04 学園生活の始まり
部屋でルクレツィアは真新しい制服に袖を通す。
入学を決めてから二週間しか時間がなかったのに、制服のサイズはぴったりだった。
高揚のままスカートの裾を翻して玄関を出ると、すでに馬車が用意されていた。
御者は警備隊長のファウストだった。討伐部隊の指揮官でもあった彼は、以前はヴァレリオの上司でもあった。いまはヴァレリオは護衛騎士なので、どの指揮系統からも外れているが。
次いでヴァレリオが乗り込んできて、馬車は別邸を出て学園へと向かう。
高台から街の中央へ向けて進む馬車の窓から見える景色は活気に満ちていた。カッシニア島の陽気さとは少し違う騒がしさだったが、ルクレツィアはすぐに気に入った。
馬の蹄と車輪の音が軽やかに石畳に響くのも、心地いい。
景色を眺めているうちに校門前の馬車の行列の前に到着し、ルクレツィアは護衛のヴァレリオに声をかけた。
「ここからはわたくしだけでいいわ。あなたは、家でおとなしくしているのよ」
ヴァレリオは無言で頷いた。
学園内は誓約法の管轄下であり、保護者や付き人の立ち入りは厳しく制限されているという。
つまり、ルクレツィアはこの学園の中では――自由ということだ。
(この場所で、わたくしは青春を謳歌するのよ!)
父や兄には見聞を広めると言ったが、もちろん建前である。
うら若き乙女が、そんな真面目なことばかり言っていられない。
ルクレツィアはこの場所で、島では味わえなかった青春を謳歌するのだ。
楽しくて幸せな時間を過ごして、素敵な恋を見つけて、自由に生きていくのだ。
視線の先には、荘厳な門扉と、それを囲む漆黒の鉄柵――その奥には白亜の建築群。
ここが、サン・アルベルト学園。絶対中立の学び舎。
ルクレツィアは希望に胸を膨らませ、馬車の扉を押し開けた。
意気揚々と校門をくぐったルクレツィアは、事務官に案内されて学園長への挨拶を済ませ、そのまま担当教官に一年生の教室へ連れていかれた。
一年生の教室は三階にあり、ルクレツィアはやや緊張しながら教室に入り、皆の前に立った。
教室は扇の階段状に机と椅子が並び、まるで舞台の中央にいるかのようだ。
教室はしんと静まり返り、緊張と微かなざわつきに満ちる。
注目が集まる中、ルクレツィアは笑顔で挨拶した。
「皆様、初めまして。わたくしはルクレツィア・アルディーニと申します。以後、お見知りおきを……」
名乗った瞬間、緊張感が高まる。
(どうしたのかしら? まるで、お父様が来た時の皆の雰囲気だわ)
教室が、首領である父がファミリア構成員たちの前にいる時の雰囲気にそっくりだ。
きっとそれだけ厳格な学校なのだろう。
いままでは家庭教師に教えてもらっていたので、大勢での授業は初めてだ。
島の子どもたちは日曜学校に通うが、ルクレツィアは一度もそこに行ったことがない。
学園内では身分に上下はなく、小さな揉め事はまず生徒同士で解決するのが原則だという。保護者の介入も許されない。
(ここなら、わたくしも普通の女の子……お友達もできるはず! お友達百人できるかしら)
教室の椅子に座りながら、ルクレツィアは小さく頬を緩めた。
そして、授業が終わり、休み時間の鐘が鳴った瞬間――教室の空気が緩く変化する。
おしゃべりを始めるグループ、廊下に出ていく仲良し二人組、どこかの貴族令嬢が囲む談笑の輪――
その中で、ルクレツィアはぽつんと座っていた。
遠巻きに眺められながら。
(これは、ゆゆしき事態……)
ルクレツィアは内心冷や汗をかく。
他の皆よりも一か月も入学が遅かったルクレツィアは、すでに友達作りイベントから完全に出遅れているのだ。
(もうすっかりグループが出来上がって……いえ、昔からの友人同士で固まっているとか……? どちらにしても、いまこの教室にわたくしの居場所はないのだわ)
この空気感は初めての経験だった。
いままでは向こうから挨拶されてきたが、ここではじっとしていても何も始まらない。
――こちらから声をかけないと。
そう思って誰かに視線を合わせようとしたが、目が合う前に目を逸らされたり、顔を伏せられる。しかも一人や二人ではない。全員が同じ反応をする。
(……皆さん、人見知りなのかしら。それとも、わたくしがとっつきにくいのかしら?)
圧をかけているつもりはないのだが。
(それとも、田舎者の雰囲気が出てる……?!)
同じ制服姿なのに。
身なりもちゃんと整えてきたはずなのに。
身体に染みついたカッシニア島の空気が薄れていないのか――何かが醸し出されているのか。
落ち着かなくなって、思わず廊下に出る。
どこへ向かうわけでもなく、ただ、歩く。
廊下では談笑している生徒たちが多くいたが、やはり誰もルクレツィアと目を合わせようとはしなかった。
――少しだけ、切なくなってくる。
寂しい気持ちのまま廊下を歩いていると、廊下の合流地点でどんっと身体が誰かとぶつかった。
「きゃっ」
身体が一瞬弾き飛ばされる。
勢いが弱くて、軽く後ろに下がるだけで済んだが。
「も、申し訳ありません……!」
すぐに謝り、頭を下げる。
「……こちらこそ――怪我はないかい?」
やわらかく、優しい、男性の声が響いた。
顔を上げると、線の細い雰囲気の美しい少年が立っていた。月の光のような銀髪に、落ち着いた青い瞳――均整の取れた体型。
しかも、なんだかきらきらしている。
島にはいなかったタイプだ。
犬にケンカを売られても負けそうなタイプ。だがそこがいい。
どちらかといえば、元婚約者に雰囲気が似ている。
だが、彼よりもずっときらきらしている。
まるで、童話に出てくる王子様――
(ああ……これが……運命の出会い……?)
――胸の鐘は鳴っていないけれども。
ふわっふわっに気持ちが浮いたその瞬間、鋭い声が飛んでくる。
「――ちょっとあなた! 不敬ですわよ! こちらの方をどなたと心得ておりますの?!」




