10:擬態の英雄 下
邪魔をする手立てを聞いたアンザは、気づけば"壁"の駐屯地のテントにいた。
先ほどまで立っていたはずの態勢が、急に座る態勢に代わり、一瞬体が傾く。
(移動していないのに、駐屯地に戻ってくるとは…。何をされてここに来た…?
まぁ…あの二人を気にしても今は答えは返ってこないだろう。今は目の前に集中するか…。)
サクフィスの説明を聞いてここに至るまでに、"擬態"の力の使い方を少し聞いたが…体と脳が完全に熟知していた。
サクフィスにつけられた黄色の指輪は、いつの間にか指に転写されている。
指輪のなんらかの力が働き、アンザに対して力の使い方を覚えさせたとしか思えない。
(サクフィスの話によると、正史ではこの後レイヴァンが駐屯地にやってくる。
レイヴァンと合流した俺は、その流れで"深淵なるもの"が出て襲撃にあうらしい…。)
"深淵なるもの"…。この世界で見ると非常に危険な存在らしい。
この時代で"深淵なるもの"は、悪い意味で有名になる。
…が、俺をアンノーマルから守ってくれる存在…という話を受けた。
「深淵なるものって、いったいなんだ…?明らかに異質だって話だが…」
「アンザ!アンザさんは、ここにいますか…!」
少し深淵なるものについて考え事をしていると、テントの外から聞き馴染みのある声が響く。
(レイヴァンの声だ…。ここに来るってのはサクフィスの話の通りだ…。ということは…本当にレイヴァンは…。)
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「ふひひ…。アンザさんは、この後…"壁"の近くにある駐屯地で目を覚めるでしょう。
そして、数刻後にレイヴァンさんがきます…。」
「レイヴァンが駐屯地に…?」
「えぇ、来ますとも。残念ながら正史では、自分を犠牲にしてアンザさんを王国に送り込むんですねぇ…。
いやぁ…漢ですねぇ…。国の大事な柱としての役割が至極立派です…。まぁ死んだら元も子もないですがねぇ…。」
「お、おまえ…!」
「おっと、怒らないでください?万が一、レイヴァンさんを救うなんてことをしたら、"アンノーマル"に気づかれますよぉ?
気づかれたら計画は失敗して、フレア・イントマス全国民が"アンノーマル"の糧になってしまいます。いいんですかぁ?」
「くっ…。」
「ふひひ、アンザさんには酷ですが…。レイヴァンさんには正史通り死んでいただきます。
と、言っても…すでに死んでいるようなので、レイヴァンさんの皮をかぶった敵だと思ってくださいねぇ…。
対処は簡単です。"擬態"の能力を使って…レイヴァンさんや勇者を騙してください。」
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アンザは、サクフィスに言われたことを思い出しつつ、目の前にいたホーンラビットに"自身の擬態化"させようと試みた。
左手をホーンラビットにかざすと、ホーンラビットがみるみるうちにアンザへと変化していった。
「うお…すごいな…。俺が目の前にいる…。」
「半信半疑だったが、上手くいったな。イメージを具現化して擬態できるなんて見事だ。」
考えや思考、動きや癖など…完璧に擬態化させる"擬態"の力は想像以上だった。
目の前に自分がいる。なんとも不思議な感覚だ…。
「内容はわかっている。これからレイヴァンに会って、そのあと王国に向かって走ればいいんだよな?
