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「ああもうすぐ、かな」
ラウルは近くの壁にかけられた時計をみて、そうひとりごちた。
場所は戦乱大陸アザヴィアの遥か上空。ラウルとシェーンは今、ワールドエアライン通称WALの旅客機のファーストクラスの中でくつろいでいた。空飛ぶ魔物が蔓延る空は長らく軍事行動、安全が確認された範囲、個人移動のどれかで利用されるものに限られていたが、この数十年で漸く一般人が旅行に活用できるほどの安全な航行が確立された。ファーストクラスの快適さを見ても、なかなか進歩具合だなとラウルは思う。なお窓側の席に座りたいとはしゃいでいたシェーンは今、アイマスクをして爆睡中である。
そんな彼女を起こさないようにラウルはサイドテーブルからディスプレイを目の前まで伸ばしてくると、マイク付きのイヤホンをセットした上でスイッチを入れた。
途端に始まるのはこれから赴こうとしている場所の気象ニュースなどだった。が、ニュースの隅に表示されていた時計が00分を指した瞬間に、ニュッと横合いから画面に入り込んで来るものがあった。
実写で喋るキャスターの前にしゃしゃり出てきたのは、CGで描かれた人型のアバター、通称バーチャルアバターと呼ばれるものだった。黒目に長い黒髪。切れ長の瞳が白い肌の中でやけに印象的に見える。着ている衣装も黒一色であり怪しげですらある。そんなバーチャルアバターだったが、ニヤッと笑うと両手を広げてラウルに語りかけて来た。
『時間ぴったりだな、兄弟。忘れていなくて嬉しいよ』
「そっちもね」
後ろでニュースを喋るキャスターの音量を下げ、自分の声だけを届くようにするという細かい芸当まで成し遂げてラウルにアクセスしてきたのは、ラウルが利用していた情報屋だった。ネットを使うスペシャリストらしく、空飛ぶ飛行機の中のラウルのディスプレイの中に自身のバーチャルアバターまで表示してくるというのはどういう技術なのかというのは、ラウルにも想像がつかなかった。
『じゃあ調べた情報を共有しよう』
いいつつアバターが画面の中で手をかざすと、その上に小さなダイアログが表示され、彼が調べて来たという情報が表示された。細かい演出だな、とラウルは思う。
『今回の目的であるお宝。それについてのヒントが隠れているのではないかとされている海港王の像を所有しているのがこの男、パトリック・シウだ』
ディスプレイの中に表示されたのは、中年の男だった。健康状態が悪いのか目の下にクマが出来ており年相応に腹が出てきているが、それ以上の情報が読み取れないようなどこにでもいる男にラウルには見えた。
『君がこれから向かう街、セイザンにおいてもっとも成功している商人で、先祖代々続く由緒ある家系だよ。今までは話にでてこなかったけれど、急に彼が所有する海港王の像の情報が出て来たので、それを調べて欲しい訳』
「いきなりでてきたの? なんか怪しくない?」
『だからそれも調べて欲しいのさ。他の情報も含め、君の携帯端末に送っておくよ』
画面の中で情報屋が手を振ると、彼が表示させていたダイアログがヒュッと小さくなり、画面外へとカーブを描きながら飛んでいくアニメーションが表示される。と同時にラウルが個人で持っている携帯端末が震えた。取り出してみてみると、今までディスプレイの中で表示されていた情報が転送されてきていた。これまた謎技術だな、とラウルは思う。
「……ってあれ? これだけ? 君からの依頼なんだから、もっと色々な情報があるかと思ったのに」
『そうしたい所だったんだがな、ちょっときな臭くて』
「と言うと?」
『集めた情報が、何となく怪しいんだ。不自然さを感じるというか……改ざんされているのではないか、と感じさせるんだ。これは情報屋としての勘として信じてもらいたい』
「なるほど? 君がそういうなら、そうなのか」
『だから変な先入観を持たせるよりも、君自身の目で確かめて欲しいと思ってね。その為の現地潜入でもあるんだし……っと、そろそろ時間かな。シェーン君が目を覚ましそうだ』
言われてラウルも目を向けると、隣の席でシェーンがもぞもぞと動き始めていた。見える範囲にはカメラがあるようにも見えないのに、彼にはどうやってシェーンの様子が分かったんだろうかなと思いつつ、ラウルは深く追求する気も起きなかった。この情報屋の謎技術については、多分細かく聞いても自分ではわからないと理解していたからだ。
『何かあったら連絡してきてくれたまえ。ではな、兄弟』
要件を終えた情報屋が画面から消えるのとほぼ同時に、隣でシェーンがアイマスクを持ち上げて眠たげな眼をシパシパとし始めた。その目の周りについているラメがアイマスクの裏にも移ってしまっているのを見つつ、ラウルは静かにディスプレイをしまった。シェーンは相性が良くないのか、あまり情報屋の事を好んではいないようだったのだ。
「んー、もうついた?」
「まだだよ。もう少しだと思――」
「あ、何だありゃ、すげー!」
ラウルへの問いかけを忘れたのか、窓の外を覗いていたシェーンが感嘆の声を上げた。こうしてコロコロと話題を変えていくのは、シェーンの面白いところだとラウルは受け取っていたが、人によってはイラつくのだろうなというのも理解はする。
「なんだありゃ。真っすぐすぎない?」
シェーンが言っている対象を見る為にラウルも窓の外を見る。雲が少なく雄大なアザヴィア大陸の姿が眼下に広がる中、ラウルにはシェーンが言っているのが何のことかが分かった。眼下の大陸の中で、一つの河がまるで定規で引いた線の様に真っすぐに伸びているのが見えたのだ。
