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アザヴィア南部の空港。係官の男は手元の紙をぺらりと捲りながらため息をついた。
今朝がた言われた事なのだが大怪盗ラウルと名乗る人物が来るかもしれないから気を付けろ、というお達しと共に資料を渡されたのだ。
(んなこと言われても……)
出入国管理としての仕事はきちんとするし、手を抜くつもりはない。だが変装の達人であるらしいが、それを見抜けと言われても、無茶を言うなとしか言えない。
(一応気を付けましたよ、という上のポーズの為なのかね。もしこれで実際通したら、俺らのせいにされても困るんだけどな……)
事実として怪しげな人を見つけた経験だってあるが、変装を見抜いた経験など男には無かった。手元の資料にはまだ学生といっても通るであろう童顔の男と、やけにキラキラとした化粧をしている女の写真が載っていた。
少なくとも男と女のペアなのだろうなとは思いつつ、変装かどうかは見破れないものだろうかと男は自分の方に向かっている客に意識を向けた。
来たのは老夫婦だった。奥さんの方は少し控えめなのか、その手を旦那さんの方が引いて男の前にやってきていた。
いつも通りの資料確認と、入国目的などの簡単な質問をしながら、男はその旦那さんの方の顔をじっとみた。変装とは言っていたが例えば顔に何かを塗りたくったりしているのであれば、話している途中に動く顔の皮膚や筋肉などの動きから何かわからないかと思ったためだ。
しかしいくらじっと見ても、その肌の感じや、話している最中の口内、眼の動きなどを見ても、何か問題があるとは男には見えなかった。
「……あの、何か?」
「あ、失礼しました。以上で大丈夫です。良い旅を」
あまりにじっと見すぎた為か、訝し気にこちらを窺ってくる旦那さんに謝りつつ、男は二人を通した。そしてこのレベルで注視していれば見抜けるかもしれないなと、次に来る客の方を促した。
*
空港から出た所で。先程係官に見られていた老夫婦が曲がり角を曲がる。と、その瞬間に二人の体表で光の粒子がはじけたかと思うと、その顔が崩れていく。年相応に乾いて見えた肌の奥からはまだ若さ故の張りがある肌が見えてくる。
そして気づけば老夫婦は、ラウルとシェーンの姿になっていた。
これがラウルが体得している魔法である偽霊術である。
それは一言で言ってしまえば、どんなものであれ見せかけだけであれば作ってみせる、という魔法である。魔法分類で言えば具現魔法に属しており、ラウルはその偽霊術で服まで含めて全身を包むように覆う事で、老夫婦を作り出す事に成功していたのだ。
基本的にはラウル自身にしか使えないのだが、短時間であったり、ラウルが物理的接触を持っていれば自分以外にも影響を及ぼす事ができる。それ故にラウルはシェーンと手を組んでいたのだ。
その必要が無くなったからか、シェーンはさっさと腕を振りほどくと両手を上にあげて伸びをした。
「あー、黙ってるって意外とストレスだわ」
「シェーンは声を変えるのはうまくないからね」
「ラウルの魔法で何とかなんないの?」
「僕の魔法はほとんど見せかけだけだからね。声は自前の技術だよ」
「そこが面倒だよな」
少なくとも外見に限れば、どんなに穴が開くように見られたとて完全に擬態が見破られる事はない領域に、ラウルの偽霊術は達していた。それこそ汗を流す事だってできる。他人の霊気パターンを真似る事で、魔法的なチェックでさえ潜り抜ける事ができる。
が、あくまでそれは良くできた着ぐるみを被っているのと同じことであり、声に関しては魔法の外だったのだ。
「で、これからどうすんの? 少し移動するんだろ? でもまだ時間あったりするんじゃ?」
「そうだね。夜のパーティには出ようと思ってるけど、ちょっと時間は余るね。じゃあちょっと観光ということで街をぶらつこうか」
「おう! 何か面白いもんがあるといいな」
ニコニコとしながらレンタカーを借りようとカウンターへ向かうシェーンの後ろを、ラウルは苦笑しながらついていった。
***
「ようこそいらっしゃいました。えーと、キディ殿でしたか?」
「はっ。新界連合捜査局の捜査官のキディ・マリエトフです」
アザヴィア大陸南部の街セイザン。その地元警察署の署長室をキディは訪れていた。
活気に溢れていると言えば聞こえは良いが、警察署内がバタバタしているのはあまり良い傾向ではないなとキディは敬礼をしながら思っていた。そんなキディを見ながらセイザン警察署の署長は手元の資料を見ながら頭を掻いていた。
