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1-P

 魔道大陸フェレンダーナ。強い魔法を使えるものが尊ばれて貴族となり、支配者として君臨してきた大陸である。

 その地方都市の一角にある豪華絢爛な屋敷にてパーティが開かれていた。そのホストの名はマークレー。この地の貴族の末裔であり、夜も更けて辺りが暗く静まり返る中、この屋敷だけは彼の趣味により煌々とした灯りに満たされていた。


 初老の域にいるマークレーは今、片手にもったカクテルをチビチビと舌で舐めながら、眉をしかめていた。少なくともパーティを開始するまでは上機嫌ではあったのだが、それを壊したのは今彼の目の前にいる女性であった。

 女性にしては背が高いが、それでも格別に体格が良い訳では無い。まだ若い女性で眼鏡の奥に光る眼つきは鋭くは無かったが、何か油断のならない光を湛えている。髪を高い位置でくくりポニーテールにしているが、それよりも彼女について目を引くのはその装備だった。

 そう、パーティと言う事もあり周りが皆スーツやドレスといった服装である中で、彼女だけが異質な恰好をしていた。金属鎧という訳では無いが何某かの防御素材が編み込まれていそうな制服は、マークレーにも見覚えは無かった。が、それよりもやはり彼女が背中に背負っているものが目を引く。それは盾だった。彼女の背丈とほぼ同じ程に見える程の金属の板を彼女は背負っていたのだった。


 まともにパーティに出る服装ではないが、それよりもマークレーが気になったのは彼女が自分の事を「新界連合捜査局の捜査官のキディ・マリエトフです」と名乗った事だった。

 新界連合捜査局。それは国の枠を超えた調査を行う為に設立された、特別な捜査権を持つ組織の事だった。


 彼女が捜査官だと聞いてマークレーが少しびくついたのは、正直な所、マークレーにも多少後ろ暗い処は無いでは無かった為だ。由緒ある貴族の家系とは言え、時代の流れに乗る為には伝統の在り方を守っているだけでは取り残されてしまう。

 その為の生き残りにとった手段に"多少"は強引な手段があった事は否めないが、その事についての調査かと身構えてしまったのだ。


 しかし彼女は異なる事を口にした。


「大怪盗ラウル……ですかな?」

「はい。彼から予告状が届いたと聞きました」

「ふむ……」


 考え込んでいる風に装うマークレーだったが、正直な事を言えば(どうでも良い事で折角のパーティに水を差すな、小娘)という感想を抱いていた。このパーティは決してただの懇親会などではない。マークレーの大事なビジネスの場でもあるのだ。そこに捜査官とやらがコソ泥を捕まえる為とはいえズカズカ入り込んで来るというのは、不快感を感じずにはいられないのがマークレーだった。

 確かに予告状とやらが届いたのは事実だった。だがマークレーはそれを一笑に付した。そもそも大怪盗ラウルとやらを知らなかったのだ。


「寡聞にして聞き覚えが無いのだが、その大怪盗ラウルとは何者かね? 大昔にもそんな人物がいたと聞いた覚えがあったような……」

「半世紀程前にも同名の怪盗を名乗る人物はいたようですが、こちらは五年ほど前から活動を始めた怪盗です。変装の達人でありどんなに強固に守られた場所にも入り込んでターゲットを盗み出してしまうという手腕。そして時には予告状を出すと言う劇場型犯罪も派手であり、注目を集めている人物です。大陸を越えて被害が大きくなり、実際これ以上放っては置けないと言う事で、自分が彼を追う担当に任じられています」

「ふん。だがたかがコソ泥なのだろう? 彼が狙っているという宝石はほれ、ここにある」


 そういってマークレーが差し出した右手の中指に収まっているのが、今回ラウルが盗むと予告した宝石、"ガルストーの星"の指輪だった。はまっている宝石の大きさと言い、古式ゆかしい謂れがある事といい、マークレーも気に入っている一品だった。

 それをマークレー自身が指にはめ、更に周りを屈強なボディガードで固めているのだから盗める筈も無かろう、とマークレーは言ったがキディ捜査官は首を振った。


「いえ、確かにラウルは戦闘者という訳では無いですが、仲間がいます。シェーンという獣人の女性です。彼女は双剣王になるほどの実力者なのです」

「双剣王? 八剣王大会の?」

「はい。何を隠そう自分もその大会の盾剣王なのです」


 心なしか自慢げに胸を張って言うキディだったが、それに反比例してマークレーの心は冷めていった。

 元々は、魔法使いが尊ばれるフェレンダーナ大陸において、前衛戦士を集めて最強を決めるという大会として開かれて注目を集めていたのが剣王大会だった。だが当初はともかくとして、時代と共にやはり魔法使いが尊ばれるという風潮が変わらなかったフェレンダーナ大陸では少しずつ人気が低迷していった。

 そこにどこかの企業がテコ入れを始めたのが、十年ほど前だったかとマークレーは記憶している。結局その企業はうまくやり、興行としてはV字回復を果たしたとは聞いている。

 しかしその際に、大剣、刀剣、などのように剣の種類により剣王の種類を分けて、結局八剣王大会とその名を変えてエンタメに振り切ったのだ。

 その結果が黒字なのだとしたら経営者としては納得せざるを得ないのだが、一定以上の年齢の人間は"最強の前衛を決めるというお題目はどこにいった"という思いを捨てきれないでいる。少し前には"剣神誕生"などと銘打って何かをしていた気もするが、それとて軽薄な印象を強める効果しかない。

