表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/42

39 銃声




 ジュリアーノは、怯えている二人の前に立ちながらも、まるで夜会の客へ珍しい収蔵品でも披露するように穏やかだった。


「気に入ってもらえると嬉しいのだけれど」


 その声音には、本気の善意が混じっている。


 彼はまず、椅子に縛りつけられたニコロへ視線を向けた。


「こちらはニコロ・ステラマーレ。君の名を軽んじ、自分勝手な『真実の愛』を振りかざした、愚かな元婚約者だ」


 言葉は丁寧だった。だが、そのひとつひとつが薄く研がれた針のように冷たい。


「婚約破棄のあと、彼は家の中で大人しく飼われていたよ。ステラマーレ伯爵家としても、アルディーニ家の機嫌を損ねた跡取りを外へ出しておくのは、あまりに危うかったのだろうね」


 ジュリアーノはそこで小さく肩をすくめる。


「けれど、檻に入れておくだけでは足りなかった。結果として彼は表から消され、訃報が出た」


 ニコロは何か言いたげに唇を震わせたが、声にならない。顔色はひどく悪く、以前なら上品に見えた顔立ちも、いまは怯えと疲労で見る影もなかった。


「――それで、あなたが引き取ったの?」

「まさか。拾ったのさ」


 ――つまり、ステラマーレ家との繋がりはない――少なくとも表向きは。


 ジュリアーノは、今度はクラリッサへ目を移した。


「そして、こちらがクラリッサ嬢――彼の『真実の愛』の相手。……いや、相手という言い方は少し不正確かな。実際には、一方的に追われ、怯え、職まで失うことになった被害者寄りの娘だ」


