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第32話 窓の夜

声のあと、家の中が暑いです。夜の窓に、涼しい端があります。

 口まで声が届いてから、四日と少し。炉は、小さいのに、部屋が熱い。熱いのは、火の年の煙ではない。夏の昼間が、壁に残っている。残っている熱が、端まで来る。来る端に、母が肩をすくめた。すくめた肩を、炉の前へ戻せ、ではない。炉の前も、熱い。熱い夜は、鍋の位置だけでは足りない。足りない夜に、窓の布が動いている。動いている布の外に、谷風がある。ある風は、乾いていない。乾いていない夜の風は、火の入口ではない。入口ではない風に、乗るか。乗ると、名前が付く。付く前に、窓を見る。見る役は、子どもでもできる。


 数え七つの夏は、声を聞いて戻った夏だ。戻った家が、今夜は熱い。熱い家で、穴へ行かない。行かない足で、窓の下に座る。座る位置が、いつもの端だ。いつもの端で、布を見る。布の隙間から、外の空気が入る。入る向きが、床のほうだ。床のほうが、天井より涼しい。涼しい側が、先にある。先にある流れに、薄く重ねる。押して家を冷やす力はない。ない力で、上に残った熱の端だけ、窓の外へずらす。一度目、ずれない。熱は梁の下で止まる。二度目、母の裾が、窓側で、ほんの少し動いた。風ではない。涼しい側が、裾を撫でただけだ。三度目、同じ場所が、また撫でた。四度目、撫でない。再現は、まだ半分だ。半分で、端が、炉の前よりマシだ。マシな理由を、窓にしておく。


「今の、端、すずしくない?」


 母は窓を見た。見たまま、布を少し開けた。開けた隙間が、通り道になる。通り道は、谷ではない。夜の漏れだ。漏れは、穴の割れ目と同じ種類だ。同じ種類に、乗った。乗ったことを、言わない。言わない子の横で、父が短い息を吐いた。吐いて、


「窓だな。置き方の、夜だ」


 と言った。置き方の、夜。冬の鍋の、夏の版だ。版が違っても、光は置き方に渡す。渡す相手が、今日は空を見ない。見ない日は、窓が空だ。俺は口を閉じた。閉じていることが、子どもが前に出ない、だ。出ない子が、袋を持たない夜がある。ある夜は、紐を直すだけだ。直す役は、できる。


 隣の子が、戸の外で短い声を出した。声も空気だ。空気は、熱い夜でも届く。届く声を、母が聞いた。聞いて、袖を引きに出ない。出ないで、窓のほうへ顎を示した。示した先に、子の家の布も動いている。動いている布を、うちの置き方と混ぜない。混ぜないことが、陰だ。子が、隙間から顔を出して聞いた。


「うちも、暑い。窓、開ける?」


 母が、先に答えた。


「開けて、端に座りなさい。炉の前は、熱いよ」


 端に座りなさい。俺の位置を、子にも置いてくれた。置いてくれる人が、家にも外にもいる。俺は短く言った。


「端」


 端、で足りる。ずらした、とは言わない。言わない子の横で、父が窓の棒を一本足した。足した棒が、布を開いたままにする。したままが、今夜の竿だ。竿は、屋根の日とは違う。違う竿に、光を渡す。渡す相手が、父だ。父でいい。子が、うちの窓を見て聞いた。


「そっち、すずしい?」


 母が、先に答えた。


「窓の端だけ。中は、同じ夏だよ」


 同じ夏。穴へ行かない理由を、子の耳にも置いてくれた。俺は紐を直す。直す役は、できる。


 爺さんが、戸口に立っていた。空は暗い。暗い空を、見る役の人が、今日も見ている。見ている人の後ろで、俺は紐を直す。爺さんは、陰の話をしない。しないで、窓を顎で示した。


「涼しいのは、窓だ。風じゃない。足さんで、窓だ。それでいい」


 風じゃない。雨の日と同じだ。同じを、俺は頷かなかった。頷くと、ずらした側になる。ならない。ならないことが、守りだ。爺さんは、頷かない俺を見て、短い息を吐いた。吐いて、


「熱い夜は、家だ。穴は、涼しいが、出すな。出すと、黒い」


 と言った。出すな。細い井戸と同じだ。同じを、熱い夜にも置いてくれた。俺は短く言った。


「窓」


 窓、で足りる。穴へ行く、とは言わない。言わない子を、爺さんは見ないふりをした。見ないふりが、空のせいにする役だ。役を、続けてくれた。


 午後ではない。夜だ。夜の小屋は、開けない。開けても、閉めたら止まる。止まる小屋は、熱い。熱い小屋に、人は置けない。置けないことを、蓋の失敗のあとでも忘れない。塩の袋は、棚の上で白い。白い塩は、熱でも減る。減るものと、止まる息を、混ぜない。父が、窓の棒を一度押さえて言った。


「口は、朝だ。境は、朝だ。夜は、窓だ。穴は、だめだ。外は、まだ早い」


 早い。涼しい夜でも、町はまだだ。まだを、窓の夜にも置いてくれた。俺は頷いた。頷いても、吹いたことにはならない。なるのは、位置だけだ。位置は、端だ。端の紐を直す。直す手が、届く声の日と同じだ。同じでいい。前ではない。


 母が、碗を置いて言った。碗の湯はない。ない夜の水は、細い。細い水を、急がない。急がない母が、


「後ろにいるの、今日も上手いね。窓の端にいた」


 と言った。上手い、の中身は、穴へ行かなかったことだ。置き方の夜、と言った父の窓に、光はある。俺は碗を持たない。持たない手が、紐だ。紐でいい。母が、布を見て聞いた。


「寄せた?」


 俺は窓のほうを見た。見たまま、


「窓」


 と言った。窓、で足りる。足した、とは言わない。言わない子の袖を、母は引きすぎない。引きすぎない母が、今日は窓、で止めてくれた。止めてくれる人が、家にも外にもいる。父が、短い息を吐いて言った。


「涼しいのは、外だ。外を、家へ入れる。入れる役は、窓だ。お前は、端だ」


 端だ。冬の置き方と、同じ下だ。下でいい。下の夜に、虫が鳴く。鳴く音は、届く。届く音を、取りに行かない。行かない靴が、端にある。


 炉は小さい。小さい火を、今は足さない。足さない、は、乾いた風の日に決めた。決めた線は、熱い夜でも動かない。動かない線の横で、窓が開いている。開いている家に、細い水がある。細い塩がある。あるものを、明日も後ろで数える。俺は端に座った。座ったまま、梁の下の熱を一度だけ思った。思って、押さない。押さないことが、窓の夜での、いちばん大きな仕事だ。小屋の無風を一度だけ思った。思って、開けない。開けない家で、袋の紐を直す。直して、寝た。

家の中が暑かったので、夜の窓を開けました。端が少し涼しくなりました。俺は穴へは行っていません。表向きは、置き方の夜です。

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