルさんの言い方だと、ディートフリート様が完全に悪者だけどいいのだろうか。
実際悪者だとしても。
「姉上も。申し訳ありません。窮屈な思いをさせてしまったでしょう」
「いいわよ。ライアルだって大変だったでしょう。怪我をしたと聞いたけど大丈夫?」
「ええ。その場で傷は塞ぎましたし、疲れも姉上の顔を見れば吹き飛びました」
そう言って私の手を取り、見下ろしながらにこりと微笑むライアル。
王子様か。
義理の姉を落とすつもりか貴様。
まあやたらとカッコよく見えるのは、半分演技だろう。
何せ今まさに周囲の貴族たちに私たちは注目されている。
ロイヤルガードのシュティルフリート卿と義理の姉であるエルフの少女は仲睦まじいですよ。手を出したらタダではすみませんよと見せつけているのだ。
「シルヴィア!」
そして我ながら臭いこの空間に空気読まずに乱入してきたのは、やはりというか全ての元凶だった。
「おお。やはりいつにも増して美しい。まるで全ての妖精を従えるという妖精女王のようではないか!」
そう言いながらズンズンとこちらへやってくるディートフリート様と、なす術もなく見守る貴族の方々。
その顔に浮かぶ感情は様々。
ディートフリート様の無作法に顔をしかめる人も居れば、何かを期待するように笑みを浮かべる人も居る。
きっと平民出身であるライアルに隔意のある人たちだろう。
「そこまでですディートフリート様」
私の眼前に立ち、手を伸ばそうとしたディートフリート様を止めたのは、やはりというかライアルだった。
十年前とは違う、見上げるほど大きくなった背で、私を庇うように立ちはだかる。
「そこを退けライアル。俺が会いに来たのは貴様ではなくシルヴィアだ」
「お断りします。未婚の女性の肌に許可なく触れようなどと、何を考えているのですか」
ディートフリート様の命令を、ライアルはハッキリと拒絶した。
以前とは違う。村でディートフリート様を咎めた時とは状況が異なる。
他の貴族たちの目がある中で、ライアルは明確にディートフリート様と反目してしまった。
「ロイヤルガードでありながら、俺の命に逆らうか」
「国に忠は尽くします。ですが国が姉を害するというのなら、私は国と戦います」
それは明確な叛意だった。
次期国王に対する拒絶であり糾弾。
「……」
誰かが息を飲む音がした。
周囲に居る誰もが、国の英雄と次代の王の敵意と殺意の波に飲まれ動けなくなる」
「……ハッハッハ!」
「……うふふ」
だというのに、そんな緊張した空間に男女の朗らかな笑い声が響いた。
「よく言ったライアル。騎士であるならば時に命をかけて主君に背く気概も必要だ」
そう言って笑うのはライアンさん。
「まったく。気持ちがいい啖呵ね。こういう臣下がいないと王なんてやっていられないわ」
そう言って微笑むのは女王陛下。
緊張していたのが馬鹿らしくなるくらい、二人は楽しそうに笑っていた。
「だが今の言い方はどうかと思うぞライアル。それでは陛下にまで叛意ありと取られかねん。こんな馬鹿王子の言うことなぞ聞けるかと、敵は明確にせんとな」
「誰が馬鹿王子だ!?」
ライアンさんの言葉に怒鳴るディートフリート様だけれど、内心でみんなそう思ってるだろうことは間違いない。
現にほとんどの人たちは笑うか微笑ましそうにしているし、一部は気まずそうに目をそらしてる。
「馬鹿でしょう貴方は。大体シルヴィアの養父が誰なのか忘れたの。貴方の手におえる相手じゃないでしょうに」
そう言って女王陛下はため息をついた。
実際ディートフリート様は神父様をどうするつもりだろうか。
まさか神父が口出しできない展開に、私と相思相愛になれると本気で思っているのだろうか。
「恋愛は自由でしょう」
「それを本気で言っているなら盲目どころの話ではないわね」
真顔で何か言ってるディートフリート様に疲れたように再びため息をつく女王陛下。
というかディートフリート様だって政略結婚の相手の一人や二人いるだろうに、本気でどうするつもりなのだろう。
「そんな貴方に神父から伝言があるわ」
徐にそんなことを言い出す女王陛下。
どうやらついに神父様から勧告が来たらしい。来たところでディートフリート様が従うかどうかは怪しいけれど。
「『シルヴィアが欲しいならば私を倒せ……と言いたいところですが、忙しいのでライアルを倒してください』だそうよ」
神父様。また丸投げですか神父様。
いやまあまだコンクラーベ終わってないからこちらに来れないのだろうけれど、何その投げやりな伝言。
「ほう……なるほど」
女王陛下の言葉を聞くと、肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべてポケットから何かを取り出すディートフリート様。
「決闘だ、ライアル!」
そして取り出したそれ――手袋をライアル目がけて投げつけると、高らかなに決闘を宣言した。




