邂逅
見た目以上に長く生きている私だけれど、礼儀作法なんてものとは全くと言っていいほど縁がなかった。
何せ百年以上も田舎暮らしをしていた村娘だ。
神父様から教養の一環として仕込まれてはいるけれど、実践する機会なんてあるわけがない。
そんなことをドレスを仕立てる段階になってから思い出した私はどうしたものかと悩んだのだけれど、ライアンさんが言うには私が出席するのは立食形式の内々のパーティーみたいなものであり、礼儀だのなんだのにうるさい式典の類には参加しなくていいらしい。
まあ少し考えてみれば、貴族でもない私がそんな格式ばった場所に引っ張り出されるわけがないのである。
「わー可愛いシルヴィー。妖精みたい」
「喧嘩売ってるの?」
そうして飾り立てられた私を見てキラキラと目を輝かせて言うヴィルマだけれど、妖精みたいも何も私はれっきとした妖精である。
私がそう言うとヴィルマは「あ、そうだっけ」と軽く流した。
どうしてくれようかこの娘っ子。
「それに何でこの手のドレスって肩とか胸元だけ無駄に露出してるの。落ち着かないんだけど」
「男が喜ぶからじゃない?」
私の疑問に身もふたもないことを言うヴィルマ。
この谷間もできてない胸元を見て喜ぶ男は居るのだろうか。
「ヴィルマは出ないの?」
「うーん、行きたいのはやまやまなんだけど、呼ばれてもないのに押しかけるわけにもいかないわ」
面倒くさいし。そう言って手をひらひらと振るヴィルマもまあ何ともお姫様らしくないお姫様である。
まあ魔術師たちの長なんて立場なんだから、一般的なお姫様と比べるのが間違っているんだろうけれど。
「大丈夫だと思うけど、万が一お貴族様に絡まれても殺さないようにね」
「殺すわけないでしょう」
割と真面目な顔で言うヴィルマに呆れながら返した。
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会場へのエスコートはライアンさんがしてくれた。
老人とはいえそこは流石元ロイヤルガードというべきか、背が高く体格もがっちりとしたライアンさんが礼服を着るとそれだけで様になっている。
むしろ色々と成長不足な私が並ぶと貧相に見えるのではないだろうか。
まあお爺ちゃんと孫娘みたいで微笑ましいかもしれないけど。
「それは光栄。五十年前はこうしてシルヴィア様の隣を歩けるとは夢にも思いませんでした」
「五十年前の私なんて今よりもさらに小娘だったでしょう」
「はい。ですが触れ得ざる淡雪で作られた像のような儚さと美しさでした」
「ええ……」
儚いとか初めて言われた。
ついでに話していた思ったけれど、ライアンさんはその無骨な見た目とは裏腹にたまに詩的な表現をしてくる。
ヴィルマが言っていたように、勉強家で教養があるということだろうか。
「そもそもそれなりの地位にある貴族の間では、シルヴィア様のことは定期的に話題に上がっておりましてな。何せ神父が大事に隠すものですから、遠目にお姿を拝見したり、目が合いでもしただけで自慢げに話すものまでいたほどです」
「そんな大袈裟な」
しかし確かに、会場に入ってから遠巻きに観察されている気配はあるけれど、中にはむず痒くなるような、敬意すら感じる暖かな視線も混じっている。
それらを辿れば、男女の違いはあれどそれなりに歳のいった年配の方が多い気がする。
色恋沙汰から一歩引いたような方々には私は受けがいいということだろうか。
「そんなわけでして、今回の騒動でむしろ我らが姫に手を出すとは何事かと憤っている騎士たちもおりますので、うまくお使いください」
「ええ……?」
さっきからドン引きするような事実ばっかりなんですけど。
何で話したこともない私を姫扱いしてる人たちが居るの。
「男とは幾つになってもそういう馬鹿なところがあるものなのです。そら、噂をすれば馬鹿が一人」
「馬鹿とは酷くないですかライアン様」
ライアンさんの声に応えるように近寄ってきたのは、ライアンさん程ではないけれど長身の、しかし見ていて心配になるくらい痩せた青年だった。
ライアンさんの言葉に苦笑する様子といい、一目見て「ああこの人は苦労人に違いない」と思わせる雰囲気を漂わせている。
「シルヴィア様。彼はユリウス。この王国の筆頭貴族であるクレヴィング家の人間です」
「ユリウスと申します。お会いできて光栄ですシルヴィア様」
「はじめまして。シルヴィアです」
騎士の礼をとるユリウスさんに、慌てて淑女の礼を返す。
筆頭貴族の割には覇気のない人だ。そんな失礼なことを思っていると、ユリウスさんはまたしても困ったように笑った。
「私のような冴えない男の相手は退屈でしょうがご容赦ください。陛下の手があくまで場を繋いで来いと命ぜられまして」
「陛下の?」
苦笑するユリウスさんの視線を追えば、そこには何人かの男女に囲まれて談笑する、赤いドレスを纏った女性が居た。
ディートフリート様と同じ、炎のような赤い髪を結い上げた初老の女性。
「……あの人が」
「はい。クリスティアネ・フォン・ピザン陛下。シルヴィア様の弟君であるロイヤルガード、ライアル殿の唯一にして絶対の主君です」
ユリウスさんの言葉が終わるとほぼ同時。周囲の人間との話を終えたらしい女王陛下は、私たちの視線に気付くとにっこりと人懐こい少女のような笑みを浮かべた。




