18 部活見学
放課後、最初に足を運んだのはテニス部だった。
白い線の引かれたコートの上を、軽快な足音が行き交う。ラケットが球を打つ乾いた音。日差しの中を跳ねる黄色いボール。笑い声。掛け声。健康的で、爽やかで、いかにも学園の午後らしい光景だった。
「まあ……」
ルクレツィアは日傘の陰からその様子を眺め、感心したように呟いた。
「楽しそうね」
「そうだな」
「でも、なんだか全員、恋より勝負に夢中そうだわ」
「部活動だからな。少なくとも、素敵な出会い探しを第一目的にする場所ではない」
ルクレツィアは口を尖らせた。
「素敵な出会いのある部活はどこかしら」
「動機が不純だ」
「純粋この上ないわよ!」
日傘の柄を握る手に、少しだけ力が入る。
「わたくしは学園生活を満喫したいだけなの。恋や友情に心躍らせ、放課後はお茶や読書や散歩を楽しみ、時には偶然同じ本を手に取った殿方と――」
「もういい」
「最後まで言わせなさい」
結局、テニス部は「元気すぎる」という理由で保留となった。
次に見に行ったのは、社交ダンス部だった。
旧音楽室を改装したらしい広い部屋では、男女の生徒たちが二人一組になってステップを踏んでいる。ピアノの伴奏に合わせて揺れる裾、整った姿勢、差し出される手。いかにも上品で、それでいて近い。
ルクレツィアの目が、すっと輝いた。
「いいわね、これ。優雅だし、自然と男女が組むし、手も取るし」
「最後のほうに本音が滲んだな」
「気のせいよ」
ルクレツィアは真顔で答えたが、視線はすでにフロアの中央にいる上級生らしいペアへ吸い寄せられていた。音楽に合わせてくるりと回るたび、相手の顔が近づき、離れ、また近づく。
「素敵だわ……」
「君は踊れるだろう」
「もちろんよ。けれど、お父様とお兄様と……あとは昔にお祖父様くらいとしか踊ったことがないもの」
言ってから、少しだけ不満そうに唇を尖らせる。
「つまり、年頃の男の子とは踊ったことがないの」
いま思えば婚約者とは、ダンス一曲の関りもなかった。
「そうか」
「その無味乾燥な反応は何?」
「事実確認だ」
実に味気ない。
社交ダンス部は、かなり好印象だった。
だが一つだけ問題がある。
ルクレツィアはふと背後を振り返り、付き添いという名の監視を続けているヴァレリオを見た。
「……もし入部したら、あなた絶対に壁際でずっと見ているの?」
「職務だからな。慣れろ」
「慣れたくないわよ」
そして三つ目。
護身術クラブ。
見学に訪れた瞬間、ルクレツィアは入口で足を止めた。
中では木剣が打ち合わされ、体格のいい生徒たちが真剣な顔で組み手をしている。汗と掛け声と、床を踏む音。教官役の上級生が鋭い声で姿勢を正している。
ルクレツィアは数秒それを見つめて、それからきっぱり言った。
「……これはパス」
「早いな」
「学校でまで護身術を究めたくないもの。入部したら、新任教官見習いが専属コーチみたいな顔でついてきそうだし」
「ついていくに決まっている」
「ほら!」
「君がそういう場所へ入るなら、私が監督するのは当然だ」
無味乾燥した声で言われる。
「だから嫌なのよ。放課後まであなたに『肘が甘い』『重心がぶれる』って言われたくないわ」
「言われる覚えがあるのなら、改善してくれ」
「本当に可愛げがないわね」
護身術クラブは即座に却下。
そして最後に文学部へ向かった。
◆◆◆
文学部の部室は、他のクラブよりもずっと静かだった。
本棚。古い紙の匂い。窓辺に積まれた冊子。机の上には紅茶の跡のついたカップまである。部員たちは思い思いの本を読んだり、感想を語り合ったりしていて、競争も怒号もない。
そして何より、部の研究対象の一つが恋愛小説だった。
ルクレツィアは、その時点でかなり好感を抱いた。
「ここ、素敵ね……」
「さっきまでより声が弾んでいるな」
「当然でしょう。静かで、上品で、本があって、恋の物語まで研究しているのよ?」
これこそ自分にふさわしい場所ではないか。
「――まあ、男子生徒がいないのは残念だけれど?」
「相変わらず動機が不純すぎる」
「純粋すぎるくらい純粋よ」
その時、部室の奥から聞き覚えのある声がした。
「ルクレツィアさん?」
振り向くと、やわらかな茶色の髪を肩のあたりでまとめたクラリッサが、少し驚いたように目を丸くしていた。
「まあ、クラリッサさん。あなたも文学部だったの?」
「う、うん。わたし、本を読むのが好きだから……」
「そうだったのね」
ルクレツィアが笑うと、クラリッサもほっとしたように微笑んだ。
「――決めたわ。わたくしここに入部するわ」
部室の空気が、わずかにざわめいた。
静かに本を読んでいた部員たちが一斉に顔を上げる。
椅子を引く音。ひそひそと交わされる小声。
緊張とも驚きともつかない気配が、ゆるやかに広がっていく。
だが、そんなざわつきの中で、クラリッサだけは困ったようにしながらも、やわらかく微笑んでいた。
「ええと、それじゃあまずは二週間の仮入部からね」




