今の私とこれからの私
平和とは時に残酷なことだと思う。
いや、そんな大層な話ではなく、単にやることがなくて暇なだけなのだけれど。
ライアルが魔力食いを倒したという連絡は来たけれど、だからと言ってすぐに戻って来られるわけでもない。
なら私のほうがさっさと村に帰ろうと思ったのだけれど、それに待ったをかけたのがライアルの義父であるライアンさん。
「今回の魔力食いの討伐はそれなりに大事ですからな。陛下自らライアルを労い祝勝会を開くとのことですので、シルヴィア様もライアルの姉として出席していただけませぬか」
もちろん最初は断った。
私自身たまに忘れるが、私の容姿は冗談抜きで傾国の類だ。
大勢の前に姿を晒せばそれこそ大事になるに違いない。
しかしライアンさんが言うには、事は既に手遅れなところまできているらしい。
「それがディー坊のやつがシルヴィア様のことを宮廷で吹聴しまくっておりましてな。中にはそれを本気にし、得体のしれない女を次期国王に近づけるなと見当違いの怒りを燃やしている者までおりまして」
「またあの人ですか」
懲りるということをしらないのだろうかあの人は。
むしろわざと私に嫌われるように振る舞っているのだろうか。
「なのでシルヴィア様はディー坊とは何の縁もゆかりもなく、手を出すならば我がシュティルフリート家を敵に回すと思えと示すために少しばかりご協力いただきたいのです」
「いえ、それむしろ協力してもらうの私なんじゃあ……」
何せ弟であるライアルはともかく、シュティルフリート家には私を擁護する意味なんてないに等しい。
神父様の後ろ盾だって、本人が普段は引き篭もっているせいで余程切羽詰まったときにしか意味がないだろうし。
ともあれ、もうしばらく王都での生活を続けることになった私だけれど、外出もろくにできずやることもないとくれば、フラストレーションがたまっていく一方だった。
村での生活も暇なことはあったけれど、何というかあそこは空気がその暇を許容しているというかなんというか。
要するに、仕事も何もしていないのに時間だけあるという状態がいたたまれなかったのかもしれない。
「というわけで何かお手伝いできることはありませんか?」
「あらあら。それじゃあお掃除を手伝ってもらえますか」
仮にも客人としてとんでもないことを言い出した私に、しかしメイドのマーサさんはその皺だらけの顔にくしゃりと笑みを浮かべて仕事をくれた。
例えば屋敷の掃除だとか、例えば庭の草木の手入れだとか、例えば料理の下ごしらえだとか。
さすがに買い出しは手伝えなかったけれど、マーサさんの後ろを付いて回りながらの手伝いは中々楽しかった。
マーサさんが優しいせいもあったのだろうけれど。
外見的な年長者を本当に年長者として敬うことなんていつ以来だろうか。
村人たちは赤ん坊のころからの知り合いだし、それ以外の人間とはそれほど深く付き合うことはなかった。
一番最初に神父様に弟子入りに来たヴィルマの先祖以来だろうか。
何せそのころの私はまだ見た目通りの子供だったので、あーだこーだと文句言われながらも世話を焼かれていた記憶がある。
思えば私の魔術も、とっかかりを教えてくれたのは神父様ではなくその少女だった。
神父様も私を最初どう扱ったものか困っていたらしく、私が泣いていると慰めてくれるのは神父様だけれど、その対処をしてくれたのは少女のほうが多かったのだ。
私が転んで膝小僧をすりむいたときなど、慌てて治癒魔術をかけようとする神父様に「んな小さな怪我に魔術つかってどうすんですか!」と師弟関係を忘れたように怒っていた。
今でこそ本当の家族のような私と神父様の関係も、彼女の存在無くしてはあり得ないものだったのだろう。
だから私は、彼女の子孫たちをそれこそ家族のように、妹のように見守ってきた。
「その妹扱いも最近は慣れないわね。いつの間にかシルヴィアと目線が同じになってるし」
「背のことは言わないで」
小さなテーブルを挟んで座って言うヴィルマに、どうにもならないと分かっていても文句を言いつつ紅茶をすする。
ヴィルマの一族は小柄なほうなのだけれど、それでも成人するころには私の身長なんてあっさりと追い抜いてしまう。
いや、きっと今の代では拮抗するはず。これ以上ヴィルマが成長しなければ。
「私の成長はともかく、シルヴィアっていつになったら成人になるのよ? もう神父様に引き取られて二百年近くは経ってるはずでしょ」
「さあ? 神父様はそろそろ成人扱いでいいんじゃないかって言ってたけど」
「じゃあ大雑把に考えても寿命は人間の十倍。あと五百年近く生きるって先は長いわね」
「気が長いから平気」
それに最近は知り合いの子孫を見守るという立ち位置にも慣れてきた。
きっとヴィルマだって、あっという間に結婚して子供を産んで神父様に弟子入りさせるのだろう。
そしてまたしても神父様に惚れて失恋するのだ。
「……」
そして私は……どうなっているのだろうか。
周りが老いて置いていかれる孤独な私は。
神父様はしばらく死なないだろう。何せ人間なのに謎の不老不死だ。
でもライアルは?
あの子に置いていかれたとき、私はあのときのように耐えられるのだろうか。
思い人に置いていかれたあのときのように。
「どうしたのシルヴィア?」
「え……? うん、なんでもない」
訝し気な色を孕んだヴィルマの声に、浮かんだ疑問と恐怖を取り繕う。
大丈夫。何を恐がる必要があるのか。
ライアルだって結局は他人に過ぎないのだから。
そんな風に自分に言い聞かせている時点で、私にとってライアルは既に弱みとなっていたのだろう。
そう気づきながらも、私はいつかと同じように自分の思いに蓋をした。




