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1-5

「お父様!」


 ミンシャンは父パトリックの後を追って屋敷の中に入り、しばしどこに行ったのかを探した。そして物音に気付いて向かった先は二階にあるギャラリーだった。

 パトリックがちょっとした美術品等を置いてある部屋であり、たまに家に呼んだ客人を連れ込んでは逸品を自慢しているのを見た事があった。やや悪趣味だなとは思いつつも、自分の商人としての力や伝統を示す上では有効な演出なのかもしれないとミンシャンが考えられるようになったのは、大学を卒業した後の話だ。


 部屋の奥で何かを探していたらしいパトリックを見つけたミンシャンが声を掛けると、パトリックは少し驚いたように振り返った。入って来たのがミンシャンだと気づいて少し表情を緩ませたが、ミンシャンの胸に揺れるペンダントを見て表情を硬くする。だがそれは一旦飲み込んだのか、ミンシャンに語りかけて来た。


「……ん? どうした、会場で何かあったか」

「いえ、そういう訳では無いのですが。お父様が屋敷に戻ったので何があったのかと」

「ああ。海港王の像を見せてくれとせがまれてな。屋敷の中には入れられんから、持っていこうとしてな」


 海港王の像自体は部屋の中心にケースに入れられて存在していた。木彫りでありつついくつかの宝石が散りばめられており、それなりに綺麗だとは思うもののミンシャンの目にはあまり値打ち物には見えない逸品だった。だがここ最近ではパトリックが所有するこの像が価値があるものではないかと何かと話題になっているのはミンシャンも知っていた。それ故かこの像がギャラリーの中心に据えられたのも一年以内の話だ。

 鑑賞はできるものの直接手を触れられないように、台の上に据えられた像には透明なケースが被せられているのだが、パトリックはそれを外す鍵を取りに部屋の奥に向かっていたようだった。


 鍵を見つけたのか戻ってくるパトリックと距離を詰めるように、ミンシャンは部屋の中ほどまで足を進めながら、思い切って口を開いた。


「あの、リク先輩の件なのですが。すぐそこにいるのですから、会ってくれませんか? お時間は取らせませんので」


 一度会えば誤解は解けてくれるだろうという期待をもとにミンシャンは言ったのだが、それを聞いたパトリックの顔は不快気に歪んだ。


「またその話か。言った筈だぞ、彼はダメだと。近くに来てようがどうだろうが関係ない」

「何故そこまで嫌うのですか! 昔の彼と今の彼は違います。人は成長できるのを否定したいのですか? そんなに彼が嫌いですか!」


 取り付く島もないパトリックにミンシャンの声はつい大きくなった。パーティ会場で軽く酒を飲んだ事が気を大きくしているのかもしれないが、ミンシャンは止まれなかった。


「確かに彼が昔は問題児だったという話は聞いています。しかし、今は必死に努力して起業して成功しているじゃないですか。どうしてその成長を認めてあげられないんですか!」

「そうではない。奴が放蕩息子だった事など、この際問題ではない。私とて奴のインタビュー映像くらいは見た事がある」


 若きベンチャー社長としてニュースに取り上げられた時の事を指しているのだろう。ミンシャンはパトリックがそれを見ていたのは意外に思ったが、むしろそうであれば今のリクを見てもなお考えが変わらない事には納得が行かなかった。


「であれば分かった筈です。もう昔の彼では無いと。そう見えないのはまだお父様がリク先輩の事を色眼鏡で見ているからじゃないんですか!?」

「そうではないと言っただろう。あれは信用ならんと言ってるのだ」

「だからどうして!」

「何度も言っているだろうが。――ちょっと待て」

「誤魔化す気ですか!?」

「違う。ちょっと静かにしろ。何か聞こえないか?」


 今のリクを見ようともしないとミンシャンはいきり立ってしまったが、それでも真剣な様子で耳を澄ませているパトリックの様子に、ミンシャンもまた静かにして聴覚に集中してみた。

 すると確かに聞こえた。屋敷の中をドタドタと乱暴に走るような音が。


「何の音? 警護の人かしら――」

「っ!?」


 バンッ、とギャラリーの扉が開いた音がミンシャンの背後から聞こえて来た次の瞬間だった。ミンシャンは何かに横からぶつかられ、床に倒れ込んでしまった。次いで聞こえてくるパン、パンという破裂音。

 何が起きたのか分からずに、なんとか床から体を起こしたミンシャンが目にしたのは、海港王の像の前に立っている父パトリックの姿だった。パン、という音が聞こえてくると同時にパトリックの身体が震え、身体から血がはじける。


(撃たれているっ!?)


