05 遭遇
そこにいたのは、美しい少女だった。
豊かな長い髪に、気品ある顔立ち。
そして、改造制服――普通の制服よりもレースがふんだんに使われていて、襟には刺繍が施され、リボンは皆と色が違う。
細い手には大ぶりの扇を持っている。閉じて振り回せば武器にもなりそうな扇。
彼女は美しい少年を庇うように前に出てくる。
とても、剣呑な雰囲気で。
まっすぐにルクレツィアを睨む眼差しに、とくん、と胸が高鳴る。
こんなまっすぐに睨まれたのは初めてだ。
(何かしら、この気持ち……)
まるで、初対面の野良の子猫に会った時のような高揚――
(緊張? ときめき? ――ああ、わたくし、初めてお友達ができたのかもしれないわ)
目をまっすぐに合わせるというのは、心を通じ合わせるということ。
きっとこれも運命の出会いだ。
「ちょっとあなた、ちゃんと聞いているの?」
刺々しい怒った声で言われ、ルクレツィアははっとした。
そうだ。自分はぼーっとして人にぶつかってしまった。
なんだかとても重要人物そうな人に。
しかも、少年の周りには、付き従うように複数の生徒たちがいた。
彼らからも異物を見るような目で見られていることに気づき、ほわほわした気持ちが一気に現実に引き戻される。
「申し訳ありません……存じ上げません……」
正直に言うと、少女が信じられないとばかりに大きく息を呑んだ。
「まあ、なんてこと! こんな時期になっても常識を知らない方が学園にいるなんて、なんて嘆かわしいのかしら!」
「も、申し訳ありません……」
「――こちらのお方はこの国の第三王子であるリカルド・ディ・レグニエリ殿下ですわよ!」
「お、王子様?」
ルクレツィアは目を丸くした。
この、ちょっと気弱そうで優しそうな少年が、この国の第三王子――?
「そしてわたくしは彼の婚約者である、グリマルディ公爵家の娘、コルネリア・グリマルディですわ。あなたはどこの家の者? 名乗りなさい」
コルネリアと名乗った公爵令嬢が、閉じた扇でルクレツィアを差して問いかけてくる。
(学園内では身分の上下はないのでは?)
ふと、疑問に思う。
なのに公爵令嬢とか、第三王子とか、どこの家のものかとか――身分にかかわる言葉ばかりが聞こえてくる。
――これも、本音と建前というものだろうか。誓約法があろうとも、バレなきゃいいみたいなもので。学園内にも身分差はしっかりと存在する。
ならば、そのルールに従わなければ。
ルクレツィアはスカートの端を摘んで、一礼した。
「わたくしは、アルディーニ侯爵家の娘、ルクレツィアと申します」
名乗った瞬間、空気が変わった。
冷たく、強張ったものに。
第三王子の顔にも緊張感が漂い、周りの生徒たちは顔を真っ青にしていた。
コルネリアはぷるぷる小動物のように震えながら、ルクレツィアを見つめた。
「……アルディーニ……? まさか、カッシニア島の……?」
「はい。皆さんとは入学時期がずれてしまって、常識的なことも知らず申し訳ありません」
微笑んで、再び謝る。
コルネリアは顔を引きつらせ、そっと顔を扇で覆った。
「……次からは、お気を付けくださいましね」
いきなり優しい。
きっと礼儀正しく振舞えたからだろう。ルクレツィアは嬉しくなった。
やはり、誠意をもって接すれば通じるのだ。仲良くなれるのだ。
「はい、ありがとうございます。これからもご指導お願いいたします」
できたら友達として。親友として。助け合える仲間として。
「い、いえ、学園内では身分の上下はありませんし……」
「大丈夫です。理解しました。学園にも裏の秩序があるということは、ちゃんと覚えましたので」
王家や公爵家の前では、侯爵家などまだまだ下だ。
ルクレツィアは微笑んでコルネリアを見つめる。
コルネリアはいまにも悲鳴を上げそうに息を呑む。
「~~~~っ、ごめんあそばせ!」
コルネリアはリカルド王子の腕を取り、取り巻きを引き連れて逃げるように去っていった。
まるでカッシニアラビットのような素早さだった。
――ルクレツィアはぽつんと一人取り残される。
いつの間にか周囲には、他の生徒たちもいなくなっている。
むしろ遠巻きに見られている。
「……わたくし、何か間違ってしまったのかしら……」
不安になる。
ちゃんと謝れたはず。ちゃんと挨拶できたはず。ちゃんと名乗れたはず。
なのにどうして逃げられたのだろう。
「いや、礼儀作法は完璧だった」
聞きなれた声がして、ルクレツィアは思わず振り返る。
そこにいたのは、金髪の男性だった。きっちりとしたシャツにループタイ、長めのジャケット。両手には黒手袋、そして――眼鏡をかけている。
どこからどう見ても生徒ではない。学園の教官――もしくは関係者であり、どこからどう見ても、ヴァレリオだ。
(いえ、もしかしたら他人の空似かもしれない。生き別れの兄弟かもしれない……――そんなわけない!)
ルクレツィアがヴァレリオを間違えるはずがない。
「…………」
山ほど聞きたいことが出てくるのに、言葉が喉に引っかかって出てこない。
ヴァレリオの方も何も言ってこない。だから余計にもどかしい。
どうしてここにいるのか。
そもそも保護者は特別な時以外、学園内には入れないはずなのに、どうして堂々としているのか。その格好は何か。その眼鏡は?
考え始めて、ルクレツィアは息を吞む。
遠巻きにされながらも、他の生徒から注目が集まっている気がした。
「――せ、先生。相談がありますので、こちらに――」
ルクレツィアは思わずヴァレリオの手を取り、近くの空き部屋に飛び込んだ。




