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セイザン。歴史としては過去に海港都市を首都とした国の第二都市としてやや内陸に作られたが、首都が攻め滅ぼされた事から住民が流れて来た結果、この地域では比較的大きい規模を誇る街である。
近代的なインフラも整備され、世界各国のどこでも見れるようなチェーン店も目に付く。そういったいかにも近代化していますと主張するかのような色が見られる反面、少し裏道を通れば昔ながらのレトロな雰囲気も漂うような、少しずつ近代都市へと近づこうとする努力の途上にあるといった街であった。
空港からレンタカーで移動し、少し街を歩き回ったラウルとシェーンは今は、ある街のカフェに座っていた。机に突っ伏しているシェーンは不満顔だ。
「つーまーんーなーいー。どこにでもあるような店ばっかだし。でも田舎チックだし。もっと面白いものないのー?」
「あなたは何を期待してるんですか?」
「突然襲い掛かってくるチンピラとか?」
「ただ治安が悪いだけじゃないですかそれ。そんな街だったらもっとゴミとか転がってると思いますよ」
「やだー、それは汚いー」
ブチブチと文句を言いながらストローからズゾゾとアイスコーヒーを吸い上げるシェーンのテンションは、街についた頃から比べるとガクッと下がっていた。じゃあ美味しいパンケーキでも食べるかとカフェに入ったものの、出て来たものはただ焼いただけのものにメープルシロップをかけた懐かしいものであり、やれ「ふわふわ度が足りない」だの「クリームのインパクトに欠ける」だのとブチブチ言いながら完食はしたものの、やはりあまりお気に召さなかったようで不貞腐れていたのだ。
「てゆーか、何あの髭親父の像。沢山ありすぎてキモイんですけど」
「あー……海港王の像か。確かに多かったね。この街に所縁でもあるのかな?」
大きな像が広場に飾ってある、と言う程に観光名所として確立されたものでもない。が、シェーンが愚痴るように確かに海港王を彫ったと思われる像が街の各所にあったのだ。昔の船乗りとも見える男だったが、シェーンの言う通り髭面の男でもあり、その眼光の鋭さもあって街中に点在する様は一旦気になればキモイという評価が下されるのは、ラウルにも理解できた。
「海港王? なんだっけそれ」
「七港を作った王様だよ。知らない?」
「忘れた」
悪びれずに言うシェーンに、ラウルは手元のアイスティーで喉を湿らせてから答えた。
「この大陸はずっと統一王朝を目指して戦乱の世の中が続いていてね。だからこそ戦乱大陸なんて名前がついてしまっている訳だけど……その時代の区切りにはそれぞれ名前がついているんだ」
最初に大小の国が混在し混沌とした戦争が繰り広げられた第一戦国時代。
海港をもつ七つの国と、内陸に要塞を持つ十の国、あわせて十七の力を持った国が争った七港十塞時代。
初めての統一王朝が築かれた央の時代。もしくは前央時代。
央が東西に分裂しその後継が争われる事になった東西朝時代。
東西朝それぞれが外征と内紛による疲弊で崩壊することにより訪れた混沌の時代である、第二戦国時代。
概ね大きな五つの国で安定が見えて来た五大国時代。
央が復活し再度アザヴィア全土の統一を成功させ、大陸を越えた大戦にまで手を伸ばした後央時代。
そして、後央が崩壊した後にかつての五大国がアザヴィア連合(AU)を組んで協力しあう事になり、今日まで続いている五方卓時代。
海港王とは七港十塞時代の七つの海港都市全てを作り上げた、伝説の王である。
「へ? それなら実質的には争ってたのは十個の内陸の国と、一丸となった七つの国じゃないのか?」
「それが七港を作った後、海港王は八つ目を作ろうとしたところで消息不明になったんだ。で、カリスマだった彼を失った事で配下だった者達がそれぞれ独立を唱えて、海港王の理想とは違って七港もまた相争う事になってしまったんだよ」
「ナハハハハハハ、良いねそれ。人間ぽくて」
何が笑いのツボに入ったのかシェーンはしばし笑い転げていた。周囲の人間が何だと見てきたが、そんなことを気にするシェーンではない。周囲の人間には「すいません」と謝りつつ、ラウルはアイスティーを飲みながら彼女の笑いが収まるのを待った。
「で、その海港王ってのが像の髭親父?」
「多分そうだね。この街自体が元々は七港の一角の第二都市だったって言うし、関連があるからなんじゃないかな。もしかしたら"ここは海港王のおひざ元だから手を出したらただじゃすまないぞ"みたいな意味で作ってたのが最初かもしれないよ?」
「へー。そんな昔からあるんだ。でもそれならぶっ壊れてそうだけどな、さすがに」