 突然訪れた非日常に混乱しつつギャラリーの入り口を見ると、そこには数人の黒づくめの男達がいた。揃って何かしらのモンスターを真似たマスクを被っていた為、顔は分からない。が、彼らは一様に手に銃を持っており、それがパトリックを撃ったのだとミンシャンにも分かった。


「お、お父様!?」


 ミンシャンの声と重なるように、立っていたパトリックがその場に倒れ込む。その体からは血が溢れ出し、何も見ていない目からは既に絶命していることが分かった。

 父の死、そして部屋の中に入ってくる男達を前にミンシャンは混乱の極致だった。立ち上がる事もできない。

 男達数人はケースを無理矢理壊し、中の海港王の像に手をかけていた。そして男達の一人は、床にへたり込んだまま動けないでいるミンシャンの方に顔を向けて来た。


「ヒッ!?」

「――どうする?」

「面倒くさいから、目撃者は殺す方が楽じゃないか?」

「そうだな」


 いとも簡単に自分の命の行方が決定されている現実に心が追い付かない。ミンシャンが硬直して動けない間に、男達の一人が銃をミンシャンの方に向けて――。


「――ポ!」


 そんなどこか間の抜けた声と共にガシャーンという音を立てて窓が割られ、目の前の銃を向けていた男が吹っ飛んだのは次の瞬間だった。

 とりあえずの命の危機は脱したらしいと分かったが、何が起きたか分からずに硬直したままでいたミンシャンの耳に、聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「はいはーい、そこまで」


 そんなどこか気の抜けた声と共に。割れた窓の方から部屋の中に入ってきたのは、今日知り合ったばかりの二人、ラウルとシェーンであった。


***


「おい、屋敷の奥。なんか怪しいぞ」


 ミンシャンがその場を離れ、リクとの会話も一段落し、二人で食事をしつつ屋敷の方を窺っていた時。ピクリと獣耳を動かしたシェーンがひそやかな声で呟いた。

 言われてラウルも屋敷の方を観察したが、少なくともパーティ会場である庭の方からは先程と変わった様子は見えなかった。警護と思しき人らもちらほら見えて、出入り口を見張っていた。


「なるほど裏ね」

「行くか?」

「当然」


 小声で話しつつ次第に気配を薄くしていった二人は、人の目に見つからないように迂回しつつ、屋敷の裏手に回った。門と屋敷の間に広がっていた庭は多数の人の目に触れるからか、照明などが配置されていたが、裏手は基本的に家族しか入り込まないのかやや薄暗い。その中にあって二人の鼻に漂ってきたのは血の匂いだった。

 庭からの視線が届かなくなった事からやや小走りに臭いの元へ移動した二人は、裏口を守っていたらしい男達が喉を切られてその場に打ち捨てられているのを見つけた。


「やりかたが乱暴じゃね? すぐに見つかっちまいそうだけど」

「見つかっても構わないくらい、さっさと事をすませるつもりなのかもよ?」


 と、パン、パンという音が響いて来るのがラウルにも聞こえた。庭に近い表だと流しているBGMが邪魔で気づかないかもしれないが、静かな裏手だったからかラウルの耳でもしっかりと聞き取れた。


「どこからか分かる?」

「上だ」


 獣耳をピンと立てながらシェーンが屋敷の二階のとあるテラスをやや険しい目で見る。その聴覚に信頼を置いているラウルは、シェーンと二人で軽く飛びあがりテラスの柵に手を掛けると、そこを起点にして体を回転させてテラスの中に飛び込んだ。

 そこで見たのは部屋に入り込む怪しげな覆面の集団と、その内の一人に銃を突き付けられ、地面に尻もちをついたまま動けないでいるミンシャンの姿――。


「シェーン!」

「――ポ!」


 ラウルの声に反応してシェーンが放ったのは、本人がパピプペポ魔法などと呼んでいる魔法だった。

 あえて分類するならば理力強化系攻撃魔法となるだろうか。シェーンが口で発した音の性質を強化増幅した上で現実に干渉させる魔法である。シェーンは破裂音を用いる事を好み、そこからパピプペポ魔法などと名付けていた。

 音それぞれで性質が異なるのだが、ポの音が作り出すのは言わば音の拳。シェーンの口から発せられた音は拳大の振動の塊となって射出され、ガシャーンという大きな音を立てて窓ガラスを突き破り、更に今にもミンシャンを撃とうとしていた男の顔にも直撃しその身体を吹っ飛ばした。


