第2話 早くもヤバい奴がやって来た!
午後7時過ぎ、帰宅した岩門絵理子が愛車を車庫入れしているとこの界隈ではあまり耳にしない重いエンジン音を伴って大型バイクが接近してきた。
「だ、誰よッ!?あんなデカい単車に乗ってる人、ご近所にいないはずだけど……」
幸い昨年購入したテラコッタピンクの軽自動車は既に旦那の黒い国産SUVの横に収まっていたからクラクションを鳴らされる怖れはなく、彼女はどうやら全身を黒革のライダーズファッションで固めているらしい怪バイカーが恙無く眼前を通過してくれるのを期待したのだが、豈図らんやあろうことが今日転入者が越してきたばかりの隣家へ乗り入れてしまったではないか!
『ま、まさかあれが阿津間さんなの?
だったら業者さんの話とはイメージが全然違うじゃない……若い三人兄弟でみんなタレント並みの容姿ですよとか言われて密かに期待してたのにマジでゲンメツだわ……!』
歯噛みしながら自宅に駆け込んだ絵理子であったが異様に静まり返った我が家の雰囲気にただならぬものを感じ、子供たちには厳命している手洗い嗽をスキップして一家団欒の場であるリビングを覗いたのだが、そこに発見したのはあたかもクビ切りを宣告されたかのように両手で頭を抱えてソファに深々と身を沈める夫のみであった。
「ちょっと……一体どうしたのよ?
子供たちはどこなの?」
妻の帰宅に気付かぬはずがないのに一人勝手に黄昏ている夫に困惑よりも怒りを覚えながら詰問する絵理子であったが、図太いことに岩門駿平は顔を上げようともせず消え入るような声で「二階だ……」と答えるのだった。
「──まさか駿之介もなの?
それでちゃんと晩ご飯は食べたんでしょうね?
あたし冷蔵庫にブリのお刺身入れてあったでしょ?
あとはスーパーのポテサラとインスタント味噌汁で済ませといてって莉音にも言って出かけたんだけど……」
「ああ、駿之介と頂いたよ……だが莉音は……阿津間さんから頂いた銀十字(県民なら知らぬ者の無い老舗の洋菓子メーカー)のサブレ食べるから要らんと……」
図らずもここで懸案の名が飛び出した訳だが、とりあえず趣味はともかく菓子折持参で挨拶に来る最低限の常識は備えているのが確認できて絵理子は僅かに安堵したのだが──
「また何でそんな……まさか駿ちゃん、お客さんの前であの娘の気に障るような態度取っちゃったんじゃないの?」
旦那から距離を置いて長椅子にへたり込んだ彼女に顔を向けることもなく、“絶望者の体勢”のまま岩門駿平は首を振る。
「決してそんなつもりじゃなかったんだ……ただあの連中の印象がどうにもヤバかったもんで……つい娘を守る父親を熱演しすぎちまったらしい……」
あまりに深刻ぶった告白に絵理子は思わず吹き出しかけたが、先ほど目にした革ジャン男を想起すると夫の気負いは全くの杞憂とも言い切れない……。
「ふ〜ん、それで阿津間さんってどんな方だったの?
やっぱりあんなゴッツいバイクブン回すくらいだからいかにも元暴走族って感じのコワモテなの?」
この質問があまりに意外だったのか、ようやく躰を起こした家長が不思議そうな表情で
「いいや、全然……でも何で?」と応じる。
「だって、それこそ今、爆音を轟かせてお家に入ってったじゃない……呆れた、気付かなかったの?
もしあれがそうじゃないとしたら……あっそうかッ、もしかして引っ越し祝いに駆けつけたお友達かも!
