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第27話 緑の端

雨のあと、山の端が緑になります。奥の穴は、まだ黒いです。

 雨が細くなってから、二日と少し。父が、朝、斧を見た。見た斧は、乾いた日に棚へ戻していた。戻していた斧を、今日は下ろす。下ろす日に、俺の靴も見た。見ることは、今日の許可だ。許可のある日でも、奥はだめだ。だめは、端の日から動いていない。動いていない線を、緑の山でも守る。


 数え七つの夏は、雨を持った夏だ。持った翌日ではない。翌々日だ。翌々日の土は、まだ柔らかい。柔らかい道を、滑らない足で歩く。歩く位置は、後ろだ。前は、斧だ。斧は、父だ。俺は袋だ。袋でいい。母は袖を持たなかった。持たずに、弁当の葉を二つ出した。二つ。父の分と、俺の分だ。出したまま、


「端の木までだよ。穴は、行くな。緑でも、黒い中は同じだ」


 と言った。同じだ。雨が山を洗っても、穴の中は無風だ。無風の中へ一人は、守りではない。俺は葉を袋に入れた。入れて、靴の泥を一度払った。払う役は、子どもでもできる。できる役だけして、出た。


「端までだ。奥の穴は、だめだ。獣の道も、だめだ」


 父は短く言った。端。口。境。同じ種類の言葉だ。同じを、緑の日にも繰り返す。繰り返す人が、前に立つ。立つ人の後ろを歩く。歩く斜面は、靴の裏がまだ黒い。黒い下から、緑が出ている。細い。畝の芽より細い。細い緑を、踏まない。踏まない線は、畝の日からある。ある線を、山の端でも守る。


 端の木まで行く。端の木は、火の日に残った一本だ。残った木の下が、今日の石だ。石に、袋を置く。置く位置が、境の石に似ている。似ていても、待つ相手は釘ではない。待つ相手は、父の斧だ。


「ここで待て。音がしたら、叫ぶな。下がれ」


 父は短く言った。ここで待て。口で待て、と同じだ。同じを、緑の端でも繰り返す。繰り返す人が、奥へ入る。入る背中を、俺は追わない。追わないことが、いちばん大きな仕事だ。待っているあいだ、葉を一枚、壁側へ寄せた。一度目、寄る。二度目、寄る。三度目、寄らない。四度目、寄る。再現は、まだ半分だ。半分が、人の目の外でも半分だ。目の外でも、急に上手くはならない。ならなくていい。乾いた日は寄せなかった。寄せなかった日と、寄せる日を、混ぜない。混ぜないことが、足さない、の残りだ。


 奥から、斧の音がした。音も空気だ。空気は、端まで届く。届く音の向きで、父の位置が分かる。分かるだけで、近づかない。近づかない距離が、許可だ。許可の横で、焼け跡の匂いがする。匂いは、雨のあとに薄い。薄い匂いの下に、緑がある。ある緑を、横へは落とさない。落とす相手が、いない。いない朝は、待つのが仕事だ。


 父が戻ってきた。戻る肩に、細い薪が四本ある。四本。獣ではない。ない日の火は、家の壁からだ。壁から取れた火より、今日は山だ。山の端まで行った人の音を、俺は石で待った。待った位置を、父は見ていた。見て、端の木の根元を顎で示した。示した先に、緑がある。ある緑を、父は踏まない。踏まないで、


「雨が、山を持った。端は、それでいい。穴は、まだ黒い」


 と言った。雨が、山を持った、でいい。溝が間に合った、の仲間だ。俺は袋を持ち直した。持ち直して、穴の口を見ない。見ない線は、端まで来ても動かない。父が、端の木の皮を一度叩いた。叩いて、


「黒い中へ、子どもは出すな。緑は、端までだ」


 と言った。出すな。水の日と同じだ。同じを、緑の山でも繰り返す。繰り返す人が、前に立つ。立つ人の後ろで、俺は袋を持った。持ったまま、戻る。


 帰り、井戸のところで爺さんと逢った。逢いたくて逢ったのではない。空を見ている人の横を、袋を持って通った。通った足が、止まらなかった。止まらなくていい。爺さんが、短い声を出した。


「山は、端だな。緑でも、奥は大人だ。子どもは、袋だ」


 袋だ。雨の日の、中だ、と同じ下だ。下を、空を見る人が、もう一度止めてくれた。俺は短く言った。


「端」


 端、で足りる。寄せた、とは言わない。言わない子を、爺さんは見ないふりをした。見ないふりが、空のせいにする役だ。役を、続けてくれた。続けて、


「火の次は、足さんで持った。持った山は、空だ」


 と言った。空だ。裏返りも、雨も、空だ。空に光を渡す人がいるうちは、俺は陰でいい。


 家に戻ると、母が薪を受け取った。受け取って、俺の靴を見た。見た靴が、黒い。黒い泥を、敷居で払う。払って、


「穴、見てない?」


 と聞いた。俺は袋のほうを見た。見たまま、


「端」


 と言った。端、で足りる。奥まで行った、とは言わない。言わない子の袖を、母は引きすぎない。引きすぎないことが、許可を守る。後ろにいるのが上手い、と言った母が、今日は端、で止めてくれた。


 午後、裏の小屋の扉を開けた。谷の端が入る。芋が動く。閉めた。止まる。山の端まで行けても、閉めた小屋は無風だ。一人の許可は、通り道のある場所だけだ。通り道のない場所の許可は、まだ出ていない。出ていないものを、緑のあとでも開かない。塩の袋は、棚の上で白い。白い塩は、薪が来ても減る。減るものと、止まる息を、混ぜない。父が扉を閉めて、


「口は、いい。境は、いい。山は、端だ。外は、まだ早い」


 と言った。早い。雨が山を持っても、町はまだだ。まだを、緑の日にも置いてくれた。俺は頷いた。頷いても、吹いたことにはならない。なるのは、位置だけだ。位置は、端だ。端の袋の紐を直す。


 夕方、鍋に塩が溶ける。溶ける音は、雨の夜と同じ太さだ。太い鍋の前で、母が碗を置いて、


「後ろにいるの、今日も上手いね。待って、戻った」


 と言った。上手い、の中身は、奥へ入らなかったことだ。雨が山を持った、と言った父の斧に、光はある。俺は碗を持った。


「うん」


 父が、窓の外を見て言った。


「緑は、端までだ。穴は、黒い。お前は、端だ。端を、忘れるな」


 忘れるな。先だ、を忘れるな、と同じ種類だ。同じ種類を、碗の湯気の向こうで繰り返す。口。境。端。袋。前ではない。母が、碗を下げて聞いた。


「緑、綺麗だった?」


 俺は薪のほうを見た。見たまま、


「細い」


 と言った。細い、で足りる。穴を見た、とは言わない。言わない子の袖を、母は引きすぎない。


 夜、炉は小さい。上へ逃げる熱は、壁沿いに少し戻る。戻した、とは言わない。鍋の位置が横だ。窓の布が、弱い谷風で一度膨らんだ。膨らんだ布の外に、緑の端がある。ある端まで、今日は行った。行った先の奥は、見ていない。見ていない家に、薪がある。水がある。塩がある。あるものを、明日も後ろで数える。俺は端に座った。座ったまま、黒い穴を一度だけ思った。思って、行かない。行かないことが、緑の端での、残った仕事だ。袋の紐を直して、寝た。

雨のあと、山の端が緑でした。奥の穴は見ていません。俺は端で待っていました。外は、まだ早いです。

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