「はいはーい、そこまで」


 割れたガラスを乗り越えて室内に入り込んだラウルは、部屋の中を見渡して、血だまりの中で倒れているパトリックの姿を見つけて心の中で舌打ちした。


(遅かったか……)


 別にパトリックの護衛をしていた訳でも無いのだが、被害が出ずにパトリックからお宝の話を聞けるのならばそれが一番手っ取り早かった為、それが出来なくなった事への後悔でもある。


「あ、あなた達は……」


 倒れたままのミンシャンがラウル達を見上げて呆然としていたが、彼女に対する説明はこの状況においては優先度が低い。ラウルはミンシャンには「ちょっと待っててくださいね」とだけ言って、部屋の中に入りこちらに銃を向けようとしている集団を冷ややかに眺めた。


「なあ、こいつら斬っちゃって良いよな? 良いよな?」


 姿勢を低くしつつ、眼を楽しそうに輝かせたシェーンがラウルにそんなことを聞いてきた。シェーンが背中で丸めていた尻尾をくるんと翻すと、そこから宙に飛び出すものが四つ。それはやや小型ながらマチェットと呼ばれる刃物だった。シェーンはそれら四つを両手を使って順に宙に浮かせるという、物騒なジャグリングをしつつも、その目は男達から外さない。


「別に良いけど……ああいや、室内だしね。血で汚れたら洗うの大変じゃない?」

「そっか。じゃあしかたないから、みね打ちって奴にしてやる!」


 言いざまシェーンは両手に持っていたマチェットを振り上げると、宙を舞っていた二振りに引っかけて男達の集団の方へ投げ飛ばした。みね打ちという言葉通り刃では無い方が当たるように計算していたらしいが、それでも宙を飛ぶ鉄の塊でもある。それを顔や胸に食らった男は「ぐぁっ」という悲鳴を上げつつその場に倒れた。仮面をかぶるなどはしていたようだが、それで防ぎきれる威力でもない。

 更にシェーンはマチェットを投げ飛ばすと同時に自分も地面を蹴ると男達の集団に飛び込んでいた。近場にいた男の銃を持つ手にマチェットを振り下ろせばそれは容易に骨を叩き折る事になった。別の男がシェーンを撃とうと銃を向けると、その男の胸にはシェーンが投げたマチェットが食い込んでいた。そうして片手があいたシェーンだったが、そこに最初に投げていたマチェットがくるくると飛んできたかと思うと、スポンとその手に収まった。


 これがシェーン曰くのジャグリング剣法である。彼女は双剣王のタイトルを獲得した事もあり、両手それぞれに剣を持って振るう事には定評がある。それに二本のマチェットを追加し、ジャグリングのようにそれらを投げたり回収したりしながら、自由自在に四本のマチェットを使いこなすのだ。ただの強さを求めるだけであれば無駄な技量とも言えるが、少なくとも優美さと華やかさ、そして面白さにおいてはなかなか良い見世物であることは確かであり、戦闘をエンタメとして楽しもうとしてるシェーンは自分でもぴったりな戦い方だと自慢しているのをラウルは聞いた事があった。


 そうして四本のマチェットを縦横無尽に振るうシェーンは手が付けられないと思ったのだろう。一人の男がミンシャンとその側に立つラウルの方に走って来た。


「いやいや、僕だって簡単にはやられてあげられないんだよね」


 ラウルはいつのまにか手にしていたナイフを男の一人に向けて投げる。そのナイフは過たず男の胸に突き刺さった。「があっ!?」と男が驚き自分の胸を慌てて探るが、しかしそこには大した痛みもないし血も流れていない。そんな不可思議に男が戸惑っていたという明確な隙の内に近寄っていたラウルが、男の腹に中蹴りをいれると男はそのまま部屋の入口の方まで吹っ飛ばされていった。


 ラウルが偽霊術で作ったナイフを投げたのである。

 偽霊術で具現化するものは、基本的には見た目を模しているものである。が、その動きや反応は模した対象の性質をなぞる事になる。つまり髪の毛を作れば風にそよぐし、肌に触れれば柔らかい感触もあるし汗をかいているように見せかける事もできる。更に服装を模す事も可能だし、布の触り心地はもとより、金属の鎧だって具現化し纏う事が可能なのである。

