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04.そうしてさようなら

 さて、当初の予定の10倍以上にも膨れ上がった荷物を前に、ニコは頭を抱えていた。しかも絢爛豪華な馬車がいつの間にか2台に増えている。護衛はどうしたんだ、夫人を護衛するはずの人間がこんな豪奢な馬車にどっしりと腰を据えてどうする。

 必然的に、馭者や馬子の人数も増やさざるを得なくなり、第3夫人の里帰りはもはや仰々しいまでの1個旅団となってしまっていた。当然旅費一切はローゼンディア家から出されているのでニコの口出しすることではないのだけれど、それにしてもすべてをおおらかに許してくださった第3夫人には感謝しか無い。


 2台目の馬車の主ディセルに命じられ、内装までも贅を尽くし獅子の装飾で彩られた馬車の座席に座らされたニコは、非常に場違いな空気を感じながら取り留めの無い彼の話に相槌を打っていた。


「おいニコ、東方とはどのようなところなんだろうな。食べ物は美味いのかな? 父上や兄上にも土産を買わねばならんが何が良いだろう」


 どうもこのお気楽次男は、今回の旅を単なる物見遊山だと捉えている節がある。自身の一生に関わる運命の相手を探し出すための限られた機会だと認識できているのだろうか。これを逃すと次に東方へ足を踏み入れられるのは、いつになるか分からないというのに。


「……ディセル様、伴侶となるΩ様を連れ帰るのが何よりの土産になりますよ」

「まあそれはそれとしてだ。おまえ東方には詳しいんだろうニコ? 青い花も見たいんだったな? オレはまあ花にはあまり興味は無いが、宝飾品はどうなんだ東方は? 良いものが見つかれば幾つか買い求めて帰ろう。ニコも欲しいものがあれば遠慮無く言えよ。見た目が貧乏臭いからなおまえは」


 だから金属アレルギーなんですよ、とはもはや言い返す気にもならない。そして青い花を見たいのは名目上はディセルということになっているのだが、もうそんな設定などどうでもいいか、とニコは諦観の面持ちでいた。




◇ ◇ ◇




 ローゼンディア領を出てしばらく進んだところで、本日は町外れに宿を取り1泊することになった。この近辺では高級な部類に入る宿を選んだつもりではあるのだが、予想通りディセルはお気に召さないらしい。天井が低いだの景観が悪いだのもてなしが足りないだのと散々文句をつけては、宿の人間たちの顔を引き攣らせていた。

 大体、道中の進行にしろ宿の手配にしろ、何故ニコがすべてを担うことになってしまっているのだろう。第3夫人の従者たちは何をしているんだ。すっかり誰もがニコに頼りきりになってしまっている。

 しつこいようだが本来ニコは単なる「人探しのプロ」であって、それ以上の役割までこなすつもりなど無かったというのに。

 すっかり気疲れしていたニコに、第3夫人から労いの声がかかった。


「ニコ、このたびは私個人の里帰りのためにさまざまな苦労をかけますね。ディセル様は、なんと優秀な従者を得られましたことでしょう」

「左様ですとも!!」


 ニコが謙遜を返すより先に、当然のように割って入ってきたのはディセルだ。不必要に鼻息を荒くして胸を張っている。


「ニコは本当に目端の効く便利な男なのです! ……とは言え、まあ平民の出ですから、どうにも気が利かないことも多いのですが。見た目も気にしていないため、仕方なく常日頃からこのオレが直々に指南してやっております!」

「まあ、そうなんですか?」


 第3夫人はクスクスとおかしそうに口に手を置いた。

 

「ですがそんなことをおっしゃってディセル様、ニコがいなくなってしまったあとは、一体どうなさるおつもりですか?」


「…………へ?」


 ポカンとディセルは目も口も丸く開けて固まってしまった。第3夫人の笑みは尚も美しく、しかしどこか意味ありげに、ディセルとニコへそれぞれ順番に魅惑的な視線を送っている。

