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第33話 実

窓の夜のあと、畝が実を見せます。薄い実です。飛ばしたくありません。

 窓の端が涼しくなってから、七日と少し。畝の緑が、頭を下げた。下げた先に、実がある。小さい。塩の粒より大きい。大きい実を、母が朝、数えた。数えて、短い息を吐いた。吐いて、


「出た。薄いけど、出た。今日は、取る」


 と言った。取る。種の日の、土が持った、の先だ。先でも、俺は撒かない。撒かない子が、今日も袋を持つ。袋は空だ。空なら、七つでも持てる。持てる重さだけ。前に出て実を取る、とは言わない。言うと、名前が付く。付く前に、畝の端へ下がる。端は、芽の日と同じだ。同じ位置でいい。


 数え七つの夏は、細い井戸を分けた夏だ。分けた水の上で、実が下がった。下がった実を、谷風が撫でる。撫でた先が、畝の外だと、鍋が薄くなる。薄くなる夏は、底の冬に似ている。似せる前に、布を立てる。立てる役は、大人だ。俺は袋だ。袋でいい。


「布を立てる。実は、おれと母さんだ。子どもは、踏むな」


 父は短く言った。踏むな。芽の日と同じだ。同じを、実の日にも繰り返す。繰り返す人が、前に立つ。立つ人の後ろで、俺は畝を見る。畝の上を、谷風が一本、撫でる。撫でた実が、一つ、揺れる。揺れる向きが、見える。見える日は、借りられる。借りられる相手を、飛ばさない。飛ばす力はない。実の落ちる向きだけ、畝の内側へ薄く戻す。


 父が布を竿に結んだ。結んだ布が、一度、裏返る。裏返った布の下で、母が実を摘む。摘む手が、種の日より慎重だ。慎重な手の横で、俺は漏れの端に乗った。布の裏を、谷の一本が叩いている。叩く力を、止める力はない。叩く向きだけ、布が開いたままにならない側へずらす。一度目、ずれない。二度目、布が腹を見せた。三度目、裏返る。四度目、腹のまま残った。再現は、まだ半分だ。半分で、実が畝の外へ飛ばなかった。母の手が、籠へ入れた。入れた実が、残った。残った理由は、母の手だ。手でいい。


 隣の女も来た。来た手が、うちより細い籠を持っている。持っている籠に、母が実を少し分けた。分けた実は、水の日と同じ種類だ。同じ種類を、息にしない。子が、籠を見て聞いた。


「食べられる?」


 母が、先に答えた。


「今日の鍋。明日も、少し」


 少し。蓋の、まだ早い、と同じ種類だ。同じを、実にも置いてくれた。俺は茎を拾わない。拾うと、前に出る。出ないで、袋の紐を直す。隣の女が、短く言った。


「今の、布が持ったな。竿の位置がいい」


 竿の位置。種の日と同じ渡し方だ。同じなら、息の話にはならない。ならない位置で、俺は口を閉じた。閉じていることが、子どもが前に出ない、だ。


 爺さんが、畝の端に立った。空は高い。見るものがある日の、見る人だ。俺と目が合う。合わせない。合わせないまま、袋の紐を直す。爺さんは、陰の話をしない。しないで、籠を顎で示した。


「実は、土だ。布は、手だ。風じゃない。それでいい」


 風じゃない。芽の日と同じだ。同じを、俺は頷かなかった。頷くと、ずらした側になる。ならない。ならないことが、守りだ。爺さんは、頷かない俺を見て、短い息を吐いた。吐いて、


「薄い実は、分ける。分ける子は、前に出るな。出ると、辺境が持たん」


 と言った。持たん。塩の底と同じだ。同じを、実の日にも置いてくれた。俺は短く言った。


「端」


 端、で足りる。戻した、とは言わない。言わない子を、爺さんは見ないふりをした。見ないふりが、空のせいにする役だ。役を、続けてくれた。


 午後、籠を家へ上げた。上げた実は、蓋をしない。しない理由を、母は言わない。言わない蓋が、酸い朝を覚えている。覚えている鍋に、今日食べる分だけ入れる。入れる役は、大人だ。俺は碗を並べる。並べる役は、できる。できる役の横で、子が茎を一本拾った。拾った茎を、俺は受け取らない。受け取ると、前に出る。出ないで、子の手が母の籠へ行くのを見る。見るだけだ。子が、


「下、上手い?」


 と聞いた。俺は短く言った。


「端」


 端、で足りる。戻した、とは言わない。


 裏の小屋の扉を開けた。谷の端が入る。芋が動く。閉めた。止まる。実が取れても、閉めた小屋は無風だ。無風の場所に、実は置けない。置けないことを、蓋の失敗のあとでも忘れない。塩の袋は、棚の上で白い。白い塩は、実が増えても減る。減るものと、止まる息を、混ぜない。父が井戸から戻って、


「口は、いい。境は、いい。畝は、踏むな。穴は、だめだ。外は、まだ早い」


 と言った。早い。薄い実が取れても、町はまだだ。まだを、実の日にも置いてくれた。俺は頷いた。頷いても、吹いたことにはならない。なるのは、位置だけだ。位置は、端だ。端の袋の紐を直す。


 夕方、鍋に実が沈む。沈む音は、細い井戸の夜より太い。太い鍋の前で、母が碗を置いて、


「後ろにいるの、今日も上手いね。踏まなかった」


 と言った。上手い、の中身は、畝に入らなかったことだ。布が持った、と言った女の竿に、光はある。俺は碗を持った。


「うん」


 母が、碗を下げて聞いた。


「飛ばなかったね。布のおかげ?」


 俺は布のほうを見た。見たまま、


「布」


 と言った。布、で足りる。土が持った、を、自分の口にしない。しない子の袖を、母は引きすぎない。引きすぎない母が、今日は布、で止めてくれた。止めてくれる人が、家にも外にもいる。父が、窓の外を見て言った。


「薄い実でも、鍋は残る。残る家が、辺境だ。お前は、端だ」


 端だ。冬の底と同じ下だ。下でいい。下の夜に、虫が鳴く。鳴く音を、取りに行かない。行かない靴が、端にある。


 夜、炉は小さい。上へ逃げる熱は、壁沿いに少し戻る。戻した、とは言わない。鍋の位置が横だ。窓の布が、弱い谷風で一度膨らんだ。膨らんだ布の外に、刈った畝がある。ある畝の下に、根が残っている。残っているものを、明日も後ろで数える。蓋は持たなかった。荷は来なかった。来ない日も、実の日も、村だ。村の壁のこちらで、袋の紐を直す。直して、寝た。俺は端に座った。座ったまま、揺れた実を一度だけ思った。思って、飛ばさない。飛ばさないことが、実の日の、いちばん大きな仕事だ。小屋の無風を一度だけ思った。思って、開けない。開けない家で、寝た。

畝の実を取りました。布が持って、籠に残りました。俺は畝の端にいました。踏んでいません。蓋はしていません。

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