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第25話 乾いた風

蜂のあと、空が乾きます。火の次の夏が、足元から来ます。

 巣を外してから、七日と少し。窓の布が、朝から膨らんでいる。膨らみ方は、谷風だ。谷風は、ある。あるのに、湿っていない。湿っていない風が、畝の土を白くする。白くなった土を、母が敷居から見て、口を結んだ。結んだ口が、火の年の夏に似ている。似ていても、煙はない。あるのは、乾きだけだ。


 数え七つの夏が、近い。近い夏は、火の次だ。次の夏に、山を黄にしない。しないために、風を足さない。足さない、は、火の日に決めた。決めた線は、乾いた朝でも動かない。動かない線を、靴が知っている。俺の靴は、端に置かれたままだ。置かれた靴を、父は見ない。見ないことが、今日の許可だ。許可のない日は、山の端も、やめだ。やめだ、は、雪の口に似ている。似ていても、白い道ではない。乾いた道だ。乾いた道へ一人は、火を呼ぶ側だ。呼ぶ側に、立たない。


「山は、やめだ。乾いとる。口も、短い時間だ。奥は、だめだ」


 父は短く言った。やめだ。雪の日の、道がねえ、と同じ種類だ。同じを、乾きにも置いてくれた。俺は頷いた。頷いても、吹いたことにはならない。なるのは、位置だけだ。位置は、家だ。家の陰だ。陰で、袋を持つ。持つ役は、子どもでもできる。できる役を、乾いた風に足さない。


 母が、竿の布を取り込んだ。取り込んで、


「火の年に似てる。足すな」


 と言った。足すな。火に足さない、と同じだ。同じを、布の日にも置いてくれた。俺は短く言った。


「足さない」


 足さない、で足りる。裏返す、とは言わない。言わない子の袖を、母は持たない。持たないことが、禁止を守る。隣の女も、竿を急いでいた。急ぐ手が、熱い日より速い。速い手が、乾きを知っている。知っている村が、辺境だ。辺境は、名前を付けない。付けない代わりに、布を取り込む。取り込む人の後ろで、俺は袋を持ち直した。


 畝の緑は、まだ残っている。残っている葉が、乾いた風で裏返る。裏返った葉を、飛ばさない。飛ばす力はない。飛ばす必要もない。必要は、足さないことだ。足さない日は、乗らない。乗らないことも、仕事だ。仕事を捨てる練習は、嵐の夜に一度した。雪の日にもした。今日もする。する相手が、乾いた一本だ。一本に乗れば、火の年に近づく。近づく歩きは、しない。


 爺さんが、井戸のところで空を見ていた。空は高い。高い空に、雲はない。ない日の、見る人だ。俺と目が合う。合わせない。合わせないまま、袋の紐を直す。爺さんは、陰の話をしない。しないで、乾いた山を顎で示した。


「火の次は、足すな。足す子は、辺境が持たん。持たん話は、空だ」


 空だ。裏返りを空のせいにした人の、次の言い方だ。次を、俺は頷かなかった。頷くと、足さない側ではなく、知っている側になる。ならない。ならないことが、守りだ。爺さんは、頷かない俺を見て、短い息を吐いた。吐いて、


「口は、短い。乾いた日は、家だ。家で、鍋だ」


 と言った。家だ。鍋だ。来ない荷の日と同じだ。同じを、乾いた風の日にも置いてくれた。俺は短く言った。


「家」


 家、で足りる。乗らない、とは言わない。言わない子を、爺さんは見ないふりをした。見ないふりが、空のせいにする役だ。役を、続けてくれた。


 午後、父は山へ行かない、と言った。乾いとる、の繰り返しだ。俺も行かない。行かない許可を、守る。口へは、短い時間だけ出た。許可どおりだ。奥は見ない。見るのは、一本の道と、白い土だ。白い土の上で、葉を寄せない。寄せない日が、今日だ。寄せる端はある。ある端に、乗らない。乗らないまま、石に座った。座って、焼け跡を見ない。見ない線は、端の日からある。ある線を、乾きのために動かさない。