「そうかもね。軽く見たところ比較的新しいものもあったし、逐次直してるのかも。もしかしたら手で持てるサイズの奴なんかは、この街の有名なお土産なのかもしれないよ? もしくは自分で作れる体験教室みたいなのもあるかもしれないけど、興味ある?」
「ある訳ねーだろ」
やや半眼になって自分を見てくるシェーンに、ラウルは「そう言うと思った」と苦笑した。コロコロとやりたいことが変わるシェーンが、椅子に座って黙々と像を彫っていく姿などラウルにも想像できなかったのだ。
と、そんな自分を見ていたシェーンが何かに気づいたのか視線を転じると、その目をニンマリと歪ませた。
「あたしはどっちかっていうとあっちの方に興味があるな」
「何です?」
言われて彼女の指す方向に目を向けると、そこには一人の老人とそれに怒鳴り散らかすチンピラという構図があった。老人の方は店員の様だったから、あのチンピラが何かいちゃもんを付けているのだろうなとは予想できた。
「突然襲い掛かってくるチンピラ、いたじゃん」
「あなたが願ったから引き寄せたんですかね。物騒な」
「面白いじゃんか。あれ、ノしてきていいか?」
「やめましょうよ、今はまだあんまり目立ちたく――ってあれ?」
身体をうずうずとさせているシェーンを窘めつつ、その老人とチンピラの方を見ていたラウルは、つい最近知った顔がその二人の方に近づいていくのに気づいて目を見開いた。
***
「――でね、やっぱり話を全然聞いてくれないんです」
『昔のイメージって言うのは抜けないんだね。やっぱり難しいのかな』
「そんな事ないです! 先輩が頑張ってるのは私知ってます。あの人が頑固なだけで」
『ハハ、君にそう言ってもらえると嬉しいよ。……それじゃ、今夜』
「ええ、待ってます」
ミンシャンは最後にそう言うと、携帯端末の通話を切った。
セイザンにあるカフェの一つ。父親と顔を合わせたくなくて、ミンシャンは一人でカフェに行き、リクへ電話してパトリックとの話し合いがうまくいかなかった事を伝えていた。
そんなミンシャンの失敗を聞いてもリクは特に動揺せず、むしろ悲しささえ滲ませた声を返してきてくれていた。
(人は変われる、のに)
携帯端末をテーブルの上においたミンシャンは、すっかり冷えてしまったコーヒーにミルクと砂糖を入れてかき回しつつ、リクを受け入れないパトリックについての愚痴を心の中で零した。
リクはミンシャンにとっては大学のサークルの先輩だ。それでいてこれまで積極的なアプローチを受けた事は無かった。過去のリクの放蕩ぶりはミンシャンの耳にも入っていたし、あまり関わりたいとも思っていなかったからだ。
それが少し変わったのは彼がベンチャー企業を立ち上げて成功し、あるパーティで再会してからだった。
良く話してみればリクに抱いていた印象は過去のものだと思えたし、何よりビジネスに対しては誠実にミンシャンには見えた。
正直な事を言えばすぐに恋人になりたい、と言う程の好意を彼に対して抱いているかと問われれば、ミンシャンは否と答えるだろう。だがハイスクールの恋愛でも無いのだし生涯のパートナーを考える上では十分に候補になりうる、と考えるくらいの好意は持っているとミンシャンは自覚していた。
故にそんな自分の判断を全く信用もしてくれずに否定してくる父パトリックにはどうしてもイライラが募ってしまうのが今のミンシャンであった。
パトリックへの不満が消えたとは言えないが、それでもリクと会話し、一人でコーヒーを飲んでいることで少し落ち着いてきたミンシャンが、まだ準備が残っている事だしそろそろ家に戻らなければならないなと思った時だった。
「ああん!? どういうつもりだ、てめぇ!」
突如としてミンシャンの耳に乱暴な声が飛び込んできた。驚いて声の元に目をやると、そこでは店員の老人を何やら睨みつけている男の姿があった。
老人の方は見覚えがある。名前までは知らないが、地元で家の近くのカフェなのだ。たまに利用していればその店員の顔くらいは覚えて来る。が、因縁をつけている側の男の顔には全く見覚えが無かった。
(まああの、新しく入って来た輩って奴かしら……)
セイザンはアザヴィアの中でも少しずつ大きく成長していこうとしている街である。故に新しく入ってくる人も多い。街の古い雰囲気が失われていくという感傷的な部分を除けばミンシャンには問題は無かったが、しかし新しく入って来た人間全てが好ましいかと言われればそんな訳もない。
特に最近はマフィアかギャングかは知らないが、街の中でいささか乱暴な振る舞いをする者達が増えて来たという印象はミンシャンにもあった。
