甲斐の若き虎
短いです。
一五四三年 甲斐国 躑躅ヶ崎館 武田晴信
下野守護の小山家から親書が届いた。小山の当主下野守は一代で下野をまとめ上げた俊英だと聞いている。商いにも積極的で甲斐にも小山の商品がいくつか仕入れられている。どれも高品質で画期的な商品ばかりだ。特に石鹸というものは素晴らしい。
「信濃進出にあたって小山家との交流を深めることは山内上杉を牽制できる利点がある。この話は悪くないな」
「しかし小山は北条に近いと聞きますぞ」
そう懸念を示すのは武田家臣の最高職位である両職のひとり甘利九衛門虎泰。質実剛健を体現したような大男の言葉に幾人かが頷く。
「たしかにそういう話は聞いている。だが北条と正式に盟約を結んでいるわけではない」
「それはそうですが、小山も次期公方に梅千代王様を支持しております。今川の心象はよろしくないかと」
「九衛門、さすがに今川の顔色を伺いすぎだ。北条と違って小山は地理的にも今川と大きく離れている。これで何か言ってきたらもはや難癖よ」
信濃進出を目論む武田にとって山内上杉は厄介な存在だ。近年、その勢力を削っている小山家と誼を結べるのならばこれほど美味しい話はない。
「儂も小山家と親交を深めることに賛成ですな。信濃の国人の間では信濃守護小笠原に次いで山内上杉を頼りにしている者も多い。その山内上杉に圧力をかけられる機会をふいにするのは勿体無いの一言ですぞ」
「むっ、駒井殿がそう言うならば儂はこれ以上言いますまい」
儂の意見に賛同したのは家老の駒井高白斎だ。外交面で活躍する彼の言葉で九衛門も渋々ながら賛成に回ることになった。
こうして小山家と友好を結ぶことで意見が一致したわけだが、それとは別に武田家はある問題に悩まされていた。
それは同盟を結んでいる今川と最近和睦した北条が次期公方の座を巡って争っていることだ。
元々河東を巡って両者は対立していたが、それに加えて今川が古河に介入したことで事態は更に深刻になっていた。本来ならば公方が後継者を決めればよかったのだが、その公方が突然の横死。後継者の指名前にこの世を去ってしまう。これは北条も今川も想定していない事態だった。
「公方が家臣に殺されるとはあの雪斎も想定外だろうな。おかげで面倒なことになった」
「山内上杉が著しく勢いを落としているのも拍車をかけていますな。今川としてもそこも計算外でしょう」
「今回は想定外のことが起きすぎた。今川は公方を反北条派にして北条包囲網を形成したかっただろうが、山内上杉が無能すぎたな」
今川・山内上杉擁する太郎憲氏と北条・小山擁する梅千代王丸。現在、古河には太郎がいるが、小山や北条が動けばひとたまりもないだろう。
だが今川もどうやら動く兆しがある。河東を取り返すのか、北条の動きを封じるかはわからないが。どちらにせよ信濃に兵を出したい武田にとって南部の混乱は歓迎できる事態ではない。
もし今川が北条を攻めるならばこちらにも出兵の要請がくるだろうが、こちらは北条とは和睦を結んだばかりでそれを破りたくはない。かといって、今川と手切りにするのもまた得策ではない。
となると仲介だろうが、河東だけでなく公方の座を争っているとなればそう簡単にいかないだろうよ。
武田としては公方の争いには興味ないが、どちらかにつけば再び南部との争いは避けられない。そうなると下手すれば今年予定している長窪の大井攻めも中止せざるを得なくなる。
「……高白斎、今川と北条だけでなく都の公家にも声をかけろ。いや、幕府にもか」
「ははっ」
ここで戦が起きれば武田単体で仲裁するのは正直厳しいかもしれん。最悪、将軍にも出てもらう必要がある。
「御屋形様、もし今川から要請がきた場合はいかがなさいますか?」
「無視するわけにもいかんだろう。だが悪天候やらで上手く進軍できんかもしれんがな」
「そうでございますね。悪天候ならば仕方ありませぬ」
こちらができるのは時間稼ぎか。その間になんとか両者を抑えられれば良いのだがな。
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