女王と騎士
「初めましてシルヴィア。私はクリスティアネというの。気軽にクリスと呼んでちょうだい」
「え? あ、はい。シルヴィアです?」
目の前に来るなり庶民のように気軽に手を差し出され、私は一瞬固まった後に慌てて右手を差し出した。
「……え?」
次いでその手の感触に違和感を覚える。
初老の女性とはいえ、その手の平は予想外に硬かった。
神父様やライアル。それに村人たちと同じ、何かを握って振ることに慣れ硬くなった手だ。
「あら。剣を嗜んではいないのね。神父なら自分の養い子には教えていると思ったのだけれど」
そして女王陛下も私の手を握ってそんなことを感じ取ったらしく、何故か残念そうにそう口にした。
「は…はい。短剣術の初歩程度は教わりましたけど、長物はあまり。体格的に向いていませんし、その代わりにというか弓は得意ですけど」
「まあ。弓と短剣だなんて。本当に昔話に出てくるエルフの騎士みたいね」
私の言葉を聞いて、両手を合わせて嬉しそうに言う女王陛下。
本当に女王陛下だよね? どっかその辺から連れてきたおばさんじゃないよね?
「陛下。シルヴィア様が戸惑っておりますぞ」
「あらごめんなさい。でも聞いてシルヴィア。ライアンったら酷いのよ。私がシルヴィアに会いたいと言っても『ダメです』と取りつく島がなかったんだから」
「一度許可したら陛下は毎日入り浸るでしょう」
「当たり前じゃない」
呆れたように言うライアンさんに、あっけらかんと言い放つ女王陛下。
というか当たり前なの?
うん。何というか流石ディートフリート様の叔母だ。
あちらほど強引で不愉快ではないけれど、ぐいぐいと押して来て周りを巻き込んで来る。
「それにごめんなさいねシルヴィア。ディートフリートを止められなくて」
「いえ。それは陛下のせいでは……」
「いいえ。私も次の王はディートフリートだからと、あまり無様な姿を周囲に見せたくはなかったのだけど。これ以上シルヴィアに執着するようなら咎めなくてはならないわ。あの子も今更私に叱られたくなんてないでしょうに」
そう言って目を伏せる女王陛下は、まるで不出来な子供を案ずる親のようだった。
「あの。陛下は何故ライアルをロイヤルガードにしたのですか?」
半ば意図的に話題を変えるために、私は以前から気になっていたことを聞いた。
ライアルがライアンさんの養子になったとしても、それだけでロイヤルガードに抜擢したわけではないはずだ。
「そうね。他に居なかったからかしら」
しかし女王陛下は、またしても私の予想外な答えを出してきた。
「……え?」
「だって考えてもみなさい。一騎当千なんて馬鹿げた戦闘力を持っていて、しかも人格的に優れている? そんな完璧な人間なんているわけないじゃない」
「はあ、それはまあそうかもしれませんけど」
まず一騎当千というのがハードルが高すぎる。
多少妥協するにしても、そんな戦闘力を持った人間が都合よく騎士階級に居るとは限らないし、正確に難がないとも限らない。
「だからライアンが引退したら、私はロイヤルガードを指名しないつもりだったの。でもよりによってあの『白騎士』を養子にしたというじゃない。興味が出て会ってみたら、心配になるくらい真っ当な子で驚いたわ」
「白騎士?」
話の流れからしてライアルのことだろう。
しかし「よりによって」とか「あの」とか、ライアルはここ十年間何をしていたのだろうか。
「そこらの騎士よりも騎士らしいから、冒険者仲間の間ではそう呼ばれていたそうよ。それに白騎士というのは、ライアンの家の祖である平民騎士のあだ名なの。だからライアンの養子になると聞いたときは、最初からそう仕向けていたのではと疑ったわね」
「さて。そこは神父のみぞ知るというところでしょう」
さすがの神父様も、ライアルにそんなあだ名がつけられるよう手を回すほど暇ではないと思うけど。
いや、そうなるだろうと予想していた可能性はあるか。
「それに……あら。ようやく主役が来たようね」
「え?」
女王陛下の言葉につられて入口を見れば、見ていて目がくらむような白い礼装に身を包んだライアルが居た。
やはり魔力食いの討伐は重労働だったのか、少し痩せて目にも力がないように見える。
そんなライアルだったけれど、こちらを見るなり水をもらって生き返った花のように目を開くと「姉上」と子供みたいな笑顔を浮かべて早足で向かってくる。
「私よりも先に陛下に挨拶しなさい」
そんなライアルに嬉しく思いながらも、私から出たのはそんな子供を叱るみたいな呆れた声だった。




