03.青い花と赤い石
よく晴れて風の通りも良く、当日は実にパーティ日和となった。ディセルはお気に入りの服に身を包み、招待客たちにいつもの己れの自慢話をしつこく聞かせて回っていた。相手の話を聞け、パーティの主役を立てろと何度も言って聞かせはしたのだが、それができるような器ではないのだ。
それに引き換えディセルの兄、ハインツの立ち居振舞いは素晴らしかった。ニコだってああいう出来た主に仕えたかったものだ、どうせならば。妻のエスコートに徹し、同時に現当主である父に気遣い、さらに客を飽きさせないもてなしにも余念が無い。上級αとはああも人を敬服させる力があるものなのか。
そして本日の主役である第3夫人の美しさにもまた、ニコは思わず感心してしまった。黒曜石のような瞳を囲む長い睫毛が揺れるたびに、周囲が色めき立つほどだ。
あらためて、αとΩの優位性を思い知らされる。βである自身の生まれを恥じたことは無いが、αやΩたちのように生まれつきのカリスマがもし自分にもあったならば……と考えてしまうのは、βならば当然のことであろう。
「おいニコっ」
いつの間にか、ディセルがすぐそばで斜め上からニコに耳打ちをしていた。ふわりと香る雄のにおいが、兄ほどではなくともこの男も一応はαであることを主張している。
「もう贈り物の披露が始まっているぞ。オレの分は大丈夫なんだろうな?」
ヒソヒソと囁く声と息がニコの耳をくすぐり、ニコは眉をしかめて半歩ディセルから離れた。αもΩも、βにはあまり免疫の無い至極いい香りを無意識に漂わせてくれるので困ってしまう。
そもそもディセルが贈り物のことを今の今まで半ば忘れていたことを、ニコは知っている。今朝からずっと、自分の服装や本日のご馳走のことばかりを気にしていた。どこまで自分本意なんだ。しかし第3夫人の周りでは、次々と目を見張るような贈り物が開封されては歓声があがり始めていた。
「おまえ何も持っていないじゃないかニコ! まさか間に合わなかったんじゃないだろうな、このノロマ!」
親族一同皆それぞれから、高価な宝石やドレス、香油、菓子などが贈られている。自然に人々の視線は、この屋敷の次男であるにも関わらず、まだ何も献上していないディセルへと向けられていた。
あわあわとあからさまに狼狽するディセルの太もも裏を、誰にも分からないようにニコは軽くつねってやった。そして、堂々としていろと目で合図を送る。
「お……、おめでとうございます義姉上」
取ってつけたような笑顔でディセルは祝辞を述べた。
「ありがとうございますディセル様」
「ディセル、今日は妻のためにすまないな」
第3夫人と夫ハインツが優雅な笑みを返す。なんてゆったりと余裕に満ちた仕草なのだろう。さらにこの日ばかりは後方で控え目に並んでいる他の夫人たちやその子供たちも、また1人残らず見目麗しい。
「あの……、あの、義姉上のためにオレは、ええと……、」
しどろもどろになり脂汗を浮かべてこちらを振り返るディセルに代わり、頭を下げ左胸に手を当てたまま隣に立つニコが続けた。
「本日はまことにおめでとうございます、ファルファラ様、ハインツ様。ディセル様からは少々趣向を変えた贈り物がございます」
「ほう」
「あら」
「えっ何?」
興味深げにこちらを見るハインツ、そして第3夫人ファルファラ。そこへ余計な声を挟んでくるディセル。せめて黙っていろこのあほ坊は。
「ファルファラ様に、少しでも故郷の東方を懐かしんでいただければとの、ディセル様のお気持ちでございます」
ニコが手を翳すと、1つだけ閉じられていた奥のカーテンがメイドたちによって開かれた。
そこには窓一面に、青い小さな花が庭の芝や木々を埋め尽くしてちりばめられていた。
「まあっ……!!」
第3夫人ファルファラは両手で口もとを覆い、思わずソファから立ち上がった。その目は見る見るうちに潤んできている。
「ほう、これは見事だ」
「まさか青い花とはな」
ローゼンディア家でもっとも力を持つディセルの父と兄の2人も、満足そうに頷いている。良かった、どうやら成功したようだ。
「東方にのみ自生するという青い花を再現してみました。生憎まったく同じとは参りませんが、こちらの窓から切り取られた景色そのものが、ディセル様からの贈り物でございます」
ニコの解説に、周囲からは一際大きな歓声と拍手が沸き起こった。満足そうにディセルはその中央でヘラヘラとしている。もっと威厳ある態度でいてもらわなければ、一体この数日にどれほどの苦労があったと思っているんだ。