でもそれならそれで穏やかじゃないカンジもするなぁ……まさか頻繁に遊びに来るなんてことがなきゃいいけど……」
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「──総帥、まさか新潟からいきなり岡山までジャンプするとはさすがに驚きましたよ。
まあその前は千葉でしたからこっちもいつでも動けるようスタンバイはしてましたがね……」
長兄の景之を中央にして長椅子に着座した阿津間三兄弟とテーブルを挟んで対峙した紺堂武彦は来客用ソファに巨体を沈めてこう苦笑したが、表情一つ変えない相手方に小さく肩を竦めて沈黙した。
「手間をかけるがこればかりは致し方ないのだ……尤も君も理解しているように、この移動と行先を決定しているのはあくまで〈闘主〉であって我々ではない。
あの方にしか感知できぬ、一瞬毎に変動するこの地球の力流を確実に読み取り、最大限の戦力を【闘幻境】に送り込むためのいわば足固めがこの〈場所替え〉なのだからね……」
阿津間家の長による謎の言葉に大きく頷きながらも、短髪を針鼠のごとく逆立てた古代ローマ人を彷彿とさせる彫り深い容貌の来訪者は「ですがこれだけ本格的な住居を整えたということは、少なくとも1年はこの土地に腰を据える方針と邪推したのですが……?」と述べ、景之も真顔で首肯する。
「さすがは我が“異空遠征軍”【影神団】において僅かに二人を数えるのみという地上人5年生だけのことはある──今回も何人戻って来られるかは分からんが、他ならぬ紺堂遠征長が鍛えた戦士たちならばまず間違いなく最高の結果を出すことだろうと信じて疑わぬよ……!」
隣家の住人に披露した外見相応の口ぶりとは対照的に老成した将軍のごとき貫禄ある口吻で激励する上司?の美しい双眸を見据えながら、精悍なる遠征長は殊更声を低めて問い質す。
「ところで……この地に長逗留となると帯刀の奴にも既にお声がけを?」
一瞬の沈黙の後、阿津間景之は穏やかな笑みを浮かべて愉しげに答えた。
「──ふふふ、やはり宿命のライバルの動向は気になるらしいね?
むろんもう一人の遠征長として帯刀匡三郎氏にも通達はしてある。
しかし、前回の異空戦場における“死神将軍”バルメスとの決着戦において愛刀を失ってしまったことでもあり、現在飛騨山中にて新たな相棒を生み出そうと日夜苦闘しているそうだ──むろん彼が率いる【鳳凰陣】の精鋭たちは副官・冴木君の采配によって些かの懈怠も見せてはいないというから頼もしい限りだが……」
一切表情を変えることなくここまで聞いた紺堂は冷静な、されど明らかに辛辣な口調で断言する。
「これはあくまで私見ですが、バルメスは未だ健在と存じます──といいますのも、いかに入神の技倆で振るわれようが、たかが刃物による切断技によって幾十度の生体強化措置を受けたエクルーガ軍人を屠ることはまず不可能と確信しておるからです。
ですがまあ総帥がそう仰るからには天眼鳥によって死神将軍の状態をつぶさに確認されておられるのでしょうが、いかに彼奴を微塵に斬り刻もうがそれはあくまで仮想躰に過ぎず、その奥深くで脈動する魂核が虚空戦闘艦に無事帰還したのであれば何度でも復活してくるはずです……」
「たしかにな。
つまり、君が言いたいのはこういうことかね──不死者を葬るには不死者を以てするしかないと……」
その瞬間、紺堂武彦の両眼が明らかに人工的な青い電光に煌めき、剥き出された不自然なまでに整った白銀の歯列が死神の鎌のごとき不吉な光芒を放つ。
「──その通りです。
そして私は総帥に頂いたこの第二の躰を信じておりますから……!」
先程までの尋常な声色とは明らかに異なる電子的音声がこう言い切るのを苦笑しつつ手で制した阿津間景之と名乗る何者かは、面映ゆげにこう言いながら立ち上がり、弟たちも追従する。
「分かった分かった……だがね紺堂遠征長、賢明な君なら理解していようが礼を言うならその相手は私ではないぞ──いい機会だ、ついさっき運送屋が闘主を届けてくれたから、ここで改めて感謝の意を表するがいい……!」