 お戯れを、なんて笑い返したいのは山々なのだが、本来軽々しく会話を交わして良いような相手ではないのだ。ニコは小さく頭を下げた。




「……ニコ、おまえ、いなくなるのか……?」




 第3夫人が部屋へ向かったあと、ディセルは呆然としたまま独り言のように呟いた。


「……まあ、お役目を果たし次第そうなりますね。もともと私はディセル様の『運命のΩ』様を探すためだけに雇われておりますので、それが叶えば用済みです。願わくば、今回の東方の旅で無事に見つけ出せると良いのですが」

「…………」


 まだ口を開いたまま、ディセルは信じられないものを見るかのようにニコを無言で見つめていた。震えているようにも見える。


「…………」

「大丈夫。きっと見つかりますよ、ディセル様」


 ニッコリと業務的笑顔を浮かべ、ニコは従者用の大部屋へ向かうべく主へ敬礼した。


「おやすみなさいませディセル様。生憎お屋敷ほどの寝具ではございませんが、お好きな香りのお茶を淹れましたので、それを飲んでゆっくりなさってください」


 わざわざお気に入りのティーセットに各種茶葉まで持ち込んでいるのだ。これでおとなしくしてもらえなければ、ニコも馬たちも荷物の運び損である。


「ま……っ、待てニコ!!」


 しかし呆けきっていたディセルは、慌てて飛び跳ねるようにニコの手首を掴んだ。ニコとしては明日からの旅程に備えてなるべく早く眠りたいのだが、なかなかそうさせてくれそうな顔はしていない。


「……何です?」

「いや、何ですじゃない!! いなくなるんじゃない!! 何を言っているんだおまえは!!」


 いつものように大声をあげるディセルを、ニコは人差し指を口に当てて諫めた。ここはローゼンディアの屋敷のように、いつ騒いでも差し障りの無いような造りの建物ではない。壁もおそらくは薄いし第3夫人たち以外の宿泊客だっている。

 そんなニコのごく常識的な注進を無視して、ディセルは変わらず声を荒げている。勘弁して欲しい。


「駄目だ!! Ωが見つかったあとも屋敷にいろ!! 結婚後もオレに仕えろニコ!! 給金ならはずむぞ!!」


 もう1度シーッと指を立て、ニコは仕方なくディセルのすぐ間近にまで身を寄せた。大きな声を出させないためである。


「……ディセル様。私の仕事は人探しです。従者としては気も利きませんし社交界のこともろくに知らない平民の出です。ディセル様のお側付きには、もっと相応しい者がおります」

「駄目だと言っている! ……い、今までの従者たちは……皆おまえ以上の役立たずだったし、どいつもこいつも少しも続かなかった」

「それはディセル様がすぐにお怒りになるから」

「おまえはオレが怒っても辞めなかったじゃないか!」

「そりゃ、自分の任務を完遂するまでは諦めませんよ」

「平民だと言ったことを怒ったのか?」

「いいえ、私が平民βであることは事実です」

「平民でもオレは構わんぞ! 許す!」

「出生の話ではありません。仕事の話です」


 ディセルの顔は段々と青ざめてきているように見えた。確かに、自分で言うのも多少気が引けるが、ニコはこの上無く便利な雑用係ではあるのだろう。成り行きとは言え次期当主の妻の帰省までもを取り仕切っている現状。しかも我が儘放題の坊々をあしらいながらだ。誰にでもできることではおそらく無い。

 だがニコは、このまま豪族のもとで窮屈な生活を続けるのはまっぴらだった。やたらとフリフリしたブラウスも、やけに体型にフィットし過ぎたジャケットも、先の尖った細い靴も、もううんざりなんだ。平民には平民の、βにはβの自由も夢もある。




「ディセル様、『運命のΩ』様を何としてでも探し出しましょう。そうして私たちはさようならです」


「…………ニコ……っ」




 あとのことは知らない。ディセルがまた何十人もの従者を取っ替え引っ替え辞めさせようが、『運命のΩ』と幸せな甘い結婚生活を送ろうが。


 まだ何か言いたげだったディセルを残し、ニコは再び「おやすみなさいませ」の言葉を残して部屋を出た。1人であんなにも広い部屋が果たして必要なのだろうか、と思いながら。こちらは今からむさ苦しくも5人もの男たちと同じ部屋に押し込められるというのに。


 それにしてもディセルは、いつからあんな縋るような目をするようになったのだろう。ニコは胸を押さえて下を向いた。




◇ ◇ ◇

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