もし本当にマフィアなどの組織の者達であるならば、ちゃんと一般人に迷惑をかけないように統率を取ってくれないものかと思う反面、本当に組織として入り込んできて定住しようとしているというならば面倒な事になりそうだから出て行って欲しいというのもまた、地元民としてのミンシャンの偽らざる本音でもあった。
と、絡んでいるチンピラの声が少し大きくなってきて、ミンシャン以外のカフェの客もまたその様子を目にして眉を顰めるようになってきた。話を聞いているとどうやらコーヒーをテーブルに置く際にちょっと音を立てたとかその程度の話のようだが、それで怒鳴り散らかしている男に対してミンシャンは自分の中で怒りが湧いて来るのを止められなかった。
正義感、と言えばそうなのだろう。が、それよりも"私の地元を変な風に変えてくれるな!"という思いがミンシャンの中では大きいのもまた正しかった。街が変わっていく事は許容しつつ、しかし全く別物に変わっていくのは許しがたいと思うのだ。まして、ミンシャンの家であるシウ家は地元の名士という位置づけであり、街を変えていく商人の一角である。であるならば街の変化に対しては多少の責任を感じないでも無かったのだ。
また立場が弱い店員に対して怒鳴っているチンピラの態度もまたミンシャンには許せない事ではあった。こういった立場を利用した不公平感の押しつけはどうしても許容できないのがミンシャンだった。
「ちょっと、いい加減にしなさい」
だからこそミンシャンはその二人に対して歩み寄り、声を割り込ませてしまった。パトリックとのやりとりでやや心がささくれていた事がミンシャンにこのような動きをさせてしまった面はあるのかもしれない。
突如割り込んできたミンシャンにも噛みつこうとしたチンピラだったが、ミンシャンが見目の良い若い女性であることに気づくと口元を笑みの形に歪めた。
「なんだよ姉ちゃん。俺は店員に対して教育してやってるんだよ。ミスはすぐに指摘してやらないと理解できないだろ? 特にこんな老いぼれはよ」
「失礼な。他の客がいるのもかかわらず怒声を上げるのは止めなさい。それにミスについての指摘はもう終わったでしょうが。今はあなたが迷惑をかけてます。さっさとお金を払って出ていきなさいな、このチンピラ」
「ああん、なんだとコラ!?」
後から考えてもどうしても最後の言葉は余計だったとはミンシャンにも分かる。が、心が不安定だったとは言えミンシャンがつい口走ってしまった言葉は取り返せない。
ミンシャンをか弱い女だと考えたのかチンピラが自分に手を伸ばしてくるのを見ながら、ミンシャンは固まって動けなかった。
と、その時だった。チンピラがミンシャンに手を伸ばした手を、更に横から出て来た手が止めたのは。
「はいはーい、そこまで」
「あ?」
横合いから顔を出して来たのは、まだ若い男だった。中肉中背で童顔に見える男は、にこやかにすら見える笑みを浮かべて、こめかみに青筋を浮かべるチンピラの顔を見上げていた。
「女の子に乱暴するのは止めておきましょうよ、ね?」
「横から出て来て何抜かしてんだこら!」
もはや止まれないのだろう。掴まれた右手を動かせないらしいチンピラが、左手で青年に対して殴りつける。危ない、とミンシャンが思った時には二人の身体がグルンと回っていた。比較的近くにいたミンシャンにはいまいち何が起きたのかが分からなかったが、気が付いたら青年がチンピラの後ろに回り、手を捻り上げていた。
「痛ぇっ!?」
「あんまり動かない方が良いですよー。無理に動こうとすると肩が外れるかも」
ひょうひょうとした態度はそのままに、強面のチンピラの動きを青年は簡単に封じてしまっていた。武術になど詳しくないミンシャンには何か手品を見せつけられている気分にすらなっていた。
「てめぇ、こら離せ――って痛っ」
「デュクシ。デュクシデュクシ」
いつの間に側にいたのだろうか。何やらやや派手で体の線が出ている服装をした獣人の女性が、妙な言葉を呟きながらチンピラの脇腹を突っついていた。どこかコミカルさすら漂うその姿に、ミンシャンはいつの間にか緊張感が無くなっているのに気が付いた。
青年はチンピラの腕を捻り上げたまま、カフェの外に出て行こうとした。獣人の女性はその間も「デュクシ」とか言いながら脇腹をつつき、チンピラに悲鳴を上げさせている。
はっと気づいてミンシャンは彼らを追いかけた。
「そ、その、ありがとう。彼をどうするつもり?」
「その辺で適当に離しますよ。カフェの中でこれ以上騒ぐ訳にも行かないでしょう?」
「それはそうだけど」
「あ、すいません。この男のコーヒー代だけは払って貰って良いですか?」
「え? あ、うん。それくらいなら」
「じゃ、僕らはこれで。また会いましょう?」
痛みに悲鳴を漏らすチンピラを引き連れながら、笑顔でその場を後にする青年たちを、ミンシャンは少し呆気に取られながら見送る事になった。