んで、その道中で俺が勇者に殺されると。」
「あぁ…損な役回りですまない…。」
「いいんだ。俺は擬態によって具現化した"俺"だからな。俺の言うことは俺の意思さ。
じゃあ…レイヴァンを迎えに行ってくる。俺…いや、お前は"深淵なるもの"との接触を試みてくれ。破壊活動を行う時間が迫っている。」
擬態アンザは、テントから出てレイヴァンを歓迎する声を出す。
レイヴァンは見事に騙されており、事の顛末を擬態アンザに話している声が聞こえる。
(さて、これで一つ目の"邪魔"ができた。…次だ。)
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「ふひひ…今後…そうですねぇ…20年間後でしょうか。アンザさんもご存知のナガミ様が現れます。
その時までアンザさんは"アンノーマル"から隠れ続ける必要があるのですよぉ。」
「20年後…!?なんでそんなに時間がかかるんだ!?それに…隠れるってなんでだ?」
「ナガミ様は、"アンノーマル"に見つかり、彼が最初にこの世界に入った時間軸に強制的に戻されたのですよぉ。
力の制御がまだできていないようで、世界の理そのものを殴って、気づかれて戻されたといってもいいですねぇ…。
彼が戻された時代は、この時代から数えてちょうど20年後なのです。ふひひ、スケールがデカいデカい。」
「そうか…。もしかして、その…世界の理を殴った…ってのが、俺がナガミを覚えていなかった原因なのか…?」
「わからないですねぇ…。世界の仕組みは世界しか知らないのでぇ…。ひひひ。
話を戻しますがぁ、20年後、この世界をどうにかするには、アンザさんが持つ"擬態"の力は必要になります。
ナガミ様の手助けができるように、この力を死守しなければなりません…」
「それなら、"アンノーマル"から隠れる必要なんてないんじゃないか?20年間生き延びれば…」
「本来であれば"エルルの民"が持つ能力を"持っていない"と気づかれれば、"アンノーマル"は異物を検知して、世界崩壊を起こして再編成するかもしれませんよぉ?ひひひ…。
だからこそ、世界をどうにかするためには、"擬態"の力を20年後まで守り続けないといけないです。
隠れ続けるためには、"深淵なるもの"と組む必要がありますねぇ。」
「深淵なるもの?なんだそれ…?」
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サクフィスは、助言をたくさんくれた。
それによって、俺こと"アンザ"は本来死ぬ運命から死なずに、将来につなぐ役目を担うことになった。
「とんだ、重責を背負わせやがって。
ナガミ…お前が戻ったら文句言わせてもらうからな…。まぁ、そのころまで俺が生きてればの話だがな…。」
アンザは、"深淵なるもの"の出現するところに足を運んだ。
サクフィスの話によると、"深淵なるもの"は駐屯地から離れた古い小屋から出現するといっていた…。
「誰もいないこの小屋から…深淵なるものが出てくる…?」
見たところ、小屋は静寂に包まれている。
扉を開けようにも、小屋の中には生き物の気配はなく、静寂を守っている。
夜ということもあり、光が灯っていない小屋の中の様子は確認できない。
「少し古い小屋のようだ…。しかし…。気づかないものだ。」
この古い小屋は、駐屯地から少し離れたところにあった。
サクフィスに言われなければわからなかったぐらいには、人目を避けたかのように鎮座している。
「ふむ…。尋ね人とは珍しい。
悪いがこれから用事があるのでな。お引き取り願いたい。」
不意に後ろから声が聞こえた。
声色からして、男性…目的の人物のようだ。
それに…ただ後ろにいるだけじゃない。
無数の殺気と何かに狙われてる気配が一斉に、こちらに矛先を向けている。
「警戒するのはごもっともだ…。背中を向けたままで、話そう。俺は、アンザ。
世界崩壊を阻止するために、独自で動いている。」
後ろにいる存在の殺気だけで、全身から冷や汗が滲みでる。
下手したら死ぬ…。体がそう直感して動けない。
「アンザ…。ふむ、貴様がアンザか。」
アンザという名前を聞いた途端、殺気に満ちた無数の視線は無くなり、気配が一つにまとまった感覚を背中で感じた。
「アンザ、一つ質問していいか?」
後ろにいる存在は、間違いなく"深淵なるもの"だろう。
いや、これからそう呼ばれるのかは…正直今の段階ではわからない。
「質問とは?答えられる範囲で答える。」
「世界を変えた者が誰だかわかるか?」
「その質問は俺を試しているのか…?」
「いいから答えなさい。」
声色はどすのきいた男の声…だが、先ほどの様な殺気を感じない。
…ここはサクフィスに言われたとおりに話を進めるべきだ。
「その答えは…"アンノーマル"だ。少なくとも俺たちはそう考えている。」
「なるほど。"アンノーマル"…。聞き馴染みのない名だ。では、質問を変えよう、アンザは何故ここにきた?」
アンザの頬を冷や汗が伝い、首筋に流れていく。
ここで協力関係を結べなければ、自身の身も世界の崩壊も阻止することができない…!