図書館で東方について微に入り細にわたり調べ尽くし、形のよく似た大量の白い花を手配して、特注の青の染料ですべて染め上げたのだ。こちらの地域には青い花なんて存在しない。おかげで昨日は徹夜であった。
「……ああ本当に、なんて懐かしいんでしょうこの光景。とても嬉しいですディセル様。……なんだか少し、故郷が恋しくなってしまいました」
涙を拭いながら第3夫人は小さく笑った。よし、とニコは顔を上げる。
「実はディセル様も、1度本物の青い花を見てみたいと話しておられました。機会があれば、是非ともファルファラ様の護衛として東方へお供させていただきたいと」
「まあ、ふふふ。そうですね、その折には是非」
見え透いていようが構わない。わざとチラリと兄ハインツと目を合わせ、慌てて目を伏せるふりをしてニコは再び頭を下げた。
何も分かっていないディセルを放置して。
◇ ◇ ◇
東方への立ち入り許可が出されたのは、それから約1ヶ月後のことであった。第3夫人の一時的な里帰りへの付き添いである。何人もの従者を連れて行く中に、ニコもどうにか紛れ込むことに成功したのだ。
「えっ?! オレは?!」
ディセルが頓狂な声をあげる。ニコは旅支度をしながら面倒臭そうに答えた。
「あれはただの建前ですよ。ディセル様が何日もお屋敷の外で過ごせるはずがないではありませんか。ディセル様の名代として私が第3夫人のお供をいたします。この機会に東方のΩの情報を何としても掴んでみせますので、このままお屋敷で吉報をお待ちください」
けれどもディセルは納得しなかった。動き回るニコの前後左右に立ち塞がるようにいちいちつきまとってくるので、邪魔で仕方が無い。
「し、しかし兄上にはオレが護衛をするとあの場で申し上げたじゃないか!」
「ハインツ様も分かっておられますよ、実際に行くのは私だけだと。ディセル様に誰かの護衛なんてできるわけありません」
「……いや、だが、だが! だとするとおまえはまた、何日も留守にする気かニコ! 許さんぞ!」
「ディセル様の『運命のΩ』様のためです」
「駄目だ許さん!! おまえがいないとまたオレは色々と日常に不便するだろう!」
「お待ちくださいと言ったらお待ちください」
「嫌だ!! どこへも行くなニコ!!」
まるで小さな子供の駄々だ。誰のために東方行きを画策したと思っているんだ。何と言って諭そうかとニコが手を止め、ディセルの顔を見上げたときだった。
「おいニコ、これをおまえにやろう」
「は?」
いつぞやとまったく同じ台詞で、ディセルはニコに何か光るものを差し出してきた。ディセルの指の間には銀色のチェーンが絡まっている。そしてその先端にはどこかで見たような小さな赤い石が2つ、チェーン以上の存在感を放って煌めいていた。
「……これ、あのときのピアス……ですか?」
「おまえがピアスはしないと言うからだ。仕方無いだろう。ネックレスに作り直させたぞ。つけろ」
目を丸くするニコに、ディセルは得意げにさらに眼前へとそれを突き出してくる。なるほど確かにもとはあのピアスだ。2つ並んで赤い石が、新たな意匠で上品に揺れている。
「……いえ、いただけません」
「はああ?! またか!! 何故だ!! 何故なんだふざけるな!!」
ディセルはけたたましく険しい顔でがなった。さすがに少々申し訳ない気持ちも湧いてくる。
「……お忘れでしょうが、私は金属アレルギーです。長い時間、肌に金属を触れさせてはいられない体質です」
「え!! この間はそんなこと言ってなかったじゃないか!!」
「こちらのお屋敷へ参ってすぐに申し上げました」
「何いっ?! 何度でも言え馬鹿者が!! おまえは本当に気が利かんな!!」
「申し訳ありません。それにやはりそのような高価なものは受け取れません」
ディセルの顔はこれ以上も無く不機嫌に歪められていた。
それにしても、そんなにもみすぼらしいだろうか。ニコは思わず自身のジャケットに手をやった。アクセサリー類は身につけられないものの、名家の使用人として恥ずかしくないような格好を日々心がけているつもりなのだが。
「……分かった」
ものすごく不満そうに、ディセルはネックレスを引っ込めた。しかし、やっと話は終わりかとニコが再び着替えの用意を始めようとすると、彼はニコを睨みつけその荷物の上に両手をついて告げた。
「ただし東方へはオレも行く。支度をしろ」
「…………げっ」
◇ ◇ ◇




