第12話 屋根の雪
塩の底のあと、屋根が白いです。嵐ではありません。積もっただけです。
隣へ置き方を渡してから、七日と少し。空が、また低くなった。雨ではない。嵐でもない。殴る風はない。あるのは、積もる一方だ。積もるものは、流れに乗りにくい。乗りにくい日は、無理に乗らない。乗らない、と雪の口で決めた。今日決めるのは、屋根だ。
数え七つの冬は、茅が残った冬だ。嵐の夜に直した一枚が、まだそこにある。ある茅の上に、白が膝まで来ている。来ている家は、うちだけではない。隣も、爺さんの屋根も、村の端も白い。白い屋根は、待つと落ちる。落ちる向きに、人がいる。いる朝は、手が仕事だ。
父は朝、長い竿を見た。見たまま、俺の靴は見なかった。見ないことが、口までの禁止だ。禁止は、屋根では解けない。屋根の上は、奥と同じ種類だ。見えない場所へ一人は、守りではない。俺は頷いた。頷いても、竿は持たない。持つ肩は、足りない。足りない場所は、捨てる。
「上は、おれだ。下で、袋を持て」
父は短く言った。袋は、落ちた雪を運ぶためだ。空なら、七つでも持てる。持てる重さだけ持つ。前に出て屋根に上がらない。上がる足は、許可の外だ。外の位置で、戸の陰に立つ。嵐の夜と同じ種類の陰だ。ただし、殴る風はない。あるのは、落ちる白だ。落ちるものに、端はない、と井戸で思った。思ったまま、今日は軒の下を見る。軒の下には、弱い漏れがある。家の中から外へ。炉の熱が、隙間を探している。探している漏れは、穴の割れ目と同じ種類だ。嵐ではない。谷の一本でもない。借りられる相手だ。
母が、隣の子の袖を持った。持って、
「上を見るな。落ちる」
と言った。子は、うちの置き方を知っている子だ。熱い日の端にいた子だ。知っている子の袖を、母が引く。引く母の後ろで、俺は袋を持ち直した。持ち直す手が、井戸の日と同じだ。同じでいい。前ではない。
父が屋根へ上がった。上がる足の下で、茅が沈む。沈んだ先に、嵐の夜の一枚がある。ある一枚を、竿が突く。突いた白が、まとめて落ちる。落ちる向きが、戸の前だ。前に、母と子がいる。いる位置は、父からは見えない。見えない朝は、下の仕事だ。俺は軒の漏れの端に乗った。塊を飛ばさない。飛ばす力はない。落ちる向きだけ、戸の前から、すでに掘った道の外へずらす。一度目、ずれない。二度目、白が横へ落ちた。三度目、落ちない。四度目、落ちた。再現は、まだ半分だ。半分で、母の肩は白くならなかった。子の頭も、白くならなかった。
父は振り返らなかった。振り返らなくていい。光は、竿に渡す。渡す相手が、今日は空を見ない。見ない日は、竿が空だ。俺は袋を開いた。開いた袋に、道のほうの雪が入る。入る重さは、七つでは足りない。足りない袋を、父が下へ降りて持った。持って、
「今の、落ち方がいい。竿が間に合った」
と言った。竿が間に合った、でいい。雪がよかった、の仲間だ。俺は口を閉じた。閉じていることが、爺さんの言う、子どもが前に出ない、だ。
隣の屋根も、白い。白い屋根に、隣の男が上がる。熱い女は、まだ寝ている。寝ている家の上を、他人が突く。突く村が、辺境だ。辺境は、名前を付けない。付けない代わりに、竿を貸す。貸す人の後ろで、俺は袋を持った。持ったまま、隣の軒を見る。軒の漏れは、うちより細い。細い漏れに、一度だけ乗った。乗って、落ちる向きを、子のいない側へずらす。一度目、ずれる。二度目、ずれない。半分だ。半分で、隣の男が短く手を上げた。上げた手は、俺ではない。空だ。空でいい。
「そっちの子、下で上手いな。袋の位置がいい」
男は、母のほうを見て言った。母は袖を引いたまま、
「後ろにいるのが、上手いだけよ」
と返した。風が上手い、ではない。後ろが上手い。それなら、受け取れる。受け取っても、吹いたことにはならない。俺は袋を持ち直した。持ち直して、目を合わせない。合わせると、名前が付く。付くと、屋根の下が、屋根の上になる。上は、まだ守りではない。
爺さんが、自分の屋根を一人で突いていた。空を見る人が、今日は竿を持っている。持っている人の下へ、俺は行かない。行かないことが、陰の話を増やさない。増やさない日は、袋だけだ。爺さんは、降りてから一度だけ俺を見た。見たまま、
