第82話:既成事実のトップダウン、不便な正論と快適な違法
視察8日目の朝。
俺は、ギルド長の執務室に呼ばれていた。
いつものように、ノックを2回。
「カツラギです」
「どうぞ」
短い許可の声を聞き、扉を開けた。
「おはようございます」
室内には、デスクの奥で書類に目を通すラテリスの姿があり、応接用のソファにはシヴィリオが腰かけていた。
「おはようございます、カツラギさん」
「おはよう、カツラギ殿」
挨拶を交わすと、俺はシヴィリオの対面に腰を下ろした。
「早速だが、私がここ数日、第7区を回っていた理由を、この場で共有しておこう」
彼が切り出すと、執務室の空気がわずかに変わった。
「この第7区において、冒険者ギルドを通さない、冒険者と業者の直接取引が常態化している形跡があった」
シヴィリオの口から発せられた言葉は、俺の脳内にあった仮説のピースを、カチリと音を立てて埋めるものだった。
「一部の不良冒険者による小遣い稼ぎといった類のものではない。一定数の冒険者が、採取した素材をギルドに納品せずに業者へ直接卸している。それも、組織的な規模でだ」
「それは、王都の法において明確に禁止されている行為ですね」
俺が確認するように言うと、彼は頷いた。
「知っての通り、市場の価格統制と品質の保証、および魔物素材の不正な流通を防ぐため、ダンジョンで得た素材は原則として冒険者ギルドを介して市場に流通させなければならない。これはダンジョンを管理する、冒険者ギルドという組織の根幹に関わるルールである」
「組織的な規模、ということは、個々の冒険者が勝手にやっているわけではなさそうですね。どういう構造になっているんですか?」
「ベレンテという、ポーション製造業者が中心となって、冒険者から直接素材や魔石を買い取り、それを加工して小売業者へと流しているらしい」
それは、ギルドという正規の流通を丸ごと迂回した取引網が出来上がっているということだ。
だが、ギルドを通さずにそれだけの量の素材を安定的に仕入れるには、相応の資金力と冒険者との繋がりが必要になる。
「ですが、ギルドを迂回して多くの素材を集めるには、一業者の力だけでは足りないはずです。複数の業者が連携しているということですか?」
「その通りだ。単なる横流しとは毛色が違う。彼らは自分たちの経済圏を、ギルドの外側に再構築しようとしている節がある」
何故、在庫があるのにギルドには回さないのか。
その答えが見えてきた。業者は、ギルドから仕入れた素材で商品を作っているわけではない。冒険者から直接買い取った素材で生産しているのだ。ギルドの流通網とは最初から切り離された、独自の仕入れルートを持っている。
だからこそ、ギルドから追加発注をかけられても応じる義理がない。彼らにとってギルドは、もはや取引先ですらないのだ。
「違法行為が確認されたのであれば、直ちに取り締まりを行います」
俺たちの会話に被せるように、ラテリスが言い切った。
「当支部の管轄下において、そのような規律違反が横行していることは見過ごせません。関与した業者には、ギルドとの取引停止を含む処分を検討し、冒険者たちにも相応の罰則を科します」
彼女に動揺は感じられない。
組織のルールに対する違反が報告された。ゆえに、該当する要素を排除して規定通りの状態へと復旧する。そこには、相手の事情を酌むような遊びの空間は存在しないようだった。
「カツラギ殿。貴君はどう見る」
シヴィリオがこちらに視線を向けた。
「違法行為に対処すること自体は、組織運営の観点からは妥当でしょう。ですが、何故多くの業者と冒険者が、法を犯すリスクを背負ってまで直接取引に走ったのか。その理由を確認すべきではないでしょうか」
俺の提案に対して、ラテリスはすぐに反応した。
「理由を知って、どうするのですか。いかなる事情があろうとも、違法行為であることに変わりはありません。見過ごせば、ギルドの法と権威が失墜します。それは長期的に見て、組織の腐敗を招く問題です」
彼女の言うことは、管理職としては正しい。ルールを曲げれば、いずれシステム全体が崩壊する。
「そうですね。もしこれが純粋な利益目的の不正であれば、即座に取り締まるべきでしょう。ですが、彼らにそうせざるを得ない事情があるのだとしたら、一方的に処分した場合に彼らはこの第7区を見切り、別の区へと拠点を移すかもしれません」
俺は言葉を区切ると、ラテリスを見据えた。
「権威を守るために当事者を全員締め出してしまえば、第7区の経済圏そのものが縮小します。それは、ギルドにとっても長期的な利益の損失に繋がるはずです。違法行為を見逃すわけにはいきませんが、彼らが直接取引に走った原因を把握しなければ、同じことが繰り返されるでしょう」
多くの人間が同時に同じ行動に走る時、それは個人の倫理観の問題ではなく、仕組みの側に原因がある。
「カツラギ殿の言う通りだ」
シヴィリオの落ち着いた声が響いた。