 石の上で、隣村の叩きはしなかった。しない日の音は、乾いた葉だけだ。葉だけの口から、すぐ戻る。戻ることが、短い許可の使い方だ。使いきらない。使いきると、足した側になる。ならない。


 帰り、井戸の水はあった。ある水を、母が袋へ移した。移した袋は重い。重い袋は、俺の肩ではない。父が持つ。俺は空の袋を持って、掘った道を戻る。戻る道で、隣の子が走った。走るな、とは言わない。言うと、前に出る。出ないで、見た。見た袖を、母が引いた。引かれた子が、乾いた畝へは入らなかった。入らなかった理由は、母の手だ。手でいい。俺は袋を持ち直した。持ち直して、葉の裏を見ない。見ないことが、足さない、の残りだ。


 裏の小屋の扉を開けた。谷の端が入る。入る風が、乾いている。乾いているのに、閉めた。閉めた。止まる。乾いた風でも、閉めた小屋は無風だ。無風の克服は、今日もしない。しない日が、続く。続くことを、忘れない。塩の袋は、棚の上で白い。白い塩は、乾きでも減る。減るものと、止まる息を、混ぜない。父が扉を閉めて、


「口は、短い。山は、雨までだ。外は、まだ早い」


 と言った。短い。雨まで。まだ早い。三段だ。三段のいちばん下が、俺だ。下でいい。下の袋の紐を直す。直す手が、蜂の日と同じだ。同じでいい。前ではない。


 夕方、鍋に塩が溶ける。溶ける音は、蜂の夜と同じ太さだ。太い鍋の前で、母が碗を置いて、


「後ろにいるの、今日も上手いね。足さなかった」


 と言った。上手い、の中身は、乗らなかったことだ。火の年に似てる、と言った母の布に、光はある。俺は碗を持った。


「うん」


 父が、窓の外を見て言った。


「乾きは、火の入口だ。入口で、止まれ。止められる子が、残る」


 止まれ。雪の口の、入らない、と同じ種類だ。同じを、乾いた風にも置いてくれた。俺は短く言った。


「止まる」


 止まる、で足りる。小屋の止まりとは違う。違う止まりを、混ぜない。混ぜない夜に、焼けた山を一度だけ思った。思って、行かない。行かない靴が、端にある。


 母が、碗を下げて聞いた。


「口、寄せた?」


 俺は布のほうを見た。見たまま、


「足さない」


 と言った。足さない、で足りる。寄せなかったことを、下手、とは言わない。言わない子の袖を、母は引きすぎない。引きすぎない母が、今日は足さない、で止めてくれた。止めてくれる人が、家にも外にもいる。


 夜、炉は小さい。上へ逃げる熱は、壁沿いに少し戻る。戻した、とは言わない。鍋の位置が横だ。横の部屋の端は、乾いた外よりマシだ。マシな理由を、置き方にしておく。窓の布が、乾いた谷風で何度も膨らんだ。膨らんだ布の外に、白い土がある。ある土の下に、緑がある。ある緑を、明日も後ろで数える。数える夏は、火の夏よりまだ手前だ。手前で、足さない。足さない、が、今の事実だ。


 俺は端に座った。座ったまま、乾いた一本を一度だけ思った。思って、乗らない。乗らないことが、乾いた風での、いちばん大きな仕事だ。小屋の無風を一度だけ思った。思って、開けない。開けない家に、水がある。塩がある。芽がある。あるものを、火の次の夏でも後ろで数える。蓋は持たなかった。荷は来なかった。来ない日も、足さない日も、村だ。村の壁のこちらで、袋の紐を直す。直して、寝た。

空が乾きました。山へは行っていません。谷風には乗りませんでした。火の次の夏は、足さない、で止まります。

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