第3話 ゲートの主を倒しに行く
D級ゲートの入口には封鎖線が張られていた。
見張りの探索者が俺のタグに目を落として眉をひそめる。
「立入禁止だ。討伐隊以外は……」
「荷物持ちです。補給の人手が足りないって聞いたので」
我ながらよくすらすらと嘘が出る。警備の視線がE級のタグをさっと撫でた。
「……ああ、そっちか。補給所から先には行くなよ」
「はい、行きません」
荷物持ちは戦闘職の頭数に入らないから誰も本気で止めない。こんなときだけこの立場が役に立つのが少し可笑しかった。
補給所を素通りして森の奥へ足を向けた。
森は昨日と匂いが違った。
湿った土の底から何かが目を覚ましていくような気配がある。崩壊が近いのかもしれない。
「……来たな」
茂みが揺れて影狼が1匹、2匹と姿を見せた。
数えるのをやめたのは10を超えたあたりだった。
「はぁ、昨日の俺なら悲鳴上げて逃げてるな」
短剣を握り直す。手は震えていなかった。
先頭の1匹が飛びかかってくる。
「遅いな」
顔の横を牙が通り過ぎた。すれ違いざまに喉を裂く。続く2匹目も跳ぶ前から着地点が分かった。
背後から2匹が同時に迫ったときは考えるより先に地面を蹴っていた。
横へ滑りながら2匹の脇腹を続けざまに貫く。
群れが全部転がるまで3分もかからなかった。
【レベルアップ:Lv.9 → Lv.11】
レベル11。もう、D級の強さだ。
「……はは。これ、本当に俺のレベルかよ」
散らばった魔石に手をかざして収納に放り込む。
前の俺が見たら腰を抜かすだろう。
広場の真ん中に、ミノタウロスはいた。
玉座のような岩の前に立って、斧を地面に突き立てている。
待っていた…とでも言いたげな姿勢だった。
「……よう、また会ったな」
返事の代わりに、赤い目がぎらりと光った。
昨日は地面に転がって、この目を見上げていた。
今日は自分の足で立っている。
それだけで少しだけ強気になれた。
まず、焦らずミノタウロスの動きを見る。
そう自分に言い聞かせて、ゆっくり円を描くように歩き出す。ミノタウロスが斧を引き抜いて構えた。
咆哮が空気を震わせる。肌がびりびりと痛んだ。
次の瞬間、巨大な斧が横から降ってきた。
「うおっ!」
半歩で避ける。斧が地面を叩き割って、飛んだ石の破片が頬を切った。熱いものが顎まで伝う。
「速い……けど、見える!」
2撃目、3撃目。斧は大きいぶん、振るたびに、必ず一拍止まる。
止まるのは…「ここだ!」3年間、戦闘職の背中を後ろから見続けてきた。癖の読み方なら誰よりも知っている。
懐に潜り込んで、脇腹に短剣を3回叩き込む。
「……っ、硬い!」
刃は厚い皮膚を浅くしか通さない。
次の瞬間、片手で払われて、身体が宙を舞った。
背中から木に叩きつけられる。
「がっ……!」
息が止まって視界が白くなる。
【HP:12/96】
「やば……これ本当に死ぬやつだ」
膝に力が入らない。
赤く点滅する画面の向こうで、ミノタウロスが一歩ずつ近づいてくる。
考えろ。何かあるはずだ。何か……。
右手だけは動いた。
不意に今日、迷宮で集めた粘液のことを思い出す。
樽2つ分ほどの量が手つかずのまま中で眠っている。
ミノタウロスが突進してくる。
手のひらを地面へ向けた。
「取り出し!」
黒い波紋から、粘液がどっと溢れて、広場の斜面を透明な流れが駆け下りていく。そこへ踏み込んだミノタウロスの巨体がぐらりと傾いた。踏ん張ろうとするほど足元が滑る。「ブモォォッ!」という叫びとともに、前のめりに倒れ込む。角が地面に深々と突き刺さり、地響きが足の裏まで伝わってきた。
力の入らない足で近づいていくと、赤い目がすぐそこにあった。
「昨日のお返しだ」
短剣をその目に突き立てる。
断末魔が森を揺らして、巨体はゆっくりと動かなくなった。
自分の呼吸だけが聞こえる。
「……倒した。あのミノタウロスを」
昨日、俺を殺しかけた化け物をこの俺が。
「ゲートが閉じる前に出なきゃな」
……そのときだった。
【警告】
【ゲートの主は、まだ死んでいません】
「……は?」
倒れていた巨体がびくりと動いた。
傷口から黒い霧が噴き出して、角が倍の長さに伸びていく。皮膚が黒く硬く変わっていく。
そのとき、頭の中に感情のない平坦な声が直接響いた。
『異常個体を発見』
「……異常個体?」
画面の文字は何も答えない。
声だけが淡々と続いた。
『排除を開始』
起き上がったミノタウロスの目が俺を見ていた。
さっきまでとは違う、機械みたいに冷たい目で。