 そこまで言っておきながら、彼の声には欠片ほどの憐れみもない。


 クラリッサは蒼白な顔でルクレツィアを見つめていた。


「けれど、君にとってはそう単純でもないだろう?」


 ジュリアーノはゆっくりとルクレツィアを見た。


「彼女が望んだわけではなくても、結果として君の婚約は壊れた。君の未来は傷ついた。ならば、君を傷つけた者たちとして、この二人を並べることには意味がある」


 ジュリアーノは穏やかに言葉を継ぐ。


「そういうわけで、ルクレツィア嬢。今夜の贈り物はこの二人だ。君の誇りを踏みにじった男。君の幸福を壊すきっかけになった娘――」


 それから、気の利いたもてなしを締めくくるように、静かに告げる。


「決着は君自身がつけるといい」


 ジュリアーノは上着の内側から一丁の拳銃を取り出した。黒く鈍い金属の光が、月明かりを冷たく弾く。


「掃除屋の手配もしてある。ここでのことは、どこにも残らない」


 その声音は、あまりにも落ち着いていた。


「ひとりは死んだ令息、ひとりはただの平民。消えても誰もわからないさ」

「これだけの見届け人がいて?」


 ジュリアーノは吹き出すように笑う。


「君のところは、犬を人として扱うのかい?」

「……なるほどね」


 自分の子飼いを犬と呼ぶ――それはアルディーニの流儀とは相いれない。

 ファミリアは、その名の通り家族だ。首領ドンから、末端構成員まで、血で繋がってこそいないが誓いで繋がっている。


 だが、この男は違う。

 そこを問答しても仕方がない。

 考え方の違いというやつだ。


「随分と大仰なプレゼントね」


 ルクレツィアはそう言って、差し出された拳銃を受け取った。


 ジュリアーノの口元が、満足げにわずか緩む。


 その次の瞬間、ルクレツィアは受け取った拳銃を、あっさり取り落とした。

 乾いた金属音が響く。


「――重いわ」


 不満を呟き、そのまま靴の先で軽く蹴る。

 拳銃は石床を滑り、螺旋階段の口へ弾かれ、そのままがん、と鈍い音を立てながら下へ下へと落ちていった。


 一瞬、場が凍りつく。


 ジュリアーノの微笑みが、ほんのわずかに薄くなった。


「あら、ごめんなさい。でも安心なさい。銃なら持っているの」


 そうしてルクレツィアは、制服のスカートの下へ手を伸ばした。


 太腿に固定していた革のホルスターから、小ぶりな短銃ドルチェを取り出す。


 もちろん普段は学園に持ち込まない。

 だが、今日は特別な夜だから、特別なアクセサリーをつけてきた。


 ルクレツィアは短銃を片手にしたまま、ニコロへ向かって歩き出した。石床に響く靴音が、ひどく静かだ。


「お久しぶりですわね、ニコロ様」

「ル、ルクレツィア……!」


 ニコロの声は、もはや悲鳴に近かった。


 ルクレツィアは彼の前で立ち止まり、銃口を腹へ向ける。


「た、頼む……! クラリッサだけは――」

「動かないでくださいませ。わたくし、銃は慣れていませんの」


 ――パンッ。


 乾いた発砲音が塔の内部に鋭く跳ねた。


 ニコロの腹部に弾がめり込み、彼は情けない声を上げて椅子ごと後ろへ倒れる。縄が軋み、木が床へ打ちつけられる音が重なった。


「っ、いや、あああっ……!」


 クラリッサの悲鳴が上がる。


 ルクレツィアはくるりと踵を返し、ジュリアーノへ銃口を向けた。

 その時、彼は初めてはっきりと表情を変えた。


「ルクレツィア嬢、それは――」


 彼にとっては青天の霹靂だろう。いままで友好的に接してきたつもりの相手に、いきなり銃口を突き付けられたのだから。


 ――パンッ。


 今度の弾は、まっすぐジュリアーノの胸元へ飛んだ。鈍い衝撃音。彼の身体がわずかによろめき、背後へ一歩退く。


 ルクレツィアは目を細める。


「あら、さすがに防弾装備はつけているのね」


 ジュリアーノは胸元を押さえながら、低く息を吐いた。その目からはもう、余裕だけではない何かが覗いている。


 彼はもう一丁持っていた拳銃を引き抜いた。

 同時に、部屋の隅に控えていた男たちも一斉に動き出す。革靴が床を鳴らし、殺気が狭い塔の上階に満ちた。


 その瞬間――


 高窓のステンドグラスが、派手な破砕音とともに弾け飛ぶ。


 月光と色硝子の破片を浴びながら、一つの影が塔の中へ飛び込んできた。


 黒い外套が翻り、着地の衝撃を吸い込むように膝を使い、そのまま最も近い男の喉元へ肘を叩き込み、ジュリアーノとルクレツィアの射線上に突き飛ばす。


 ――ヴァレリオだった。


 彼は一瞬たりとも止まらない。次の男の手首を捻り上げ、拳銃を床へ落とさせ、その勢いのまま壁へ叩きつける。もう一人が短剣を抜きかけたが、それより早くヴァレリオの蹴りが鳩尾へめり込み、男は息を失って膝をついた。


 最後の一人がジュリアーノの側へ回ろうとした瞬間、ヴァレリオの黒い手袋が襟首を掴み、そのまま容赦なく床へ引き倒した。石に頭を打ちつける鈍い音が響く。


 最後に、ジュリアーノの取り出したばかりの銃を蹴りで弾く。


 ものの数息で、塔の上階は静まり返った。


 砕けたステンドグラスの破片が、月明かりを受けて床に散っている。男たちは全員、呻くことしかできない。


 ヴァレリオはゆっくりと顔を上げた。色硝子の粉が金髪にわずかに散り、灰色の瞳だけがひどく冷たく光っていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでくださってありがとうございます。
少しでもお楽しみいただけたら評価(⭐⭐⭐⭐⭐)を押していただけると嬉しいです!

― 新着の感想 ―
うわぁ~ ただただ、カッコイイ 脳内に絵が浮かび 色がついて動き出し CVはあの人かなぁ〜♡なんて 更新ありがとうございます
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