「上は、大人だ。下は、子どもでいい」
と言った。上と下。口と奥。荷の後ろ。同じ種類の言葉だ。俺は短く言った。
「下」
下、で足りる。上げた、とは言わない。ずらした、とも言わない。言わない子の袋を、爺さんは見ない。見ない人が、空を見てくれる。見てくれるうちは、下でいい。
午後、うちの茅を母が触った。触って、嵐の夜の縄を確かめた。確かめた縄は、緩んでいない。緩んでいない屋根に、白はもう薄い。薄い白の下で、父が竿を壁へ戻した。戻す竿を、俺は持たない。持たない手が、下の手だ。下の手で、袋の雪を道の端へ出す。出す役は、子どもでもできる。できる役の途中で、隣の子が袋を掴んだ。掴んだ手が、七つより小さい。小さい手が、白をこぼした。こぼした白を、俺は拾わない。拾うと、前に出る。出ないで、子の袋を持ち直してやる。持ち直すだけだ。子が、
「また、下?」
と聞いた。俺は短く言った。
「下」
下、で足りる。ずらした、とは言わない。言わない子の横で、母が笑った。笑った母が、子の頭の雪を払う。払う役は、大人だ。俺は袋を空にして、戸の陰へ戻った。
父が、壁の竿を見て言った。
「口は、まだだめだ。屋根が落ちても、道はねえ」
だめと、ねえは、雪の日から動いていない。動いていない許可を、守る。裏の小屋の屋根も白い。白い小屋は、開けない。開けても、漏れは雪で塞がったままだ。塞がれた小屋に、竿は届く。届いても、無風は解けない。解けないものを、今日も開けない。塩の袋は、棚の上で薄い。薄い白は、屋根が落ちても増えない。増えないものと、落ちる雪を、混ぜない。
夕方、鍋は薄い。薄い鍋の前で、母が碗を置いて、
「今日の竿、上手かったね。父さんの」
と言った。父さんの竿。光は、そこに置いてある。俺は碗を持った。
「うん」
父が、窓の外を見て言った。
「隣の屋根も、持った。子は、下にいた」
下にいた。母が袖を引いた子だ。引かれた子の頭は、白くならなかった。ならなかった理由を、竿にしておく。しておかないと、隣の男の「袋の位置」が、息の話になる。なる前に、碗の湯気で止める。止める役は、子どもでもできる。できる役だけする。
母が、碗を下げて聞いた。
「ハルは、上、行きたくなかった?」
俺は竿のほうを見た。見たまま、
「下」
と言った。下、で足りる。上は、奥だ。奥へ一人は、雪の口でも禁止だった。屋根の上も、同じだ。同じを、母はそれ以上聞かなかった。聞かない母が、袖を引きすぎない。引きすぎないことが、許可を守る。
夜、炉は小さい。上へ逃げる熱は、壁沿いに少し戻る。戻した、とは言わない。鍋の位置が横だ。横の部屋の端は、屋根の白よりマシだ。マシな理由を、置き方にしておく。窓の外は、音が少ない。少ない音の中で、隣の子が一度だけ笑った。熱い女の声は、まだ細い。細い声が、下から聞こえる。聞こえる家の屋根は、落ちていない。落ちていないものを、数えられる冬だ。
父が、薪を一本足して言った。
「嵐の夜は、待たねえ。今日は、積もっただけだ。積もっただけを、竿で落とす」
待たねえ。一度だけの嵐を、もう一度待たない、という意味だ。今日の白は、殴らなかった。殴らない白を、下で袋にした。した仕事を、嵐の仕事と混ぜない。混ぜないことが、屋根の日の守りだ。俺は短く言った。
「待たない」
父は頷いた。頷いて、俺の靴は見ない。見ない靴が、口までの禁止だ。禁止の横で、小屋の屋根を一度だけ思った。思って、開けない。開けない小屋の上の白は、父の竿が落とした。落としても、中は無風だ。無風は、竿では解けない。解けないものを、今日も開けない。
俺は端に座った。座ったまま、竿を一度だけ思った。思って、持たない。持つ役は、父だ。今は下だ。下の袋の紐が乾いている。乾いた紐を巻いて、寝る。寝る家に、残った茅がある。残った屋根がある。あるものを、明日も下で数える。嵐は、待たない。待つ必要のない白を、今日は落とした。落とした、が、今の事実だ。俺は口を閉じた。閉じたまま、竿の先を見ない。見ないで、寝た。
屋根の雪を落としました。嵐ではありません。俺は下で袋を持っていました。口へは行っていません。