山脈にしろ、森林にせよ、自然物が描くものには見えないというのはシェーンの感想の通りだった。人間が作った計画都市などであれば分かるが、自然の中の河が直線すぎるのを見ると、どこか歪さすら感じさせる。
「人工の河なのか?」
「そう、とも言えるかな。あれは大戦時の名残だよ」
「半世紀前の戦争のことか?」
「そ。文字通り地形すら変えてしまう程の兵器で、戦後には禁忌の兵器とされたものだよ。大陸中央部から東にかけて放たれて、大陸には河を残し、山脈を貫いて吹っ飛ばし、その先の海流さえも変えてしまったっていうね」
「へー」
興味深げに窓の外をまだ見ているシェーンを置いて、ラウルはまた自分の携帯端末を眺める方に戻った。シェーンと付き合うコツは、彼女のペースに付き合いすぎない事だと言う事を身に染みて良く知っていたからだ。
情報屋から得た情報はちゃんと見ておこう、とラウルが携帯端末で情報をスライドさせると、次に表示されたのは一人の女性の画像だった。黒目黒髪の典型的なアザヴィア人の人族に見えたが、その眉毛のあたりに本人の気の強さが見えるような気がした。
「ミンシャン・シウ。二十三歳。へー、さっきのパトリックさんの娘さんね。似てないなぁ」
そんなことを呟きつつ、ラウルは次の情報へと目を走らせた。
***
アザヴィア大陸の南部。海から車で約一、二時間内陸に行った所にある街、セイザン。それなりに由緒正しい街であり、中には古くから続く家系も存在した。
その一角、一際大きな屋敷を構えているシウ家もまたそうした歴史ある一族の末裔であった。
その屋敷の一室にてミンシャン・シウは、父親であるパトリックの部屋の扉をノックした。
「お父様。よろしいでしょうか?」
「……なんだ」
父の声音がやや不機嫌なのは自分がこれから言おうとしている事が分かっているからなのだろうなと思いつつ、ミンシャンは覚悟を決めて部屋の中に入っていった。歴史と伝統ある商人の家系ではあったが本人はそれほど華美なものが好みではないのか、殺風景な印象すら抱く部屋の中でパトリックは一人、何かの書類を読んでいる所だった。書類から上げた目の下にはやはりクマが見える。
「今日の夜のパーティですが、リク先輩がいらっしゃいます。挨拶の為に時間を……」
「あのボンボンの為に時間は取らん」
「もう、父さん! 今の彼はそんなんじゃ――」
「話はそれだけか? なら下がれ。夜までにまとめておかねばならんものがある」
大して検討もせずにまた手元の書類に視線を落とすパトリックに、ミンシャンの眉毛が吊り上がる。もう少しちゃんと話を聞いてほしい、というイライラから来るものではあったが、仕事を盾にされればここで必要以上に食い下がっても、ヒステリーだのなんだのと言われてますます話を聞いてくれなくなるのは経験上分かっていた。
リクとはミンシャンにとっては大学の先輩であり、少し前にベンチャー企業を立ち上げてうまくやっているようだった。個人的にも多少の付き合いはある上、自分の将来を考えればパートナー候補にもなりうるとすらミンシャンは考えていた。リクとパトリックを挨拶させようというのはそのための布石でもあったのだが、パトリックはけんもほろろだった。
リクは地元の名士の四男であり、子供時代は親の跡を継ごうとする兄達とは違って自由奔放にやっていたらしく、その時のイメージがパトリックに未だにこびりついているのだということはミンシャンも理解している。が、自らベンチャー企業を立ち上げて成功しているのを見れば彼が更生しているのは分かるだろうに、そこに対して考えてもくれないパトリックの事を、ミンシャンは老害の気配すらうっすら感じていた。
と、部屋の外に出ようとしたミンシャンを、パトリックが「ちょっと待て」と引き留めて来た。
話を聞いてくれるのかと振り向いたが、ミンシャンはパトリックの視線が自分の胸元、より正確には首から下げているペンダントに注がれているのに気が付いた。
「またそれをつけるのか?」
「ええ、気に入ってるの」
「……いい加減古臭いだろう。もっといいものを用意してやっているのだから、そちらにしろ」
その言葉にミンシャンのこめかみに血管が浮かぶ。確かにデザイン的にはパトリックの言う通り、このペンダントはややアンティーク寄りの雰囲気を持っており、もっと若向けのファッションをしている自分がするには合っていない部分があるというのは彼女も理解はしている。
だがこのペンダントは死別した母の形見なのだ。似合う似合わないではないのだが、パトリックはそれを気にすることなく事ある毎にペンダントを古臭いと呼んで来る。
(お母様の形見なのよ!?)
それが軽んじられている気がしてしまい、それでかえって意固地になってしまいペンダントをことある毎に身に着けるようにしてしまっていることには、ミンシャン自身も気づいてはいた。が、パトリックの無遠慮な物言いが癇に障ってしまえば、やはり今夜のパーティにもつけていってやろうと思ってしまうくらいの向こう気の強さがミンシャンにはあった。
「遠慮します。これ、気に入ってるので」
「だがいい加減、デザインが古いだろう? 捨てろと言っている訳では無いんだ」
「……リク先輩には会ってくださるのですか?」
「会わん。あいつは信用ならん」
「失礼します!」
ペンダントの交換条件とするつもりでリクの事を口にしても、パトリックには取り付く島も無かった。
ミンシャンはカッとしてしまい、挨拶もそこそこに足音を立ててパトリックの部屋を退室した。




