17 いざ、部活動探し
――アルディーニ家王都別邸、地下射撃訓練場。
放課後。
学園から帰ったルクレツィアは制服の上着を脱ぎ、袖を捲って、射線の前に立っていた。
その後ろには、黒手袋を嵌めたヴァレリオがいる。
「今日こそ君の癖を修正する」
低く落ちた声に、ルクレツィアは唇を尖らせた。
「毎回そう言っている気がするのだけれど」
「毎回、同じ癖が残っているからな」
冷静かつ無慈悲である。
護衛騎士として傍にいる時のヴァレリオは、過保護ではあっても、どこかルクレツィアの機嫌を損ねないように抑えている節がある。けれどこの場所では、その遠慮がごっそり消える。
ルクレツィアは専用短銃を手に取った。
それを見下ろしながら、ルクレツィアはしみじみ思った。
(……ゆゆしき事態ではなくて?)
王都の名門学園に通う、うら若き乙女。
放課後は別邸へ帰り、お茶でも飲みながら恋愛小説を読んだり、素敵な誰かとの偶然の出会いに頬を染めたりしているのが、あるべき青春ではないだろうか。
それなのに現実はどうだ。
暗い地下射撃場で、火薬の匂いを吸い込みながら、護衛騎士に撃ち方の癖を修正されている。
どう考えても違う。
胸の鐘が鳴るどころか、標的に風穴が開いている。
「集中しろ」
背後から落ちてきた声に、ルクレツィアははっと現実へ引き戻された。
「しているわよ」
「していない。君はいま、かなり遠くまで飛んでいた」
「失礼ね。将来のことと、いまの現状を考えていただけだわ」
ヴァレリオは何も言わない。
何も言わないが、その沈黙の形で、だいたい「余計なことだ」と思っているのがわかる。
ルクレツィアは軽く肩を回し、標的へ向かって構えた。
両手で握り、腕の角度を整え、呼吸を止める。照準を合わせる。引き金に指をかける。
パン、と乾いた音が地下に響いた。
標的の外縁。
当たりではあるが、美しいとは言い難い位置だった。
ルクレツィアは眉を寄せる。
「今日は調子が悪いみたい。でも、当たってはいるでしょう?」
「問題はそこではない」
ヴァレリオが後ろから一歩近づく。
気配が背後に落ちるだけで、空気の密度が少し変わる。
「君は撃つ直前に、ほんのわずかに手首を逃がす」
ヴァレリオはルクレツィアの手首を取り、黒手袋越しにごく控えめに手を添える。
「ここだ。反動を怖がるな。銃は暴れるが、暴れさせるから余計に跳ねる」
低い声がすぐ耳元に落ちる。
ルクレツィアは少しだけくすぐったい気分になったが、それを表に出すのは癪なので、わざと不満げに言った。
「毎回思うのだけれど、あなた、射撃訓練の時だけ急に厳しくない?」
「君が生き延びる確率に直結するからだ」
正論だった。
正論だが、花がない。色気もない。夢見心地の欠片もない。
ルクレツィアは二発目を撃ち、今度は標的の中央寄りに穴を開けた。
ヴァレリオは小さく頷く。
「いまのだ」
「ふふん。さすがわたくしね」
「一発ごとに満足するな。再現できて初めて意味がある」
「本当に厳しいわね……」
ぶつぶつ言いながら三発、四発と続ける。
射線は少しずつまとまっていったが、そのたびにヴァレリオは「肘が高い」「呼吸が浅い」「いまの一発は余計だ」と容赦がない。
十五分もすれば、ルクレツィアの額にはうっすら汗が滲んでいた。
ようやく小休止になり、ルクレツィアは《ドルチェ》を眺めながら、深々と溜息をつく。
「……これは、本当にゆゆしき事態だわ」
「何がだ」
「わたくしの放課後よ。王都へ来てからというもの、銃だの護身術だの、そういうものばかりでしょう?」
「必要だからな」
「必要なのはわかるわ。わかるけれど、もっとこう……あるじゃない。学園生活らしいことが」
ヴァレリオは少しだけ目を細めた。
「たとえば?」
「クラブ活動とか」
「……ほう」
その一音だけで、何かを警戒された気がする。
ルクレツィアは気にせず続けた。
「自然な出会いをして、友達を作って、その中で恋が芽生える……そういうのを、学園生活と言うのではなくて?」
ヴァレリオは数秒ほど黙ったあと、淡々と返した。
「君の言う自然な出会いは、私の仕事量が増える予感しかしない」
「失礼ね。純粋な青春への憧れよ」
「その純粋が、たいてい面倒を連れてくる」
「あなたの中で、わたくしはどういう存在になっているの?」
「目を離すと何かを拾う。危ないところに入り込む」
「子猫みたいに言わないで」
それでもルクレツィアは決めた。
放課後の全部を地下射撃場へ捧げるなど、あまりにも勿体ない。もっと華やかで、きらきらして、うっかり恋の一つや二つ落ちていそうな場所へ行くべきだ。
「――ヴァレリオ、わたくし明日からクラブ活動の見学に行くわ」
「……そうか」
「あなたは付き添わなくていいわよ。教官室でおとなしく仕事をしていなさい」
「そういうわけにはいかない」
「何よ。家では護衛騎士でも、学園では教官見習いでしょう?」
「見習いでも教官だ。教官は生徒を監督する役目がある」
ヴァレリオは無表情のまま続ける。
「――特に、監視の必要がある生徒はな」