 マークレーも昔を思い出しては、今のエンタメに舵を振り切った八剣王大会の事はどこか冷めた目で見ていた。故に、双剣王とか盾剣王と言われても、実力を持たないミーハー人気でしかないと思ってしまう。


「要件は分かりました。が、お引き取りを。御覧の通り今宵はパーティなのです。そこに捜査官などと言う無粋な招かれざる客を同席させる事は、ホストとして受け入れられませんな」

「し、しかし! 予告状が来ているのでしょう? であれば自分も警護を――」

「お引き取りを。奴の狙いの宝石は私が身に着けていますし、ボディガードもついています。それともこれらよりもあなたの警護を優先しろと? そんな権限でもお持ちなのですかな?」

「それは――」


 なおも食い下がろうとするキディをマークレーが更に冷たい目で見ていた時。一人の部下が部屋の外からマークレー達の側に足早に近づいてきた。マークレーの護衛の中でもトップにあたる寡黙な男の耳元で囁いたかと思うと、その男の目が見開かれた。


「なんだ、どうした?」


 ボディガードの男は言葉で答える代わりに窓の外を指さした。パーティ会場として使っている広間には、その大きさ豪華さを飾り立てるような大きい窓がついていたが、その向こう。屋敷の別館の屋根の上に何かが蠢いているのがマークレーの目にも見えた。


「あれがそのラウルですかな? 捜査官殿、仕事ができましたな。あれを捕まえて来てくれませんか」

「し、しかしあれは陽動である可能性が――」

「陽動であれ何であれ、調べる必要があるでしょう。そしてあなた以外にそれをするような余計な人員はいません」


 相手が小娘だからだろうか。マークレーはどうにも慇懃無礼に当たってしまった。それに対してキディは何かを言いたげだったが、最後にはグッと飲み込んだ。


「分かりました。自分が行ってきます。くれぐれも、くれぐれもご注意を!」


 それだけ言い残すとせかせかと広間を出て行ったのを見て、マークレーは漸く一息ついた。自分を捕まえに来たのではないとは分かっていても、叩けば埃が出て来る身としてはいらない緊張をしてしまう。

 しかしそれをおくびにも出さず、マークレーはパーティ出席者に何の問題も無い事をアピールした。


 と、そんな時にマークレーは会場がやや白く煙っているではないか、という事に気が付いた。


「何だ? 料理の煙でも入って来たか? それともドライアイスの演出か? 聞いていない気がするが……」


 そんな事を呟きながら周りを良く見てみたマークレーは、驚愕した。招待客もそして自分のボディガード達も、次々にその場に崩れ落ちていっていた。よく見ると意識を失っているようだ。睡眠ガスか、と思い至った直後、マークレー自身も立ち眩みを覚えた。慌てて近くのテーブルに手を乗せてバランスを取ろうとするが、その拍子にテーブルクロスを引っ張ってしまい、上に乗せられていた料理のいくつかが音を立てて滑り落ちてしまう。


「あー、勿体ない」


 そんな場違いに呑気な女の声が響いたのはその時だった。マークレーはその声がした方を向くと、驚愕に目を見開いた。そこに居た二人の男は、先程駆け込んできた男と、ボディガードの寡黙な男の二人だった。その二人の男のうち一人が女の声で喋りだしたのもそうだが、何よりその二人が口元にマスクのようなものを当てていたのだ。


「あ、まだ意識があるんだ?」


 いかつい顔に似合わない軽い声がまた聞こえたと思った直後――それら男達の顔が、崩れた。

 顔が光の粒子によって分解されたかと思うと、その奥から出てきたのはマークレーが見た事もない二人の人間だった。


 一人は人族。黒髪に青灰色の目、中肉中背の優男に見えて、決して強そうには見えないが、この現場において楽しそうに微笑んでいる様子は異常に見えた。

 一人は獣人。小柄ではあったが着ている衣装もまるでピエロか何かのように派手で、体の線が良く出ているビスチェのような衣装はどうしても人の目を引き付ける。顔にもラメをチラしており、その色の薄い髪の上には二つの獣耳が立っていた。

 その二人が何らかの変装術でマークレーの部下に成りすましていたのだ。本物は既に昏睡させられ、先程の陽動に使われていたのだが、それをマークレーが知る由もない。


「じゃあ約束通りいただきますね?」


 相変わらず笑顔を浮かべたまま男の方がマークレーに近づいて来ると、その指から躊躇なく"ガルストーの星"の指輪を引き抜いた。睡眠ガスのおかげか、意識も朦朧とし体もうまく動かなくなってきたマークレーには抗しようも無かった。


「じゃ、そろそろ行こうか。予告の品も手に入れたしね」

「ちょっとだけ料理食べてっても良いんじゃね?」

「ダメだよ。キディちゃんが戻ってきちゃうかもしれないじゃないか」

「あー、それもうざいか」


 料理を未練たらしく見ていた女にぴしゃりと言うと、男は彼女を伴って一緒にその場から立ち去ろうとしていく。

 マークレーはその背中に、意識を必死に保ちながらも言葉を投げつけた。


「お……お前はなんだ。何者だ」


 言われた男の方が振り返って、とびきりの笑顔を見せて言って来た。


「僕の名前はラウル。"大怪盗"ラウルです。今売り出し中なので、よろしくっ!」


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