「お恥ずかしい話ですが、あまり詳しく無くてですな。その新界連合捜査局、というのは?」
「新界連合加盟国において、国際的な犯罪が起きた際に、国境を越えた捜査を行う事を可能とする、新界連合直轄の組織です。まあ警察の範囲が広い版と思っていただければ」
「その権限の程は? 我々はどれほどの協力が求められているのでしょうか。今すぐあなたの捜査に全面協力を強制される、と?」
「いえいえ、基本的にそんな事はありません。勿論、正式な要請が連合捜査局本部からあれば話は変わりますが、今回は私個人の捜査でして」
「大怪盗ラウル、でしたか?」
「はい。奴がセイザンに来る可能性を掴みまして」
言う程確証がある話ではなかったが、それがここ最近のラウルの動きを見ていたキディの結論だった。先日のマークレーから盗み出した"ガルストーの星"の指輪もそうだが、ここ最近ラウルが狙っていた品は、いずれも元々セイザンにあり、後に別の土地へ買われていったものだった。
ラウルがそんなに宝石類に拘る理由はないと踏んでいたキディだからこそ、その共通項に気づけたというレベルの話だった。だがだからこそ正式に現地警察に協力を要請できる程の根拠を用意できていないため、むしろそのための調査にと赴いているのが今のキディの立場だった。
「何か、わかっている事でもあるのですか? 捜査の当てという意味ですが。この街にも明るくないというのであれば、協力を強制されるのかと思って」
「勿論ご協力いただければありがたいです。本日も、ご挨拶とそのお願いに参った次第です」
「強制力が無いからお願い、と?」
「はい。よろしくお願いいたします」
キディからすれば街の案内をしてくれればありがたいというレベルの話であり、それほど難しい事を言っているつもりもなかったのだが、目の前の署長は難しい顔をしてため息をついた。
「勿論余裕があればご協力して差し上げたい所ですがね。今はそれ程の余裕が無くて」
「と言うと?」
「少し前からマフィアだかギャングだか分からん連中が多数入り込んでいるようでしてな。彼らが起こすトラブルの対処に人員を取られているのですよ。……もしやそれがそのラウルの仕業だったりしますかな?」
「いえ。ラウルは恐らく仲間と少数で動いております。そんなに目立つ動きはしないかと」
「であれば申し訳ありませんが、ちょっと人員を割くのは難しいですな……」
ラウルがこの街にいる根拠を確証として示せないキディからすれば、もどかしさを感じざるを得ない。が、ここで協力を強制して連合捜査局と各国警察との仲を悪くさせるという選択肢もキディには取れなかった。
時には上の立場から協力を要請させることもある連合捜査局と、各国警察の仲は友好である場合が少なかった。無論ここの署長の様に特に隔意を持たない人間もいるが、逆に露骨に嫌悪感を示してくる人間もいた。恐らく過去に何らかの捜査協力を強いられた事があったのだろうなと理解はしつつも、どうにかうまくやれないかとはキディは常々思っていた。そのため、ここで捜査協力を更に強くお願いする、という事もできかねていた。
と、そこで署長の方が良い事を思いついたと言わんばかりに勢いよく顔を上げて来た。
「お。一つ良い事を思いつきました。我々の協力がどうなるにせよ、キディ殿はセイザンの街を歩き回る事になる訳ですよね? それの効率化を図りたいという話であると」
「それは、そうとも言えますが」
「であれば、逆にこちらの捜査にご協力をお願いしたい」
「……え?」
そう言いつつ署長は机の上のファイルから数枚の書類を取り出してくると、いそいそとキディの方へと渡して来た。
「これは?」
「所謂失踪事件の調査です。中々手が回らなくて困っていた所なのですが――いやぁ、実にちょうど良い」
「ちょ、ちょっと待ってください。自分はラウルを――」
「その調査の為に街を歩くのでしょう? であれば一緒に調査をしてくれれば良いのです。何、いきなり大怪盗がどうのといって聞きまわるよりも、地元民の失踪事件の調査だと言った方が地元民の受けも良いと言うものですよ」
「そ、そういうもの、でしょうか?」
「はい。ではよろしくお願いします。次があるので私はこれで」
そう言い残して署長はいそいそと退室していった。一人残されたキディは閉まっていく扉を見送った後、もう一度手元に残った資料を見た。
ラウルの調査をする筈が、別の調査をすることになってしまった。
「……あれ?」
なんでこんなことになったのだろう、とキディは一人首を傾げた。