 が、あくまで模すしかできないため、本物と同じ強度を持っているとは言えないというのが偽霊術の限界である。

 例えば名刀を模したものを作った場合、少なくとも外見では全く同じものに見える。光の反射のさせ方や触った時の感触なども同等に思える。が、その二つを打ち合わせて見ればその正体はすぐに露呈する。一瞬の拮抗くらいは作れるかもしれないが、すぐに偽霊術で模した剣はその存在を保てなくなり雲散霧消してしまう。

 ナイフを作ったとて、その性質をも再現する魔法であるために細い糸や薄い紙を切るくらいはできるかもしれないが、それが関の山なのである。

 ましてラウルの手を離れてしまうナイフなどは、相手に突き刺さるどころかチクッと思わせる事ができれば御の字というレベルの力しか発揮しない。


「なんだ、催眠術か幻影の類か? そうと分かれば!」


 銃を向けながらこちらに突っ込んでくる男に、ラウルは数本のナイフを放つ。だがラウルのナイフがダメージにならない事を想定している男は避けもしなかった。

 だが。


「へ、やっぱり効かない――ってぐあぁっ!?」


 数本の内一本は男に直撃しても消えずに、そのまま肩に突き刺さった事で男が悲鳴を上げる。わざと一本だけ本物を混ぜ込んでいたのだ。それに気づかずに戸惑いの表情を浮かべる男の顔面に、ラウルは渾身の拳を叩き込んだ。


 確かにラウルの偽霊術は戦闘において主体的なダメージを与える魔法とは言いにくい。だが、それも全ては使いようであるとラウルは認識していた。ただ模すだけの魔法だと認識していては使いきれず、その応用について意識を向ければなんだってできるようになる。それがラウルの偽霊術であった。


 と、まだ暴れているシェーンにしても、そして優男に見えるラウルにしても一筋縄ではいかないと判断したのだろう。男達の一人が「目的のものは手に入ってるんだ。退け!」と声をかけた途端に、残った男達が負傷した男達を引きずって部屋から退却していく。


 それを追おうかと一瞬考えたラウルだったが、こちらを窺うシェーンにも首を振って応えた。元々自分達は戦闘をしに来たのでも無ければ、彼ら侵入者を捕まえに来た訳でもないのだ。本来の目的は海港王の像だったのだが――部屋の中央の台の上、ケースが割られて何かが持ち出された様子なのを見て、ラウルは像についても出し抜かれたのだと言う事に気が付いた。

 それに気づけば、屋敷の本来の警備の人達が今になってバタついているのがラウルにも聞こえて来た。侵入者達はできるだけ気づかれないように最小限の人員しか相手にせず迅速に行動していたのだろうが、ラウル達はそんな事も気にせずに大きな音を立ててガラス窓を割って侵入していたし、シェーンも音など気にせずに動いていた。となると、大部分が残っている筈の警備の人間がここになだれ込んでくるのは時間の問題であり、それを考えてさっさと退却したのだろうということはラウルにも想像がついた。

 ラウルが来た時にはもうこの台の上が空だった事を考えると、既に奪われて時間が経っている事になるため、追うだけ無駄だという考えもラウルにはあった。


 であればラウル達もこれ以上ここにいると警備の人間に疑われてしまう。さっさと退散しようとしたとき、起き上がれなかった筈のミンシャンが動き、血に染まったパトリックの身体に縋り付いていた。


「お父様? ――お父様! お父様ー!」


 パトリックの死を確認しミンシャンが泣き叫んでいるのを見つつ。ラウルとシェーンは彼女を置いてさっさと窓際の方に寄っていった。そのラウル達の動きに気づいて、ミンシャンが涙に塗れた顔を上げる。


「あなたは……あなた達は、何者なの?」


 その言葉にラウルはやや芝居がかった格好で手を胸にあてて頭を下げて答えて見せた。


「僕は大怪盗ラウル。悪党ではあるんだけど、誤解しないで欲しいんだけど、彼らとは別口さ」

「……怪盗……目的は、目的は……何?」

「海港王の像にまつわるお宝って話を聞きつけてね。興味があって話を聞きたいんだけど……そろそろ時間のようだね」


 襲撃者達との戦いなりがどうなったかはわからないが、音の発生源たるこの部屋にドタバタと警備の人員が近付いてきているのが獣人ならぬラウルの耳にも聞こえて来たので、ラウルはシェーンと二人、テラスの方に足を向けた。


「じゃ、僕らはこれで。詳しい話を聞きたいからさ、また会いましょう?」


 そう言い残すとラウルとシェーンは二人でテラスから地面に飛び降り。そしてそのまま闇夜に消えていった。


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