第3話 恐怖の球体─その名は【闘主】
何故か二人の弟の同行を制して奥の和室に来客を導いた阿津間景之がサッと襖を開いた瞬間、雨戸を閉め切った6畳の空間には金色の淡い燐光に包まれた直径1.5メートルほどの異様な球体が鎮座していた。
「──灯りは点けん、その必要もないからな……。
ところでこれは滅多にないことだが、今夜君に来てもらったのはいつものように私を介してではなく、特例として闘主が直々に伝達したい指令があるとのことだ。
従って内容はこちらも全く関知していないことをまずお伝えしておこう。
それでは紺堂遠征長、前へ……」
「はい、了解しました……」
実に全身の85%が機械化されているにも関わらずその声色も全身も細かく震わせているらしい“異空遠征軍”影神団傘下組織【ダークネスリング】リーダーは187センチの巨体を折り曲げて謎の球体から1メートルほどの距離を置いて正座し、その後方に腰を下ろした総帥がそっと囁く。
「承知しているだろうが、闘主は常にここにおられる訳ではない──そして決して影神団だけを見守っておられる訳でもないのだ、何しろこの地球上の世界各国では現在11もの異空遠征軍が活動中なのだからな……!
そして闘主は我が主戦場であるエクルーガの他に4つの時空を常時監視下に置いておられるため、お呼び立てしたとてそれらの状況次第では御降臨にかなりのラグが生じる……私の経験では最長で1時間06分という事例があったが、ふふ、今回はその必要はないから安心するがいい……」
その言葉を裏付けるかのように球体面の中心部に変化が生じた──光度が心なしか強まり、直径30センチほどの隆起が生じたのだ。
それはモコモコと厚みを増し、これまで発光する球体としての闘主にしか謁見する機会を持たなかった紺堂は初めてそこに何らかの形象が生成されるのを目の当たりにしたのだったが──。
『どういうことだ?
これはどう見ても顔じゃないぞ……では一体何なのだ?……あっ、そうだッ、手だッ!!』
その事実を武彦がハッキリと認識した時には丸太ん棒のような金色の腕が目の前まで飛び出しており、次の刹那、左右どちらとも判然とせぬ巨きな手がガッチリと胸倉を掴んでいたのだ!
「そ、総帥ッ、これは一体ッ……!?」
慌てて振り向こうとするも怪腕の凄まじい剛力によって手前に引かれ、真横までしか首を曲げられぬサイボーグ戦士を阿津間景之は痛ましげに見つめながら静かに首を振って惜別の辞を呟く。
「──さようなら、紺堂遠征長。
今までご苦労だった……どうかゆっくり休んでくれたまえ。
むろん志半ばで世を去るのは無念千万だろうが、どうか安心してほしい……君が手塩に掛けて育てたダークネスリングは景充がしっかり受け継ぐからな……!」
こう告げた後に影神団総帥が右手を掲げて敬礼したのは傍目にはタチの悪いジョークとしか見えなかったが、当の武彦はそれを視界に入れることすら叶わなかった。
「あぎゃきひいいいいッッ!!!」
パニックに陥った生身の人間そのもののけたたましい悲鳴を上げながら紺堂武彦が一瞬にして球体内部に引き込まれてしまったのを見届けた影神団総帥は敬礼を解いてゆらりと立ち上がると、徐々に光を弱める球体を振り返ることなく電光石火の神業で犠牲者からスリ取ったバイクのキーを握りしめながらそっと襖を閉じるのであった──。
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翌日の早朝5時前、一家の誰よりも早く起床した岩門莉音は不定期ながらも励行してきた早朝学習などとても手に付かず、素早くジャージに着替えるとベランダに出てそれとなく隣家の様子を窺った。
『……今日は振替休日だけど、景充クンは何して過ごすのかしら?
もちろん引っ越し作業も完了には程遠いだろうから1日中それに追われる公算が大だけど……兄弟揃ってアリオン(市中心部にある県下最大の商業施設)に生活必需品でも買いに行くのかな?
それに彼、どこの高校に転入するのかしら?賢そうな顔してるからトーゼン普通科だろうけど、まさかあたしが通ってる葵学園ってことはないわよねえ……だって去年やっと男女共学になったばっかりだし……。
となると、晴れて一緒に通学できるのは大学に入ってからかな……でももし国立大志望ならあたしもウンと頑張らないと……何せこれまでは都会へ脱出することしか考えてなくて完全に私立狙いだったもんね……あらッ、玄関から誰か出て来た──あっそうか、昨日の晩突然やって来たバイクおじさんがお帰りになるのね……それにしてもあの知的な景之さんのお友達にしてはガラの悪いお人だこと……でも、あんなに小さかったっけ?
それにヘルメット以外の服装が全然違ってるみたい……』
まさしく既にメット着用のライダーは革ジャンこそ羽織っているものの、下は昨晩目にしたはずの革パンにブーツではなくジーンズにスニーカーといった出で立ちであり、玄関前に停めてあった黒光りする国産の大型バイクを慣れぬ様子で道路まで押し出してからそそくさと跨る。
『あれってホントに本人なの?
どー考えても違う気がするんだけど……。
ひょっとしたらあれは景之さんで、お友達に借してもらったのかな?』
莉音がそう思った瞬間、おもむろに振り返ったライダーが黒革のグローブを嵌めた手を振ってきて、慌てた彼女は力を込めて応じながら『やっぱりそうだったんだ……ヘルメットと手袋だけは借りたって訳ね──行ってらっしゃい、でもくれぐれも安全運転でお願いしますね……だってあなたに何かあったら、景充クンたち早速今日から路頭に迷って、夢のキャンパスライフどころじゃなくなっちゃうんだから……!』と心中で語りかけるのだった。