「俺は…貴方に協力関係を結びに来た。やりあうつもりは毛頭ない。
…"アンノーマル"を出し抜くためには、正史の状態で邪魔をしていくしかない…!俺はこの先を知っている。
だからこそ、この時代に生きる俺は、"アンノーマル"を倒すために、貴方の協力を得ないといけない…!」
「"アンノーマル"と呼ばれるのが、世界の秩序を乱している元凶か…。
だが、その話をどう信じろと?今…アンザが答えた話が事実であるという証拠はどこにある?」
「貴方の用事ってのは、わかってる。これから、駐屯地を襲うだろう?この事実を知っているのが、証拠だ。」
アンザは、意を決して恐る恐る後ろを振り返る。
そこには、黒いフードをかぶり、全身黒いローブに包まれた男がいた。
背中に何か背負っている。よく見ると、その何かから子供の手が見える…。
「なるほど、理解した。私の用事を理解しているということは、アンザも世界を見ている側…と捉えたほうがよさそうだな。
失礼、私は…セリオス。この背負っている子は…この"世界の希望"だ。」
「セリオスさんか、突然のお話しにもかかわらず理解いただき感謝します。」
聞きたいことは山ほどあるが、まずは警戒を解いてくれたセリオスに、アンザは一礼して感謝を述べた。
セリオスは、アンザの一礼を見たあと、直ぐに背を向けた。
「感謝など、今やるべきことではない。用事がわかっているのであれば、次のアクションはわかっているな?」
アンザに聞こえるように、セリオスは言葉を吐き捨て、駐屯地がある方に歩みを進めた。
歩く姿を見て、アンザは意を決し、少し距離を置いてついていく。
暫く歩くこと数分。
静まり返った、駐屯地へと足を運んだ。
運んだが…。他の兵の気配がしない。
「アンザ…。近衛兵長のお前には悪いが、ここを焼き払わねばならない。大丈夫か?」
セリオスは、念のためと言わんばかりに、後ろで距離を取っているアンザに確認を取った。
「あぁ…問題ないといえば噓になるが…。世界を崩壊させないためには必要なことらしい…。」
サクフィスは別れ際に、駐屯地が攻撃される結果になっても止めるなと言っていた。
本来であれば信じることを拒む話だが…。
("アンノーマル"の邪魔をしなければ世界が崩壊する…。)
「世界を崩壊させない為に、自分の環境を壊すことを選択するとは…。
まぁいい。しばらく下がっている。すぐ終わる。」
セリオスは地面に何やら言葉を書き始めた。
見たことのない字…。数々の派遣の職務で各地へ移動する機会があったアンザですら、見たことのない言語を用いていた。
『火は時に綻び、対象を意図せず燃やし尽くす。
土は地と共鳴し荒れ狂う嵐となりて、すべてを壊す刑を実行す。
我が防衛の本能において命ずる。大知よ、炎よ…。目の前のすべてを滅却せよ。』
「うぉおおぉ!!!」
セリオスが、地面に書いてあるであろう文字を口にすると、地面が青白く光り、一瞬にして駐屯地は炎に包まれた。
勢いは凄まじく、アンザの体は少し吹き飛び、地面に倒れこむ。
「倒れていないで行くぞ。目指すは駐屯地の真ん中だ。恐らく奴…アンザがいう"アンノーマル"に関係する者もそこにいる。」
アンザはセリオスの言葉に頷くと、すぐに態勢を立て直して、炎の中を歩き始めたセリオスについていく。
不思議と、炎に包まれているはずなのに熱くない。
彼が背中に背負った赤子の顔が少し見えた。驚くべきことに、この状態でも寝ているように見える…。
…しばらく後をついて歩くも、一緒に駐屯地に滞在していた兵の姿は一つもなく、人がいた形跡がなくなっている様子が目に入った。
本当に自分がいた駐屯地なのか?と疑問に思うぐらいには。
すると突然、目の前でセリオスが止まったので、アンザもすかさず止まった。
背中越しに前を見ると、傷ついたレイヴァンが目に入った。
つい声をかけそうになる。
「しっ、アンザ。お前は少し離れていろ。」
「いや、しかし…あの者は俺の友人であって…」
「まて。見たところアレは人間ではない。慎重になれ。」
アンザがレイヴァンの傷を見て、駆け寄りそうになるが、セリオスが腕で静止させた。
人間ではない…?どういうことだ…?
「お前が走っていく姿が見えた。相手の素性がわかっていない今、この場にアンザが出ていくのは、危険だ。
少し待て、私が接近してみる。」
「くっ…わかった…。すまないが頼む。」
セリオスが先行すると、レイヴァンがそれに気づいたようで、戦闘態勢をし始めた。
アンザは燃え盛るテントにうまいこと隠れ、様子を伺う。
「女王陛下、お許しください。私は先にお暇をいただきます。
…こんな感じでしょうか?っで、貴方は?何故ここにいるのです?」
レイヴァンが目の前のセリオスに対して、敵意を向ける。
セリオスは、レイヴァンの視線を軽く受け流しつつも口を開いた。
「それは其方もそうだろう?誰だ?お前は」
「誰だ?と言われて、簡単に話すような間柄ではないでしょう?