「監査官としても、事の背景を把握せずに処罰を下すのは本意ではない。まずは事実関係と、彼らの言い分を確認するのが筋だろう」
「承知しました」
ラテリスは、表情を変えることなく頷いた。
監査官の判断は重い。彼女の徹底した法令遵守の信念からすれば納得のいく結論ではないだろうが、組織の指揮系統に従うだけの合理性は持ち合わせているようだ。
「では、まずは取りまとめをしている業者から、事情を聞くということですね」
「そのための手筈は、すでに整えてある。昨日、件の業者であるベレンテと接触して、冒険者ギルドの人間が話を聞きに行くという了承を取り付けておいた」
「……仕事が早いですね、監査官殿」
俺は思わず、呆れたような声を出してしまった。
この男は、俺の主張もラテリスの反応も織り込み済みで、事前に根回しを済ませていたというのか。
会議の場において、『これからどうするか』を議論するのではなく『すでに手配済みの選択肢』を提示して承認だけをもぎ取る。実務に長けた優秀な経営層の手法だ。
「今日の午後、彼の工房を訪ねることになっている。カツラギ殿、貴君に聞き取りを任せたい」
「私ですか。あなたかギルド長が直接聞くべき案件ではありませんか?」
「権力を持つ者が前に出れば、口を閉ざすかもしれない。貴君は第7支部の運営に直接の権限を持たない外部の人間だ。利害関係のない第三者が聞く方が、ベレンテも話しやすかろう」
「なるほど。承知しました」
俺が頷くと、ラテリスが口を開いた。
「シヴィリオさん。私への報告の前に、対象者と接触を持たれていたのですね」
「監査官の権限による事前の状況確認だ。何か問題があるかな?」
「いえ。監査の手法に異を唱える立場にはございません」
彼女は淡々と答え、手元の書類を揃えて脇に置いた。
「委細、承知いたしました。では、その面談には私も同席させていただきます。この第7支部のギルド長として、管轄下で起きている問題の全容を把握する義務がございます」
「もちろん、構わない。当事者である貴女が同席する方が、話も早いだろう」
話はまとまった。これで、午後からの段取りが決定した。
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午後。
俺は本館のロビーでラテリスと合流した。
彼女はギルド長のコートを肩に羽織り、朝と変わらぬ涼しい表情で立っていた。これから違法行為の当事者に会いに行くというのに、その佇まいには緊張の色すら見当たらない。
エントランスの扉を抜けると、2台の馬車が並んでいた。
前の馬車の傍らにシヴィリオがいたが、ラテリスは執事服を着た男に迎えられて後ろの馬車に乗り込んでいった。2台あるのは、別の家の貴族だからか。
「カツラギ殿、こちらに乗りたまえ」
シヴィリオの隣には、赤い髪を後ろに束ねた、若い女性の姿があった。
意匠のある軽装の鎧を身につけており、腰には長剣を帯びている。表情は硬く、こちらに視線を合わせようとしない。
「紹介しておこう。彼女はアスピオン家に仕えている騎士、イエナリーラ。貴君もよく知るオルガマリナ殿の従妹にあたる者だ」
オルガの血縁者なのか。
あの豪快で懐の深いギルド長と、目の前の寡黙な女騎士。共通しているのは髪の色と、武人としての気配ぐらいか。血縁だと言われなければ分からないな。
俺の世界でも要人警護の専門家が存在したが、この世界では貴族に仕える騎士がその役割を担うということか。シヴィリオのような貴族が街を歩く以上、こうした護衛は欠かせないのだろう。
「はじめまして、カツラギです。よろしくお願いします」
俺が会釈すると、イエナリーラはびくりと肩を跳ねさせて、こちらを見た。
「はじ、はじめまして……イエナリーラです。お、御身は私がお守り、しますので……ご安心くださいィ」
最後の声が裏返っていた。
この硬い表情は、実は緊張しているだけなのかもしれない。それで要人警護が務まるのか気になるところではあるが。
「人見知りが激しいだけで、腕は確かだ。心配しなくていい」
シヴィリオがさらりとフォローを入れた。
まあ、彼が傍に置いているのだから、本当に優れた騎士なのだろう。
イエナリーラを見ると、彼女は俺と目を合わそうとはしなかったが、その視線は常に周囲に向けられている。油断のない鋭さだ。
彼女は馬車の周囲と内部を素早く確認すると、シヴィリオを促した。彼は無駄の無い所作で乗り込んでいく。
続いて俺も案内され、乗り込んだ。彼の向かいに腰を下ろす。
イエナリーラが座席に着いて扉を閉めると、馬車が静かに動き出した。
ギルドの管理が及ばないところで、帳簿に載らない経済圏が形成されている。
それが何故生まれたのかについては、ラテリスの改革が無関係だとは思えない。
一介の業者が、そして冒険者たちが、何故王都の法を犯すというリスクを背負ってまで、ギルドの流通網を避ける覚悟を決めたのか。その理由は、これから向かう先で明らかになるだろう。
俺は馬車のわずかな揺れに身を任せながら、ベレンテとの対話のシミュレーションを始めた。