それに…。
どうやらアンザ様…いやアンザもいるようですね…。先ほどのアンザとは別の時間軸から来たのでしょうか?」
別の時間軸…?レイヴァンは何を言って…
「意地でも話さないか。どうやらバックについている者に相当執着してそうだ。なら…口を割らせるまで。」
セリオスは、地面に手早く文字を書くと
『災いの元、体内よりいでしは、本会を求める審査…』
先ほどの様に何かを唱え始めた。
「ふふふ、させませんよ…!」
レイヴァンはすかさず、手元にあったナイフを5本投げつけようとする。
このままでは危ない!と考えたアンザの体はセリオスの前に現れ…
「させるか!うぉぉぉぉ!!!」
ナイフを捌いた。間一髪で弾くことに成功した。
『求めるは真相の言霊、偽りの姿を還し…』
「ちっ、やはりアンザもいましたか…!させません!」
レイヴァンは、姿をくらませるかのように素早く動き始め、アンザ、セリオスの周囲を走り回るように動き始めた。
動きも相まって炎が体にまとわりつき、まるで炎が覆いかぶさろうとしているかのように見えはじめた。
炎に紛れて、ナイフが四方八方から無数に飛んでくる。
「やり方を変えても同じだ!」
すかさず落ちていた槍を拾って、アンザが応戦する。
しかし、ナイフの量が多く、捌ききれない…!数本ではあるが、ナイフが皮膚を掠り痛みを与えていく。
『秘めたる事柄を、我が前に示せ。』
(く…くそ、レイヴァンのやつ…どこで力を蓄えた…!?)
自分が知っているレイヴァンは、ナイフを使っているとしても、無数のナイフを投げ続けるような戦闘スタイルではなかった。
弾くだけでも精いっぱい…。このままではじり貧だ。
「セリオスさん!まだか…!?」
「アンザ、よく耐えた。『ここに姿を見せよ!』」
地面が光ると同時に、無数に飛んできたナイフの勢いが無くなり、飛んでくるナイフが完全になくなった。
「や、やっとか…。」
「すまない。私の力は声に出さないといけない為、融通が利きづらくてな。だがこれで、奴は拘束した。」
地面に刺した槍に、体重を少しかけながら後ろを振り返ると、
左手で地面を、右手でレイヴァンがいるであろう場所に手を掲げているセリオスが目に入った。
「ぐっ…畜生…。体がいうことをき、効かない…!」
レイヴァンの声がした方向に再度振り返ると、姿を攪乱していたレイヴァンがピタッと止まっており、苦しそうに首を両手で押さえ始めた。
「アンザ、すまない助かった。明確な敵意を持って攻撃をしてくるとは盲点だった。
だが、アンザのおかげで、この者の正体がつかめそうだ。『魔文律ーハギ』」
「ぐがぁぁぁぁ!!!」
セリオスはかざしていた右手に力を入れて、魔力の塊を解き放った。
見た目こそ何も見えないが、明確な魔力の圧を感じる。
「ぐががががががが…・!!!!!!」
次の瞬間、レイヴァンの服、皮膚のような布状の"何か"が言葉通り、すべて剝がされた…。
炎に覆われている為、顔が詳細に見えないが、叫び声からして男性だろう。
暫くすると、渦の中からレイヴァンではない人影が見えてきた…。
「くひひひひひ!!!やりやがったなこの野郎…!その魔法…いや、その特徴的な唱え方は…!
魔文使い…!魔文使いは、この世界に1人しかいない…!!!
お前は、セリオス…!セリオス・アクアパレッサか!!!」
「私の正体がが理解できたところで、君には何もできないと思うが?」
徐々に姿が見え始め、地面から何か黒い物質に拘束されている人物が見えた。
ん?なんだ…?どこかで見た覚えがある…。いや、あれは…!?
「お前…まさかそんな…ギルドのところにいた…ボイト…?」
フレアのギルド、ドルチンの部下、ボイトだ。
今まで何度かあったことがあるが、まるで別人だ。見たことのない恍惚とした表情をしている。
「お久しぶりですね。アンザ近衛兵長…いや、今は"世界の代表者"様とお呼びしたらいいですかね???」
……………




